その41 狙撃手と狙撃手
再び打ち合いが続いていた。
体術に銃術を加えたことによる、接近戦。主の言葉の通りであった。
私の剣戟は、巧みに捌かれる。ある時は砲身に、またある時は銃撃に。
「くっ……」
このままではまずい、確実にやられてしまうだろう。
しかしどうすることもできなかった。まずこの主という男、異常に戦いが手慣れているのだ。
単純に強い。身体の動かし方、武器の扱い方、どこを取ってもまるで非の打ち所がなかった。
自慢じゃないが、私も剣士である以上こなした闘いの数は多い。そして負けよりも勝ちの方が多いこともまた事実であり、
にもかかわらず、まるで手が出ないのである。白光を煌めかせながら切込む無数の太刀筋は、全て相手に見切られていた。
「うぐっ……!」
斬撃が再び阻まれる。腹側で刃が受け止められると、半回転したそれが私の刀を真上に跳ね上げた。
上体が逸らされ、重心が大きく浮き上がる。「しまった」と思うまもなく、反転した銃身がこちらを向く。
「く、くそ……」
ソラ、エクス、
「仕掛けたのはそっちの方だぜ、悪く思うなよ――――」
―――――――――――――すまん。
轟音。
重厚が火を吹くと同時に、私の視界は暗転した。
***
…―――――――――――――
……―――――――――――――
…………―――――――――――――
…?
あれ…………?
まだ意識がある。
…?
どういうことだ? 私は困惑した。
体は全く自由がきかない。足は自分の足でないみたいだし、手はまるで他人のそれだ。
主は無表情でこちらを見ていた。
何も感情を読み取らせない、サングラスの奥の瞳。肩に担いだ銃口からは白煙が吹いているが、どういうわけか周囲に硝煙の匂いは感じられなかった。
いやおかしいだろ。だって明らかに撃たれただろう……? 打たれて、そしてぶっ飛ばされた。
鉄骨に打ち付けられて、嗚咽が漏れる。食いしばった歯の間から唾液が落ちると、主は言った。
「麻酔弾だよ」
方針を地面に突きつけ、グリップの尻に手を置く。
煙草を口にくわえると、緩慢な動作で火をつける。戦いはうまいが好きではないらしい。
その様子は少し疲れたように見えた。
「命は助かるはずだぜ。当面動けねえがな」
「………」
かろうじで動く指に力を込め、私は握り込んだ。
しかし作られたその拳は動くことはなかった。くやしくて震える。相手を殴ることもできなければ、刀を握ることもできない。
いや、今はむしろ主ではなく、自分を殴ってやりたい気分だった。
―――――――――――――負けた。
完敗だ。
これ以上ないほどに、負けた。一撃が致命傷となる剣士にとって、それはすなわち死に直結する。
今は相手の慈悲によってなんとか生きおうせているものの、私にとっては死んだも同然であろう。
「……………………」
言葉は、出ない。
長い長い沈黙の後、私は主に小さく言った。「殺せよ」
「……殺せ。私は御主を斬ろうとしたんだぞ」
主は無言だった。
やがて私と同じくらい長く沈黙すると、彼ははっきりという。「ことわる」
「俺ァ迎撃しただけだ。そりゃあ「殺すぜ」とは言ったがな、本当にやるわけはねェよ」
それに、俺は嬢ちゃん嫌いじゃねェしな。
主はそれだけ言うと踵を返した。大方もうここにいるつもりはないのだろう、ヤマハリの元へ歩いて行く。
「ふざけるな!!! 待て!! 御主このままで!!! 助けなぞ求めておらんぞ! いっそ殺せと……」
「ふん………馬鹿が。そういうことは、勝ってから言いやがれ」
弱い奴の意見は聞く気にはならないんでな。
そういって主は吸い殻を投げ捨てた。風に靡いて私の眼の前に落ちてくる。
くやしい。くやしいくいやしいくやしい。握った拳が震える。それと同時に、呻くように私は泣いた。
「くっ………ん?」
と、
その時だ。涙をすすると同じくして、袂に入れていた端末が震える。
ピピピピという電子音が響くと、主はピタリと足を止めて振り返った。
何かを考えるように黙っていたが、やがて合点がいったというように頷くと私に言う。
「………別に出てかまわんぜ。俺はもう行くからよ。あと数十分もすれば動けるようになる」
「…………」
私は動かない手を無理やり動かすと、端末のボタンを押す。
外部通話状態にして応答すると、聞き慣れた声が響いてきた。
「………そ、ソラ……」
《如月さん…ご無事ですか》
「あ、あぁ……まあなんとかな。だが悪い……運転手から聞いただろう、私は……主に……」
負けたんだ。
と言おうとした私の声はしかし、直後にかき消される。
《―――――――――――――馬鹿っ!!!!!!!!!!!!!》
大きな声に、私はびくりと体を震わせた。いや麻酔を打たれたせいで動かないんだけども。
《『主』に戦いを挑む!? どうしてそんな無謀なことをしたんですか!!!!》
「!?」
《あなたほどの腕前なら、相手の力量を測ることくらい簡単にできるでしょう!! それを…………》
いや、怒声ではなかった。
逆である。私を案ずる言葉である。言葉の節々からその様子が見て取れたし、
最後に押し出すような言葉が聞こえてきた。《無事でよかった………》
「う……ちょ、ちょっと待て。ソラ、御主『主』を知っておるのか?」
目の前の大男に目をやる。
主本人も黙って私とソラの会話を聞いていた。
「こいつは一体………」
《ええ、知っているも何も………〝喫煙所の主〟バイーサ・N・ライホゾーン》
又の名を
《―――――――――――――〝伝説の狙撃手〟》
私の、師匠です。
ソラの声は、私の耳にいやに大きく響いた。
同時に、その声が今度は主に向けられる。
ヤマハリの元へ歩もうとした彼の足を、ソラの声が止めた。《動かないでください》
「は……?」
ピタリと足が止まる。
「ちょっと待てよ……しまった、ソラの野郎………」
なるほど、
どういうことなのか私にもすぐにわかった。主は周りを見回したが、遮蔽物と高い建物は多いこの場……ソラを見つけられそうにない。
しかも、相手は『狙撃手』なのだ。その動くなという言葉の意味―――――主はライフルを放り捨てると、ゆっくりと両手をあげる。
「おいソラ、てめー師匠に向かって……」
《「スコープ越しの相手は、例え肉親でも撃つ覚悟を持て」……あなたが私に教えたことです》
それからソラは言った。《話は全部エクスさんから聞きました》
《少しでも動いたら、撃ち殺しますよ。二、三お聞きしたいことがあるので》
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