その2.5 狙撃手と神の実験台4
「…………ほう」
そこから、実に3km以上離れた廃ビルの屋上。
西の風がふきすさび、煩わしい虎落笛が残響していた。
熱くなった銃口をそのままに、スコープから目を離す。
メタルフレームのメガネの奥の銀色の瞳は、先ほどまで照準越しに路地裏を見越していた。
「一般人を盾にしましたか」
ライフルのレバーを引く機械的な音が響く。ついで薬莢が地面に落ちた。
再び弾丸を押し込むと、直度足音。
『彼女』は覗きかけていたスコープからまたもや目を離す。ちょうど振り向くと、階段の入り口。四人の男がこちらを睨みつけていた。
「象牙色のコートに、銀髪銀目。間違いない……『銀色のスナイパー』だな」
男の一人が言う。
やいないや、腰の銃を引き抜いた。大口径の拳銃、機関銃、鋭利なサーベル。
人一人を殺すにはあまりに多すぎる武器の数々が、彼女に向けられる。
「ソラです。ちゃんと名前があるんですけど」
「ええい黙れ! こ、こんな遠距離からマカセ様を……なんてやつだ……」
「よくここがわかりましたね」。狙撃手は……ソラは言う。
まだ彼らの方を向いていない。下ろしたライフルの銃身を一度撫でた。
マカセの部下の一人は小馬鹿にしたように笑う。
「探知型の魔導を使わせてもらった。こんなチンケな廃ビルの真上にあぐらをかいてやがるんだ。物好きか狙撃手くらいしかいねぇさ」
「なるほど」
ソラは慎重にライフルを置きながら言う。そしてようやっと緩慢な動作とともに、一度長い銀髪を耳にかけた。
再び振り返る。この段階で体ごとようやく男たちに向けたわけで。
いろいろな得物の頭が自分を向いているものの、ソラの表情は別段変わらなかった。そもそもあぐらをかいて座ったままだ。
「随分と好き勝手やってくれたな、銀色のスナイパー。しかし、こうなりゃもうこっちのもんだ」
部下の一人……機関銃を構えた大男が言う。
「近づいちまえばライフルはただのガラクタだろう?」
「おっしゃるとおりで。では……」
片手が動いた。
「では、こちらでお相手しましょう」
直後、
銃口が火を噴いた。交錯する弾丸と弾丸。
否、
勝負はもうついていた。交錯する? 違う。しない。
構えた機関銃。その引き金に触れた人差し指が力を加えるよりも、ソラの早撃ちの方は先んじていたのである。
コートの内側から取り出し、一瞬で狙いを定め、撃つ。的確にこめかみを撃ち抜かれ、機関銃の男は絶命した。
「……四人目」
「な……!!」
残り四人。鮮血を上げて倒れる仲間に、めいめい後退する。
その全員があっけにとられていた。ソラの右手に握られた拳銃。
旧式で扱いにくい代物と言われていた。属性弾や補助弾丸を打つこともできないし、連射も効かないリボルバー式のそれ。
『ホライゾン社』という有名な銃器メーカーによって生産されたソラの拳銃は、型番と隆起する土のエムブレムを合わせて『ランド』と呼ばれている。
魔法が銃に応用される前、ずっと昔に普及した代物であった。
「盗賊、マカセ一味。前科百犯」
「おい! 怯むな! 撃て!」
「強盗、殺人、強姦、あらゆる極悪非道なことを行うならず者の一味だとか。確か十に……」
この場に残り三人。遠くに残り三人。
その全員が困惑した。引き金を引こうにも、全く動かないのだ。
かちん、かちん、という情けない音が響くのみ。
「まだ私話してますよ?」
「……!?」
「人の話は最後まで聞きましょう」
左手に握られた拳銃。
四人全員の視線がそちらに泳ぐ。いつの間に。
リボルバーではない。オートマチック式の拳銃であった。黒を基調とした、こちらも一世代前に流通した拳銃である。
リボルバー拳銃『ランド』とともに、魔法銃の普及とともに消えていった型だ。雷撃を思わせるエムブレム、黒雲のような、艶消しの銃身。
『ランド』よりも一発一発の威力が低い代わりに、弾速が早く小回りが効く自動拳銃『ボルト』。
「そ、双銃『ボルトランド』……噂に聞いた通りだ」
「こんな奴にかなうわけ……」
ここまでくると、
三人のうち二人はもう戦意を完全に失っていた。人間は得てして自分の理解の外にあるものと相対した時に、
脳が認識しているものの納得できずにフリーズするという。
その二名は、まさしく『理解』できずにいた。
しかし、
目の前のこの光景が嘘幻でなく、どうしようもない絶望的な現実である。他ならぬ自分たちが証明していた。
「狙撃を封じれば私を討てると思いましたか」
銃口に打ち込まれた弾丸。
「────────────甘いですよ」
再び、銃声。
「……五人目、六人目」