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その38 狙撃手と主

 神速の一閃。


 飛燕流は刀を『力』で抜かない。『技』で抜く。

 腰の捻りと両手の手繰りを組み合わせて、腕ではなく全身で刀を抜刀するのだ。

 そうして引き抜いた刃は初速からほとんど最高速に達し、『加速』という工程を必要としない。

 ゆえに、抜いた瞬間に刃は相手に届く。


 少なくとも、私の刀は一秒と経たずに主の首を斬っているはずであった。

 抜く手も見せぬ居合い抜き。現に今までもこの技術で幾多の敵を倒してきたし、これからもそのスタイルを変えるつもりはなかった。

 現に、躱されたことは少ない。ほとんど皆無と言ってもいいだろう。『ほとんど』と言ったのは、今この瞬間にその実例が飛び出したからである。


「おいコラ」

「いきなり斬りかかるたぁ何事だ」


 『ぬし』はのけぞるように紙一重で私の居合いを躱していた。そのままひっくり返って後転。距離をとって立ち上がる。

 こんなにでかい図体でよくここまで素早く動けるものだ。胸中の関心とは裏腹に、私は振り抜いた刀の切っ先を地面に向けた。

 本来なら刀身は血に濡れているはずなのだが、相手の煙草を半分に切り裂いたのみにとどまる。カチリという刃鳴りと共に、私は彼を見た。


「殺せと提案したのは御主の方だろう」


「冗談に決まってるだろ!? そんなに怖い顔して、ちょっと待て。あのなあ、こんなところで戦ったってお互い……おい、よせ!!」


 ぬしの座っていた鉄骨を乗り越えると、私は何のためらいもなく刀を横に振り抜いた。

 またもや掠める。主は私の右側面に回り込みすれ違い、またもや距離をとった。


「勘弁してくれよ嬢ちゃん、いいか、データが手に入れば俺はいいんだ。別に、お前らの仲間を取って食おうってわけじゃないんだぜ、だからそんなもん振り回さないでさっさとしまえ、な?」


「ふん……戯言を。どうせここで御主を止めねば、『方舟計画』が発動してしまうだろう。それより前にデータだけ抜き取ることは不可能なんだからな」


「そ、そりゃそうだが……でも、お前らなら方舟計画くらい生き残れるんじゃねーのか? 少なくとも俺はそうやって、乗り切ってからデータを頂戴するつもりだぜ。

 それか、計画発動の混乱に乗じてこっそり国から出ちまえ! なんなら協力す――――って、聞いてねえなお前」


「悪いな。『依頼』なんだ」


「依頼?」


 主は逃げ回りながら首をかしげた。


「そうだ、ゼータポリスの住人……ルアとクークからの、『銀色のスナイパー』へのな」











「―――――――――――――方舟計画の前に、『ノア』を殺してほしい、と」











 そのためには、お前は邪魔だ。ならば、用心棒としての私が始末するか、おとなしくしていろ。

 私の言葉に主は舌打ち。それから合点がいったというように頷くと、ついで頭を抱えた。「ソラのやろう……」 そんなつぶやきが聞こえてくるのがわかる。

 そのあとに昔から変わってないだとか、全く……だとか断片的に聞こえてきたが、まあ今はどうだっていいことだ。


 主は寝転んで雑草を食んでいる大豚の方を向いた。


「あー分かったよ! しょうがねえ!! おいヤマハリ!! 俺のライフルを……「N‐7110」をとってくれ! 早く!!

 おいこら、食ってばっかいないでちったぁ働けこのクソデブ!!」


 む、そういえばこの男、ソラと同じようにライフル使いだったな。

 ということは狙撃手スナイパーということか。なるほどそれならソラと知り合いだったということも納得できる。

 距離を取られて狙撃されてはまずい。こちらにはほとんど打点がない上、一方的に射殺されてしまう。

 私は片足を下げた。『縮地』だ。こうなれば距離を潰して一気に……。

 ほとんど同時に、真後ろの方から潰れたような鳴き声が聞こえてきた。当時に何かを蹴るような硬い音。




   ガァンッ!!!!




「……!?」


 私は一瞬で主に追いつくと、再び刀を振り抜く。

 その、刀身を受け止めたのは――――――なんと、ライフルの銃身であった。


「……面白い、そういう使い方をするのか」


 大豚が蹴っ飛ばしたライフルを主が拾うのと、私が斬撃を見舞うの、全くの同時であったのだ。

 思わず口角がつり上がる。受け止めにくい角度から、かなりの速度で切り込んだつもりであった。

 事実として先ほど戦ったC級防御プログラム……あの程度なら一撃で斬り殺すことができただろう。

 それを、この男はいともたやすく―――――


 私は震えた。恐怖ではない。愉悦だ。口角がつり上がるのが、自分でもわかる。

 戦闘狂ではないが、強者との手合わせはいつだって心踊る。

 『剣客』とはそういう生き物だ。

 つばぜり合いのような格好のまま、『主』と視線を合わせる。私の琥珀色の瞳と、サングラスの奥の瞳、双方宿す光が明らかに先ほどと異なっていた。


「『ぬし』と言ったな、ようやくやる気になったか」


「できればやりたくねェんだけどな。まあでもしょうがねえ」


 ギィン!!

 押し込まれそうになったため、私は刀身を滑らせて鍔迫り合いを強引に切った。

 数歩後退し、刀を脇に構える。さて、こうなるともう一方的に攻撃するだけじゃあないぞ。

 追うものと追われるものではないく、戦うものと戦うものだ。


「飛燕流 如月 止水、いざ参る」


主はグワンとライフルを振るうと、肩にズシリと担いだ。


「ああそうかい。後悔するなよ―――――――――――――」
















「―――――――――――――殺すぜ」
















 私と主は、ほとんど同時に走り出した。

ありがとうございましたー

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