その51 狙撃手と決戦8
「どうやって……?」
「そう。ゼータポリスの出入国システムはダウンしていたんでしょう?
つまり外界と内部は遮断されていた。それなのに、今こうして私がここに立っている。不思議だと思わない?」
ニコルは言う。ガクは訝しげに眉をひそめた。いきなり何を言い出すんだこの魔導士は。
しかし問いが気になるのもまた事実である。なぜこの場にいるのか。ゼータポリスの内外は『ノア』に寄って遮断されていたはずだ。
そうなると、私に視線が向かうのは必然であろう。ガクは言う「あんたは……」
「なあスナイパーさん、あんたはどうしてここへ? 『薬』は打っていないんだろう」
ここでいう『薬』とは、当たり前であるが入国する際に注射していた伝染病のワクチンのことである。
それを打てばノアが見えなくなるらしいのだが、当然ながら私は首を降った。
「抜け穴を通ってきたんですよ。まあもう言ってしまいますが」
抜け穴……ガクは考え込むように繰り返した。
秘密にしようかと思ったが、言ってしまっていいだろう。どうせこれ以上役に立たないし、そもそもここでこのD4にバレたところでどうってことない。
ガクは私から視線を外すと、ニコルを見た。
「それならお前も」
「ブッブー!残念。私は銀のスナイパーさんと一緒じゃなかったわ。会ったのはさっきよ。ねえ?」
私は再び頷く。
本当だった。
「……ふん、別にどうだっていいさ。殺してしまえば、侵入しようもしまいと同じことだ」
「本当に? 短気ねえ。まあいいわ、それなら教えてあげる」
ニコル派振り返った。それまで背を向けていたが、ガクに再び向き直る。
ところが、やはり抜刀しない。柄に手をかけることもしていなかった。何を行うのか私は薄々感づいていたものの、それにしたって抜き身の相手にあまりにも無防備。見ているこちらがハラハラしてくる。
「『相棒』よ」
「んえ? 相棒?」
「そう。相棒。私、仲間がもう一人いるの。『彼』に連れてきてもらったのよ」
「はぁー……はぁ!?」
しばらくガクは黙っていた。
それから急にケラケラと笑いだす。最初は遠慮がちだったそれは、やがて大声に変わった。
「何を言い出すかと思えば! そいつに闇討ちさせるつもりかい。でも、もう手遅れだ」
それから彼女は両手を広げた。
「見てごらんよ! 私のこの能力を!! 最強の防御力。抵抗だよ抵抗。
銃も剣も聞かない。外壁を打ち崩す迫撃砲も、戦車の砲撃も、
名刀の斬撃も、あの『剣征会』の連中ですら手出しできないだろうさ」
そんな『抵抗力』を、お前の仲間が突破できるとでも!?
ガクはひとしきり笑った後、こちら短剣を向ける。
「茶番は終わりにしよう」
ヒュン!
一度大きく振ると、その刃渡りが拡張した。明らかに突きさせば人間程度なら楽に殺せるサイズにまで。
そのまま駆け出す。まずはニコルを殺して、それから私を殺るつもりらしい。順当にいけば、だが。
ニコルはその場から動こうとしなかった。
「ええ」
「普通ならそうよね」
それから背を向ける。踵を返すその姿勢は、『話はもう終わりだ』と結論づけているかのような態度だった。
「ただ、あなたは一つだけ勘違いをしているわ」
「斬撃も効かない、大砲でも傷つかない。それはあくまでも『人間の』話でしょう」
「は! そいつがどうかしたのかい。他の生物だって同じことだ。この体を傷つけられる生き物が、そうそういるもんか!」
互いの距離が急速に縮んで行く。
「現在、過去、未来、全てにおける生態系の頂点を相手にしても、同じことが言える?」
そこから先は、私が紡いだ。
「私も先ほどゼータポリスの外でちょっと出会ったんですけども(※第3章 その4参照)、本当に生息しているとは……」
刹那、風が吹き始める。自然に流れる風ではない、まるで巨人がうちわであおいでいるかのような、決して当たりのよくない風だ
徐々に大きくなるそれに銀髪が大きく揺れる。片手で髪を抑えると、私は銃を降ろした。もう勝負はついているのだから。
「ほら、現れるわよ……」
ニコルは髪を抑えることもなく、そして背後から刃を突き立てようとする相手をみることもしない。
「強靭な肉体、ゼータポリスの頭上に展開された障壁を打ち破るほどの、魔力抵抗。ある国では『彼』を崇め、またある国では『彼』は災いの象徴と言われている」
ガクは大きく剣を振り上げた。
「はったりだ!! そんなもの!! 消えろ!」
「ハオルチア大陸に古からほんのわずかだけ生息している、誇り高き古代種族――――――」
――――――――――――― 轟 音
鼓膜をつんざくような、ありとあらゆるものが打ち壊される大音響。
私は姿勢を低くした。ニコルが何事かを話しているが、全く聞き取ることができない。
全壊してゆく工事中の建物、瓦礫と瓦礫が崩壊し、ぶつかり合い、散るその中で私は確かに『D4』の悲鳴を聞いた。
悶絶を表す金切り声。ピピピピピピピピというノアからの伝令、恐らくは帰還指令であろう。だが、現実は非情だった。
単純なそれすら遂行できないほどの、身体的損傷を一気に受ける。やがて金切り声が止むと、当たりにはそれまでとは打って変わって静寂が訪れる。
私はゆっくりと顔を上げた。
ちょうど『彼』は立ち上がり、ニコルへと視線を向ける。
《……こんなものでよいのか、我が友よ》
「ええ。上出来よ。私より一手遅れてあなたが出る……『D4』がどういう能力かわからない以上、連携するより正解だったわ」
だってもう、ケリはついちゃったしね。
ニコルは『彼』の足元を見た。最強の防御性能を持つ……否、持っていたその骨格は原型をとどめておらず、
ぐしゃぐしゃで見てとることすらできない。『彼』は足を持ち上げると、ズシリと一歩踏み出した。
「月並みな言葉になりますが……」
私は言う。
「本当にいるんですね。おとぎ話の中だけの存在かと思っていましたよ」
『彼』は無言だった。ピクリとも表情を動かさない。そのまっすぐで澄んだ瞳は、ところが混ざりけがないほどに純粋だ。
純粋で、誇り高い。何者とも相いれず、何者も必要としない。孤高を体現した一匹の生物がそこにはいた。
『彼』の代わりに、ニコルがくすりと笑う。
「ごめんねえ、愛想がなくて。ほら、銀色のスナイパーよ。挨拶しなさいな」
《…………》
『彼』はちょっと不服そうにだったが、やがてわずかに頭を垂れる。
バサリと音を立てて一度両翼を広げた。それが『彼』の種族の挨拶と知るまで少し時間がかかり、私は頭をさげるのが遅れる。
なるほど、
『彼』らは生涯、選んだ一人の人間をパートナーとし、互いに『相棒』として生きてゆく。
少し前にニコルが話していた通りだ。二人を見ていると、少なくとも主従関係や上下の関係に見えない。対等である。
言うなれば親友のようなものか。『彼』はさっき『我が友』と言っていたし、きっとその解釈は正しいんだろう。
「さてと、見ての通り。私たちの勝ちよ。スナイパーさん、ごめんねえハラハラさせちゃって。あなたも、ありがとう」
《ふん、礼などいらん。それに、俺ははるか上空を旋回していただけだ。テレパシーの指示が的確だったからこそできたこと》
―――――――――――――ドラゴン。
一匹の巨大な黒竜は、勝利を体現するかのように一度咆哮した。
ありがとうございました!