表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/190

その43 狙撃手と事情

 ……は? 

 『じゃれ』? 『移動する災厄』?

 なんのこっちゃ。どっちも俺にとって初めて聞く単語である。

 というか方舟計画のことじゃないんかい! 同じことをまさかの『ぬし』も思っていたらしい。

 俺の代わりに彼が聞いた。《そんなこと呑気に聞いてていいのかい。人間虐殺がすぐそこまで迫ってるんだぜ》


《お前らだって標的だろう?》


「ええ、優秀な遺伝子を残すための人間を間引く政策『方舟計画』。全容は全て聞きました。ノアが仕切っている以上、誰も手出しできないそうですね」


 しかし、ソラさんは続ける。


「もう結構ですよ。『D4』を倒しさえすれば、終わりますから」


 これは俺も合点がいかない点である。

 そう、D4を倒しても計画自体は遂行されるだろうと、事前にルアたちから聞いていた。だからこそてんてこ舞いしているのだ。

 単純な力のぶつけ合いでは勝ち目がない。なんとかして『ノア』本体に辿り着かなければ……と思っていたのだが。

 え、まじで? ソラさん……?


「それよりあなた、」


 俺の疑問的な視線を無視し、ソラさんは端末に話しかける。

 俺は双眼鏡を覗いていたが、ガシャン! という隣の機械音にそちらを見た。

 ソラさんは無表情でボルトを起こし、たたむ…………のもつかの間。


     ドンッ!!


 な……!!


「―――――――――――――状況をよく理解していないようですね」


 なんのためらいもなく、ソラさんは引き金を引いた。

 夜のゼータポリスに銃声が響き渡る。反動で綺麗な銀髪がパラリと揺れると、彼女は耳にかけ直した。


 まじかよ!?

 師匠!? 腐れ縁? まあよくわからないけど、自分の知り合いに対してなんの躊躇もなくもなく撃っちゃったぞソラさん。

 からうちではないことは、再びボルトを動かし、足元に転がってきた薬莢が証明している。


 俺は慌てて双眼鏡を覗いた。

 マジかよ。『主』は死んだんだろうか。暗いからピントを合わせにくいな。

 動かす両手ももどかしく、俺は現場を見る。


「あ……」


 違う。

 こちらとは別の、工事中の巨大なビルが林立した路地裏。その最深部。

 薄暗く幾つも影がついたその場に、月光にぼんやりと照らされて横たわる如月の姿と……もう一人。

 『主』は生きていた。ソラさんが先ほど撃った弾丸は、頭部ではなく煙草の火種を吹き飛ばしていた。


 ………威嚇か。


 怖っ。

 俺は生唾を飲み込んだ。冗談じゃあない。あんなことされようもんなら腰を抜かす自信がある。

 改めてソラさんの狙撃能力の高さを知った。そういやあ、初めて会った時は跳弾でチンピラを撃ち殺したりしてたな。

 あれでも驚いたが、まさかこんなに……煙草の火種って本当に『点』みたいなもんじゃないか。それをこれだけ離れた距離から撃ち抜くなんて。


《………………》


 ほとんど同時に、その弾丸が着弾して転がる音。

 ほんの僅かに端末から聞こえてくるその音ともに、ぬしが息を飲む無言の声が聞こえてきた……ような気がした。


「ソラさん、やっぱり『銀色のスナイパー』の異名は伊達じゃないっすね。……ソラさん?」


 そこで俺はふと双眼鏡から目を離す。

 ……? 妙な違和感を感じたのだ。いつもならすぐに応じてくれるソラさんは、どういうわけか無言だった。

 すぐにその理由は明らかになる。


 一陣の風が吹いた。

 荒野の僅かな土埃を含んだ風。季節柄少し肌寒く、乾燥したそれが俺とソラさんを撫でる。

 長い銀色の髪が揺れるが、今度はソラさんは束ねることはしなかった。

 素早くリロードし、もう一度狙いを精査しなおす。


 メタルフレームの奥の、深く深い色合いの銀の双眸。

 見ていると吸い込まれそうなほど独特の光をまとった片目はスコープを覗いており、人差し指が引き金から離れることはなかった。


「……………」


 俺は声をかけない。

 否、声を『かけられなかった』。

 ごくりと生唾を飲み込む。声をかけてはいけないのだ。今、ソラさんに。

 無言の圧力。俺に向けられたものではないが、しかしその余波は俺を黙らせるには十分すぎるほど強力なものだ。


 『殺気』。

 あるいは、『威圧』。


 スナイパーの役割の一つに、相手の牽制・及び足止めというものがある。

 その名の通りで、どこにいるかわからないスナイパー。しかしその存在のみ相手に知らせることにより、心理的な恐怖を与えるというものだ。

 『撃ち殺されるかもしれない』『今この瞬間も狙われているかもしれない』。死がすぐそばにある恐怖は、実に尋問や情報を聞き出す際は絶大な効果を発揮する。……と、前にソラさんから聞いた。


 まさしくソラさんは……銀色のスナイパーは『主』を『牽制』し『威圧』していた。

 ライフルで狙いを定めているということだけではない。僅かに弾丸をかすらせることでその上下関係を明確にし、

 加えて……スコープを除く視線。半眼であれど容易に分かる。

 一切の私情を挟まない冷徹な意思の込められた、銀色の目。俺はぞくりと身を震わせた。ソラさんは今確実に『人間を殺す人間』の目だ。


 端的に言うと、


《おいソラ、ちょっと待てよ……いいか、俺は…………》
















「―――――――――――――質問に答えろ」
















 ソラさんは、怒っていた。





「今度は、頭を撃つ」

読んでくださった方ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ