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その44 狙撃手と決戦

 ソラさんの殺気の残滓ざんしは、俺にまとわりついて離れなかった。

 時間がひどく間延びしたように感じる。撃つ者と撃たれる者。双方の緊張が俺にも伝わってきた。

 普通ならば、照準を合わせきったこの体制。どう考えてもソラさんに部があると言えるだろう。

 だが相手はその師匠。主。伝説の狙撃手。

 一筋縄でいかないことは、殺しに関して素人の俺でも理解できた。

 重厚な沈黙を破ったのは、他ならぬぬしの声であった。


《……東の方に移動してるんだとよ》


 事実として、厄介ごとに巻き込まれたという苛立ちは感じられるものの、主の声色から恐れや恐怖といった類の感情は全く読み取れない。

 簡単にいうとソラさんの脅しに全くびびっていないのだ。俺なら声も震えるだろうなあ。にも関わらず、主は自分を見失わない。


「正確な位置は?」


 ソラさんはさらに訪ねた。


《それは知らねえ。いや、怒るな本当なんだ。ただな……》


 ぬしは僅かに言い淀む。

 だがソラさんの無言の圧力を感じ取ったのだろう。このまま沈黙していては本当に打たれてしまうぞ。

 観念したかのように話し出す。


《最後の目撃情報だと、『地下の国』の真上を通ったらしいんだ。だからいるとしたらその辺なんじゃねえのか》


 地下の国? どこだそこ。つーかそもそも『じゃれ』ってなんなんだろう。移動する災厄というからにはなんかとてつもなく危ないもんなんだろうな。

 この俺の認識が正しく、そしてそれ以上知りようがないことを聞かされるのはもう少し後のことである。


 それはそうと、俺はパラパラと地図をめくった。暗がりで見にくいが、なんとか目を細めて文字を追う。

 あ、あった。ちょうどここから東南に大きく進んだ地点だ。地下の国『アンダー』。


 それから再び双眼鏡を覗いた。

 主がタバコを加えると同時に、端末から声が聞こえてくる。


《ただよお、おいソラ、『じゃれ』について聞いといて何するつもりか知らねえが、東の方であんまり暴れない方がいいぜ。

 俺やお前、つまはじき物の殺し屋ならなおのことだ》


「……?」


 ソラさんは僅かに目を細める。






《―――――――――――――『剣征会』》






 主は言った。


《名前くらいは知ってるだろ?》


 今度はソラさんが沈黙する番だった。

 記憶を手繰り寄せているらしい。じゃれについて聞こうと思っていた俺はまたそのタイミングを失う。

 手持ち無沙汰げにペンダントサイズの神剣に触れた。


「……確か…」


 ハオルチア大陸の東方一帯を仕切ってる自警団のことだ。

 主は続ける。ほとんど同じタイミングで、端末から如月の声が重なった。《剣征会!?》

 素っ頓狂な声である。双眼鏡越しの主が、背後に振り返るのが見えた。


《なんだ如月の嬢ちゃん、あ、そうか剣士だもんな。知ってるのか》


《ハオルチア大陸を代表する大剣豪の集まりだ。剣士で知らない者はいないだろう》


 ()()()()()()()()()()との呼び名も高いのだから。

 弱々しい声でひどく聞き取りにくい。でもまあこのくらいしゃべれるなら多分大丈夫だろう。

 叩けないにしても命に別条はないはず。よかった、つーか殺されるかと思っていたぜ。


《『じゃれ』が東へ動いてる以上、剣征会やつらが絶対どっか目を光らせてるからな。巻き込まれないように注意しな》


 弟子が死ぬところなんざ見たくねえぜ、俺はよ。

 主は言った後へっへと笑った。なんというか飄々としてつまみどころのない笑みだな。

 「ご忠告どうも」とソラさんは、全く感謝してないような口調で礼を言う。


 さて、「話を本題に戻しましょうか」

 ソラさんは言った。今までのは本題じゃなかったのか。


「『方舟計画』についてどう思います?」


 再び、無言。


《「どう」ってのは、どういうことだ。人類虐殺の計画のことだろう。それ以上でも以下でもない》


 くっくっくと、今度はソラさんは笑った。肩が揺れてピントがずれないように笑いをこらえている。

 押し殺した笑みだった。耐えられずに噴き出したという感じだ。「ねえ、『ぬし』」


「こうしていると昔のことを思い出しませんか。あなたがまだコレクターではなく()()()殺し屋だった頃の話ですよ」


《………》


「あのときもこうして、私が照準をあなたの頭に合わせて話をしました。覚えていますか、当時のこと。今から約5年前。

 『じ()()れ』()()()()()()()()あの時の話ですよ」


 ガチャリとソラさんのライフルが鳴る。

 大きく風が吹いて再び銀髪が揺れた。


 ソラさんの声色が変わったのを、俺は見逃さなかった。多分ほとんど同じようなことを、向こうで端末越しに聞いている如月も思ってるに違いない。

 すうっと殺意が消えていくのが、近くにいる俺にもわかるのだ。一撃必殺の冷たい弾丸を放つ冷酷な狙撃手としての目ではなく、

 昔を懐かしむような、そんな柔らかい瞳。


 ほどなくして主は答える。


《ああなるほど、そういうことかい》


()()()()()()()()くれますね」


 昔の、話ですが。

 ソラさんは繰り返した。


《………》


 主が大きくため息をつくのが聞こえる。


《しゃあねえなあ……如月の嬢ちゃんに免じてだぞ》


「ええ、結構」


 そういってソラさんは、ようやっとスコープから片目を離した。


 直後だ。

 ピピピピピピピピピピピピ!!!! という聞き覚えのある電子音。


「!?」


 聞きたくない音だ。

 そう、『防衛プログラム』が投入される際に、周囲にこだまする機械音である。


***


「さて、向こうはこれで丸く収まるでしょう」


 ピピピピピピピピ


「ちょ、ソラさん、如月が……! 大丈夫じゃないですって!」


 慌てる俺。そりゃあそうだ。

 十中八九、『D4』が投入される。それもついさっきまでどんぱちやっていた如月のところに。

 手負いの状態じゃあいくらあいつが強いといっても瞬く間に瞬殺されてしまうだろう。

 そうなるとだな……


 って、あれ?


「そ、ソラさん………?」


 なんで俺は抱きしめられてるんだ。


「エクスさん」

「後はもう、あなたにお任せします。いや、きっとあなたじゃないとできないでしょう。

 今から私が言われた通りに『ノア』を狙撃しますから。後のことはどうか……」


「え? え?」


 柔らかい感触。抱擁するソラさんの体温が、俺にも伝わってきて暖かい。

 耳元で紡ぐ言葉は、彼女らしからぬ心配そうであり。

 それからソラさんは俺に密着したまま、耳元でさらに小さな声で言った。


「「ノア」に聞かれないためです。エクスさん、これから話すことをよく聞いてください」


 そこで、

 話された内容。

 ソラさんは短くまとめてくれた。端的で、解りやすい。


「な………!!」

「う、嘘でしょう!?」


 だが、とてもその内容を、俺は信じられなかった―――――――――――――

読んでくださってありがとうございましたー!

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