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その2.6 狙撃手と神の実験台5

「くっ……」


 この場にいるのはあと一人。

 片手にサーベル、片手に拳銃の男だけが残っていた。瞬く間に自分以外の仲間を撃ち殺され、青くなっていた。

 それでも戦意を失わないあたり、仲間の中では古参なのだろう。おそらくマカセに続くNo.2か。


 動けない。

 右手には玲瓏な剣。有名な富豪の家から盗んだ業物である。

 左手には大口径の拳銃。ホライゾン社で最新式の、多数の属性弾丸すら放てる代物だ。

 無論、ソラの双銃より強力なものである。


 それでも、

 動けなかった。呆けたようにソラが『ボルト』をリロードするのを見つめている。


「マカセに殺された人々もそんな気持ちだったんじゃないですかねえ」


 動けない。

 のんびりと言葉を紡ぐ目の前の女スナイパー。

 男は必死で自分で自分に命令した。撃て撃て! 俺の右手よ、引き金を引いてこいつを撃ち殺せ。俺の左手よ、近づいて剣で斬りかかれ。

 だが、彼の奮闘も虚しく。両足は地についたままピクリともその場から動かない。


 たった一発。

 銀色のスナイパーから銃口を向けられただけで、まるで体が言うことを聞かなくなっていた。蛇に睨まれたカエルとはこのことであろう。

 旧式の拳銃『ランド』。だがその存在感は文字通り巨大な大地のごとく男を威圧している。目の前にあるのは一発の銃だが、その銃口は男にとって巨大な大砲のようなものであった。


「……な、なんだよ。正義の味方面するつもりか、銀色のスナイパー」


「正義の味方?」


 くだらないご高説でも垂れてみるか。

 男はソラを睨む。彼女は黙った。ただその銀色の双眸には一切の感情が読み取ることができない。

 深く深い色合いだ。見ているとどこまでも吸い込まれてしまいそうな、そんな銀の瞳。

 男は……マカセの部下は咆哮した。


「くっ……!! うわああああ!」


 そうだ、まだ勝機はあるだろう。走り出す。

 ただ近づくだけではなく、闇雲に大口径の銃を乱射した。仲間全員殺されようとも、俺がソラ(こいつ)を殺してやる。


「こ、これだけ撃てば一発くらい!!」


「正体表しましたね」


 だが、

 そこで男は見た。奇妙な現象である。

 先ほどから五発撃ちこんだ。……はずだ。まさしく銀のスナイパーの正面に。一発でも当たれば致命傷になるだろう。

 ところが、まるで彼女は無傷である。否、それだけではない。()()()()()()()()()()が存在している。

 しかも明らかに今付いたであろう、妙に真新しい……


「!?」


 そこで男はようやっと気づく。

 『ランド』ではなく、サイレンサーのついた『ボルト』の方から白煙が上がっていた。


「だ……」


 この段階で、


「弾丸に弾丸を当てて、軌道を反らしたのか……」


 男もまた、戦意を完全に失った。


「正義の味方でもなんでもありませんよ、私は」


 男はソラの目の前まで近づいていた。が、そこで足を止めてしまう。あと一歩近づいて、剣を振って首を落とせばいい。

 たったそれだけで片がつくではないか。


「あなた方の行動の善悪も判定しませんし、そもそも興味がありません。ではなぜ殺すか? って顔をしてますね」


 できない。

 無理だ。勝てるわけがない。飛ぶ弾丸を叩き落とすのならまだしも、『掠らせる』ことでその軌道を変える。

 そんなおおよそ化け物じみた腕を目の前で見せられてみろ。戦う意思など吹っ飛んでしまう。

 しかも、そのような超人的な射撃技術を、目の前のこの狙撃手はなんということはないというように()()()()()のだから。


 そう、

 ただ、弾丸の軌道を変えただけではない。


 男の撃った弾丸を迎撃するために放たれた五発の弾丸。

 一つ目の目的を達成したそれは、()()()の目的を達成するために壁にぶつかった。

 壁にぶつかって、跳ね返る。一見バラバラの軌道を描いているように見えるそれは、最終的には全てある一点に集まっていた。



 男の持つ剣の、根元だ。



 業物の剣は、弾丸をも弾く。しかし五発同時ならばどうだろうか。

 五発が互いに重なり、一点に集約された力。速度重視の低威力の弾丸であっても、『点』に集約されれば物を砕くことができる。


「依頼だからですよ」


 ソラは初めて立ち上がった。砕かれた剣、撃ち尽くした銃を持った男を正面から見据える。

 象牙色のコートの裾を数回叩くと、『ボルト』をホルスターに収めた。


「依頼だから殺すんです。機械的にね。そうでもしないと、狙撃手なんてやってられませんから」


「な……な……! ふざけんな!! 殺し屋なんて全員返り討ちにしてきた! 嘘だろ!! お前ほどのスナイパーが、たったそんだけの理由で……危険を冒してまで俺ら全員を……」


 事実として、

 ソラの表情、仕草からは何の感情も読み取ることができなかった。

 正義の味方を気取るなら、義憤。被害者の敵討ちなら、憎悪。否、否、否。何の感情も宿らないし、読み取らせない。


「スナイパーとして一番重要なことは、機械的に相手を撃つことです。自分が殺すと決めた以上、スコープに映った人間は、たとえ肉親でも愛人でも撃たなければならない」


 それだけの理由。


 危険。


 否。

 もともとそんなこと思っていないらしい。そう、男はそこでようやっと銀色のスナイパーの本質がわかった。

 前科百犯、凶悪な賞金首。通常恐るであろうそれらに対し、この女……このスナイパーはなんの感慨も抱いていないのだ。

 それこそ、『機械的』なものである。依頼されたから、殺す。ただそれだけ。


「では、7人目」


 額にひやりとした感触。男はハッとして我に返った。

 撃鉄を起こす音。ついで……銃声。


 最後に銀のスナイパーの言葉を耳にすると、彼の思考はそこで途切れた。



「────────────機械的にさようなら」

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