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その36 狙撃手と煙草

 やあみんな、私だ。如月 止水だ。

 かれこれこうやって地の文で挨拶するのは二度目だな。え? 視点がころころ変わると読みにくい?

 まあそういわないでくれ。いつもはあの運転手目線で物語が進むが、今回は仕方がないんだ。

 

 イタタタ。それはそうと、私はわき腹を押さえた。

 大丈夫じゃない。ぶっちゃけ動くと痛いし、安静にしているよう言われた。しかし、そんな悠長なことは言っていられないのだ。

 この『役目』は私にしかできない。ここの戦闘力を計算した場合、一番高いのはどう転んだって私なのだから。


 しかし、

 当たり前だが運転手には止められたな。


「おい、如月、危険すぎる。俺が行くよ。お前は休んでろって」


「御主はソラに会え。私より適任だろう。なあに心配ない。動けるし刀も持てる。大したことはないさ」


 ……という会話があったのを思い出す。

 ふふ、あの野郎め、私のことを心配してくれているのだろうか。だとしたらまったく失礼な話だ。

 剣士たるもの怪我は付き物。こんなことでいちいち戦線離脱していたら流浪の修行なんてできるはずがない。

 え? なにやら嬉しそうだなって? べ、べつにそんなことはない。運転手に気にかけてもらったからちょっといい気分になったなんて、そんなことは断じてない。断じて。


 そう、私と運転手は二手に分かれた。そう、箱舟計画を止めるために全員で協力することにしたのだ。

 とはいえやることは単純である。まず運転手がソラと接触するために、クークと共にU版ゲートへ。

 外界は遮断されているが、何やら手はあるという。そしてルアたちは基地内に残って、ノアの観察。

 なにか非常な事態が起こったら、私のこの耳に入れた無線機を通じて伝えてくれることになっている。

 その他の戦闘員は基地の護衛。万が一襲来してこないとも限らない。そう、D4をはじめとするノアの『防御プログラム』が、目を光らせているのだから。


 そして、私の役目。


「……このあたりにいるはずだ」


 それは、『喫煙所のぬし』を探すこと。

 探してどうするかって? 当然だ。止めるんだよ。

 そもそもあの男がノアにちょっかいをかけているからD4がうろついているんだ。それならば、元をどうにかしたほうがこれからこちらも動きやすい。


 さて、どこにいるのか。


《区画B、もう少し東へ……》


「……人が多くてわかりにくいな。こっちだな……?」


 ルアのガイドに従って、私は歩みを進める。

 注意深く周囲を探した。『ノア』側に見つからないように注意せねば……出来るだけ監視カメラの周りを通らないよう、死角から死角へ。

 大通りを歩けないのは少々面倒だな。路地裏から別の路地裏へ、塀を乗り越える。


『よおねーちゃん、かわいいな。俺たちと気持ちいいことしようぜ。5万ツーサでどうだい』


「うるさいうるさい。近寄るな。こっから北……ふむ、こっちか」


 しかし治安が悪いな。こんなとこに本当にいるんだろうか。

 うざったい連中を無視してまた歩く。もともとB区画は居住区が密接しており、従って裏路地の類も無数にあるのだ。


《待ってください! 後方からC級防御プログラムが3体! どこかに隠れて!》


「っ! ちょ、ちょっと待てよ……」


 戦ってもいいが、怪我もしているし無用に体力を浪費することは避けたかった。

 やばいやばい。というか間際になっていうなよルア。隠れる場所なんて……


「ええい仕方がない」


 かぁん!! かぁん!! 太刀音。

 私は刀を引き抜いて建物の壁に向かって2度ほど振るった。

 ばらりと崩壊し、内部が露出する。どうやら誰かの寝室……? かなんかだろうか。

 不法侵入だなこれ……なかに入り、直後に足音。ガシャンガシャンと重装備の機械どもが通過していった。


「……………ほう」


 直後に聞こえてきた激しい銃撃音と、轟音。

 それから再び静寂。私が路地裏に再び戻ったときには、うっすらと硝煙の香りが漂ってきた。


 いるな、


 この、先に。


***


 私は刀に手をかけた。突然襲ってくるかもしれない。

 そのまま慎重に歩みを進める。硝煙と、機械特有のオイルの混ざった独特の臭気はどんどん強くなっていった。


 やがて、

 前方にうっすらと見え始める人影。路地裏の最深部。広間のような開けた空間だ。

 時刻は深夜。停止している重機、むき出しのままの鉄骨。そう、工事現場である。

 置かれた金属材の一つに、私が探していた男はどっしりと腰を下ろしていた。

 そばにはなにやら醜い……『ヤマハリ』と首輪にネームされた、とても醜く醜悪な、不細工で太りに太った、欲望のまま食いまくって堕落したのだろうと思われる小汚い大豚が伏せている。


「あぁ……………」

「なかなか『厳選』が終わらねえなあ………『理想品』には巡り会えねえ……」


 まだこちらには気づいていないようだ。

 私は刀から手を外した。そのまま近づく。

 ざり、と草履が先ほどまで稼働していたC級防御プログラムの残骸を蹴ると、男は顔を上げた。


「『ぬし』だな。ちょっと用がある」


「ん? おお、なんだ、ええと、ちょっと待てよ、人の名前を覚えるのは苦手でな……」


 主は前にあったときとほとんど変わらなかった。つい昼の話だから当たり前か。

 サングラスに煙草に、真っ黒の巨大なライフル。足元には無数の吸い殻が転がっていた。


「ああ、思い出した。如月か。如月の嬢ちゃんだったな、よお、こんなところで会うなんて奇遇じゃねーか。って、用事……? 俺にか」


 再び吸い殻の数を増やすと、主は足でその火をもみ消した。

 もう一本咥えて火をつける。うまそうに燻らせながら、ふーっと白い息を吐き出した。

 なんつーか……いつもいつも口に咥えてるなこの男。


「そんなにうまいのか? それ」


 というわけで私は聞いてみた。本題とちょっとそれるがまあいいか。

 主はキョトンとした様子で私の顔を見る。


「別にうまいもんじゃねーよ」


「ならなんで吸うんだ。そんなにいつもぷかぷかぷかぷかと」


「そりゃあ……お前、『喫煙所の』主だからな。吸わないとなんかかっこわるいじゃねーか」


「ふうん………」


 主はそんなことを聞きに来たのか? というような顔をした。

 再び吸い殻となった煙草が地面に落ちる。夜の風が吹き、彼の黒のジャケットと私の蒼色の羽織を揺らした。


「いや、そんなことではない、用事というのはだな」


 私はそこで言葉を切った。

 主がぐっしゃぐしゃの紙箱から一本、煙草を取り出して私に差し出してきたからである。


「百聞は一見にしかずって言うだろ。ちょっと吸ってみるといい、ほれ、やるよ」


「……………」


***


「ど、どうやって吸うんだ。えっと、まず咥えるんだろ」


「そうそう、そして火を……あ! 馬鹿! 噛んじゃだめだ噛んじゃ! そうそうそのまま。んで火をだな………」


 カチンとライターを起こす。

 私が咥えた一本の煙草の先端が赤色に染まった。


「そして?」


「吸って、」


「吸って……すぅー」


「吐く」


「吐く……はぁー……むぐっ!!! ごほっ!!!! ごほごほごほ!!!!!!!」


「あ、ああ! お、おいおい大丈夫か……」


 私は口から外した。なんだこりゃまずい!!!

 喉がイガイガする。何度もなんども咳をする私の背中を、主はさすった。


「わりぃわりぃ。和服に煙草ってかっこいいと思ったんだがな、嬢ちゃんもうやめときな」


「ごっほごほっ!! あ、ああそうする………むむ、こんなものをいつも咥えてなにが楽しいんだ」


 って、

 そんなことはどうでもいいんだ! 持っていた煙草を放り捨てる。

 ちょうど醜い豚の尻に当たったらしく、ぶひぃ! というこれまた醜い声が聞こえてきた。


「で、」

「要件ってのはなんだ。まあ座れよ」


 主は言う。少し脇によけライフルをどかすと、私が腰を下ろせるだけのスペースを作った。


「『ノア』に一体なにをしようとしている」


 座らない。

 私はその場に立ったまま、主に言った。


「…………」


 主は無言だった。再び煙草を取り出してから、緩慢な動作で火をつける。

 おそらく私のこの問いは予想できていたのだろう。だからこそ驚くわけでもなく、夜の風に当たりながらこうして煙草を燻らせていられるのだ。

 どうもこの男と話すとペースを乱される。私は黙って主を見つめていた。

 琥珀色の双眸から放たれる視線を、これまた受け流すと、ところが、たっぷりと時間をかけたのちようやっと答える。


「俺はよ、珍しいものに目がないんだ。如月の嬢ちゃん」


「珍しいもの?」


「そうだ。なんでもいい、この世のありとあらゆる珍品、貴重品を厳選して探し回る。そうしてようやっと見つけた理想品をコレクションするんだ。病みつきになるぜこれは」


「……それがどうかしたか。ともかく、いいか、ノアに手を出すな――――」


「俺が求めてるのは」


 再び主は私の言葉を遮った。
















「―――――――――――――統括コンピュータ『ノア』の『方舟計画』のデータだ」















 そういつを手に入れてやろうと思ってよ。

 私の耳に、彼の言葉がいやに大きく残響する。

ありがとうございましたー

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