その47 狙撃手と決戦4
ゆっくりとヘアの髪が持ち上がると同時に、その後ろに控えていたもう一人の『D4』ネンスが剣を引き抜いた。
私の視力では、その剣が微妙に振動しているのをかろうじで捉えることができた。
もともと鋭利な刀剣類がああまで微細に動いているとなると……おそらく切れ味は相当なものだろう。
力で『両断する』というよりも、熱と揺れでなんでも『溶かし斬る』といったほうが的確かも知れなかった。
「おい、主! 気をつけろ!! あの二人は……」
遣うぞ。
なんせ私は一度煮え湯を飲まされているのだ。実力をその身をもって体験したのはいうまでもない。
しかもそれが一人ではなく二人だ。主はところが、まるで普段通りと変わらぬ口調で言葉を紡いだ。
「如月の嬢ちゃんと戦う時のほうが、やりにくかったな」
は?
何言ってんだこいつ。頭に疑問符を浮かべる私を尻目に、彼は続ける。
「人間ってのはな、『意志』がありやがるんだ。なあ機械ども、知ってっか」
『D4』二体は訝しげに眼を細めた。何を言い出すんだこの男は。一触即発のこの状況下で。
気でも狂ったのだろうか。そりゃあそうだろう、『人間だったら』そう思うさ。
主はまた緩慢な様子で煙草を捨てた。
「意志ってのは武器になる。いい武器を持ってようが、魔力を扱えようが、最後には強い気持ちが勝つのさ」
主はもう何本目かわからない煙草に火をつける。もう一度大きく白煙を吹き出すと、耐えかねた一人の『D4』が言った。「で?」
「それがどうしたんです」
「如月の嬢ちゃんは……『意志』があった。強い意志だ。戦いたいって気持ち、負けたくないって気持ち、勝ちたいって意志があった」
それが……
ガキンッ!!! 静寂が場を包んでいた路地裏に、突如として金属音が響き渡る。
ぬしの言葉を遮って、名前はなんだったか。そうそうネンスか、彼女が斬りかかる。
斬撃をライフルの柄で滑らせるように受け止める。一瞬散った火花が主の表情を写した。
「お前らには、それがねェ。人間を見下して、淡々と相手を倒そうとしているだけだ。そうだろ?」
カァン!! 派生した横薙ぎを、真下からすくい上げることで対処する。
超重量の高速移動に当てられ、ネンスは僅かによろけた。
「まさしく『機械的に』ってわけだ。信念のない戦士ほど、戦いやすいもんはねえよ」
「っ!」
振り下ろされたライフルの一撃が……ネンスに直撃する―――――寸前。
奥から伸びてきた髪の毛が四肢を絡め取り、真後ろに引き下げた。対象を失ったライフルは、地面に浅いひびを入れるにとどまる。
私はぼんやりとその戦いを見つめていた。何事かを言い合うD4と主。双方の声がいやに間延びしたように聞こえてくる。
血が足りない。ぐわんぐわんと立ってももいないのに視界が揺れ、輪郭が揺らぎ始めた。
まずい、血が足りない。
気絶する。
なんとか意識を保とうとする私の努力もむなしく、ゆっくりと遠のいてゆく思考。
ところが、意外なことに記憶は鮮明だった。意識を飛ばす直前まで、主たちの会話。それをはっきりと覚えているのだ。
「たかが人間風情が! あんまり調子にのるなよ!」
「言っておきますが、我々は『ノア』が作り出した最強の防衛因子。強力な戦力に対しては、過去のデータからありとあらゆる対策を持ち合わせています。
それこそ、『意志』や『気持ち』などという曖昧なものではなく、『対抗策』という具体的なものとしてね」
『伝説の狙撃手』の戦闘データは、もう収集済みです。
言いながら駆け出す二人の『D4』。いよいよ始まる。
「では、ご覚悟はよろしくて? 伝説の狙撃手と、それから後ろの剣士」
ここまで、そしてこれ以降も。
私ははっきりと覚えていた。鮮明に、この先もおそらく、死ぬまで忘れることはないだろう。
なぜか?
理由は単純だ。単純にして、明快。これ以上ないほど簡単。
「は!」
主は風車のように一度ライフルを振り回す。
ガシャンガシャン! とリロードの音が響き渡った。
「覚悟はいいか? か、その言葉そっくりそのままお前らに返してやるよ!」
それは―――――――――――――
「
殺
す
ぜ
」
―――――――――――――それは、『殺気』だった。
冥府の底から湧き上がるような、周辺の生物全てが『生きるのを諦める』ほどの強烈な殺気。
忘却することなど到底不可能なその気迫を最後に、二人の機械と一人の狙撃手の得物が交錯した。
ありがとうごぞいましたー!




