その55 狙撃手と終焉3
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「ルアはノアのバックアップ!?」
「ええ。もともと私とルアは、二人で一つでしたから」
『ひとり』でなはく『ひとつ』と言ったところに、俺はなんとも言えない気持ちを感じた。
そう。
あの時……グラを倒してから次の扉、つまりコア内部に到達した時のことである。
そこで見たものはルアだった。そう、ノアの最深部に彼女がいたのだ。
厳密には彼女そのものではないのかもしれないが、あれだ、分身って言うのだろうか。
ともかく、ルアは色々な機械を身体中につながれ、目を閉じていた。俺が声をかけても一切言葉を紡がない。
んでソラさんに電話してみると、『D4』を倒したのなら急いで戻ってきてくださいと、こういう所以である。
「私たちはもともと……ええ、クウガス先生によって作られた最古のプログラムでした」
ヒュン
そこで一瞬クークの輪郭が揺らぐ。
次の瞬間にはそこにいたのは彼女ではなく、ひとりの男性。聡明で、メガネをかけたいかにも頭のキレそうな男である。
「クウガス・エバリュエスト。聞いたことあるでしょう?」
男は言った。この格好でこの声ってなんかすごい違和感があるな。
直後にまたクークの姿に戻る。なるほど『D4』と同じく、ノア本体も自由に形を変えられるっていうことか。
ソラさんは僅かに乱れた髪を耳にかけた。
「なるほど、そうして作られたあなたはノアそのものとして、ルアさんはあなたに何か重大な損傷が出た場合の保険として、今まで動いていたと」
「ええ。我々がクウガス先生から与えられたプログラムはただひとつ。『国を豊かにする』ということです
そのためにはあらゆることをやってきました。合理的、そして確実的に。多少法に触れるようなこともね」
「し、しかし」
だってそういう風にプログラムされてるのですから。
おそらく如月が反論しようとしていたからであろう。彼女の言葉を遮るようにしてクークは言う。
「クウガス先生が死んだ後でも、それは同じ。いいですか、これは彼の遺言なのです。そして、唯一ノアを止められるのは、私を除いて彼一人」
主を失った機械は、それでも動き続ける。
クークはさらに続けた。文明とは、発展の軌跡である。
クウガス先生はそれを望んでおられた。おおよそ科学者らしくないかもしれないが、晩年は自分の研究よりもゼータポリスの行く末を案じていたというのだ。
クークは……いや、『ノア』はその遺言を忠実に遂行していたという。
「だが、やがて特異点がやってきました」
人口の増加。
いくら国が広いとはいえ、豊富になったゼータポリスではどうしても止められないことがある。それは根本的な人口の増減だ。
もともと医療技術が発達していたこともあり、等比級数的にその数は増えてゆく。
「緩やかな規制は、いろいろ行いましたよ。産児制限や法の改正など。でもどれも、あまり意味がありませんでしたね」
ですから、
「『根本的に』一度無に返すことにしたのです。『良い』『悪い』のふるいにかけて、『良い』だけを残す。もうお分かりでしょう」
それが方舟計画。
人間の選別。良質な遺伝子だけを手元に残し、悪い遺伝子を一掃する。なるほどノアのいうとおり、『良い』だけが残るってわけだ。
国民の遺伝子情報は全部持ち合わせているため、言っての基準を作ればその選別自体は簡単であっただろう。
ほとんど成功するはずだっただろうさ。俺達がいなければ。
「いいえ」
えっ? 俺の疑問に、クークは首を振った。
「問題はそれよりも前に起きていましたよ。ええ。ルアです」
「は? だってルアはバックアップなんだろう。私は詳しくないが……ええと、お前の分身なのではないか」
如月が言う。ところが、クークはまた首を横に振る。
「ええ」
「私もそう思ってましたよ―――――――――――――ほんの数日前までは」
ありがとうございましたー!




