その57 狙撃手と終焉5
「頼みごと?」
私は立ち去りかけていた足を止めた。再び振り返る。
クークは空中に展開させた立体ホログラムに何事かを打ち込んでいた。
私がその反転した文字を目で追うと、横文字だったが断片的に読み取れる。『ルア』『引き継ぎ』などの言葉が見て取れた。
やがてそれが終わると、再び私の方に向き直る。
「ええ、頼みごとです」
ほんのわずかな変化だった。笑っていたのだ。それは出会って本当に短い間だったが、初めて見ることのできた笑みだった。
まるで吹っ切れたかのような、どこか晴れやかな表情。しかし、ぬぐい去ることのできない『作られた』ような仕草でもある。
クークは一度顔を伏せると、それからもう一度私の銀色の瞳を見つめた。
「私を、殺していただけないでしょうか?」
***
「あなたを?」私はわずかに眉をひそめる。
クークは嘘や冗談を言っているそぶりは少しも見えない。
もう一度頷く。
「ねえ銀色のスナイパーさん、あなたその道じゃ有名な殺し屋なのでしょう?」
私は黙っていた。クークはそれを肯定と取ったのだろうか。さらに続ける。
「それなら、最後にいい思い出になるわ。それに、人間の気持ちが少しわかるかもしれない」
どうしようか。
相手はこう言っているものの、さて素直に応じていいのか私は考えあぐねていた。
例えばこれが罠だということもあるかもしれない。撃った瞬間に、実は嵌められていて、それを皮切りにこちらにドカンと……いや、無いか。
少々神経質になりすぎているのかもしれなかった。それに、よくよく考えると依頼されたのは『ノアの殺害』。
目の前の対象がまだ生きて、こうして話をしている以上、私としても撃つ意義はあるのかもしれない。
無言。
直前まで私は一言も喋らなかった。人の命を奪うときはいつもこうなってしまう。
それを心のどこかで予感していたから、私はエクスさん達に席を外させたのかもしれない。そう、人を殺す際の私の瞳。
おそろしく冷徹で、虚無的なまでに『無』。銀色の瞳からは、きっとあらゆる感情が見て取れないはずである。
こういう姿を――――――――――――できれば私は仲間達に見られたくなかった。
『無』。
いらないのだ。
人を殺すときは、何も……
「『人間』って、分からないわ」
「あの伝説の狙撃手……主にしたってそうよ。如月さんをうまく彼のところに誘導して、殺させようとしたのに。どうして助けてしまったのかしら」
ポツリポツリと呟くクーク。
私は無言でゆっくりとリボルバーを彼女の額に近づけた。……そういえば、頭を撃つのでいいのだろうか。
コアが別の部位にあったら……と、そこまで考えて不意に思考を止める。
そうだ。
ノアは言った。
人間の気持ちが分かるかも知れない
ならば、これでいい。
人間を殺すとき、私はこうするのだから。
「………」
銃口に突きつけたリボルバー。
その撃鉄を起こす。カチリと音がすると、それがスイッチであったかのように月光が辺りに満ちる。
照らされたクークの……機械の顔は、やはり、造形的で『作られた』ようなもので。
しかし、泣き笑いのような表情にも見えた。
この弾丸を、
一台の機械に捧げよう。
「―――――――――――――」
私は最後まで無言で、人差し指に力を込めた。
ありがとうございました!