その34 狙撃手と原因
それは、地下室だった。
ルアが起動したのはワープ装置だったのだ。彼女が手をかざして同期?認証?かなんかを行うと、辺りが眩い光に包まれる。
次の瞬間には俺たちはゼータポリスの真下にいた。石造りの、所どころ粗末に補強しただけの地下である。
周囲には裸電球が釣られ、むき出しの動線がずーっと通路の先の方に伸びていた。
「ルア!」
そこにいたのは一人の長身の女性であった。二十代後半くらいであろうか。
癖のある深緑の長い髪に、翡翠の髪飾り。同じように緑色の瞳をルアに向けている。
ルアの後ろの俺たちを見かけると、いぶかしむように形の良い眉がひそまる。
「あ、先生! 大丈夫ですよ、この方たちは悪い人じゃありません。それよりも怪我人が……」
女性はルアに『先生』と呼ばれているらしい。ということは……やっぱり。ほとんど見分けがつかないが、
近くで見ると肌の質感が俺たちと微妙に異なっている。
「まあ、ルアを助けていただいたのですか。それはそれは……ありがとうございました。どうぞこちらへ。消毒と治療を行いますから」
女性は俺らを案内した。やがてそこそこ広い空間にたどり着く。所狭しとコンピュータが並べられており、不規則な機械音を発していた。
ぐったりした如月は隅にあったベットに寝かせられる。俺が肩を貸そうとしたが、「いい、自分で動ける」 とこう言った。
側のアルミ棚には薬品や包帯なんかが所狭しと並べられており、封を切られたのが最近だと俺は気づく。
「ここは……? ん、すまん」
如月は応急処置されながら空間を見渡す。薄暗いそこには何人かの人間と―――それから何人かのロボットがいた。
皆一様に俺たちを気にかけている。ルアが説明すると、ところが、その怪訝な表情は歓声に変わった。
『なんと……! C級防御ロボを秒殺したんですって!』
『素晴らしい……! お心強いです』
え? え? と思ったがいや待て、だいたい状況が飲み込めてきたぞ。
ルアは『反乱』と言っていた。そして俺たちはそれに協力するわけだ。
つまりここはその秘密基地なのだろう。言うなればここの人たちはルアの仲間……ということになる。
「ええ、そうです」
「勇敢なお二人の戦士―――――ようこそ、反乱軍へ」
***
〝qrdk〟
「く……くーどけ…?」
「あ、すいません。『クーク』です。dは撥音しません」
緩やかな茶の服に刻まれた文字に、俺は首をひねっていた。
ルアが『先生』と呼んでいた女性……クークというらしい。彼女は基地を案内した。
もっとも基地といっても、彼女いわくお粗末なものらしい。なるほど数個部屋があるだけで、そんなに広くもない。
「ここは昔、ノアをデパック(バグを発見すること)ために使われていた場所です。例外的に現在『ノア』の管轄に置かれていません」
ノアを『客観的に』管理するための場所であったという。
そのためゼータポリスの中で唯一ノアが干渉することができない空間になっており、表向きは国の発展とともに閉鎖されたことになっているというのだ。
なるほど基地とするにはうってつけだ。それからクークは言った。「お連れ様は一緒に隣の部屋にいらっしゃいます」 如月のことである。
クークはやることがあるらしい。なにやらルアをはじめとするお仲間さんたちと大きなコンピュータを操作していた。
もう少しいろいろ聞いてみたかったが、忙しそうだし遠慮しとこう。ということで如月の様子を見に行く。
「おうい、きさら……」
そこで俺は、片手を上げたそのままの姿勢で思考停止した。
たまたま如月は着替えているところであったらしい。運良く……じゃなかった運悪く、上衣を脱いだまさにその瞬間俺と鉢合わせしてしまった。
***
運悪く……じゃなかった運良く背中向けてたけどな!
当人が振り向くと、俺は慌てて扉の影に隠れた。
「ん? ……なにやってんだ御主、かくれんぼか?」
「い、いや見てないぞ! 見てないからね」
「? それよりも、おい、ルアから大体話を聞いたぞ」
やれやれ、ばれていないようだ。焦る焦る。土下座せん勢いだった俺はホッと胸をなでおろした。
曖昧に頷く俺。いやだってバレて刀でも抜かれたらことだ。
しかし綺麗な背中だったな……ってそんなことはどうでもいい! 頭の中の先ほどの光景を吹っ飛ばす。
「話?」
「あいつが追われてる理由だ。簡単に言うとな、ルアが心臓部分に持ってるコア。敵連中の目当てはこれらしい。さっきも、補給のためにたまたま出歩いていたところを襲われたそうな」
その『コア』の中に、『ノアを殺す』ためのプログラムが組み込まれているという。
簡単に言うとコンピュータウイルスというやつだ。マジかよ。んでD4をはじめとするノア側はそれを処分するために、ルアを狙っていると。
「……ルアは一体何者なんだ」
ここまでくると当然一つの疑問が生じてくる。それはルアの素性だ。
見た感じロボット? アンドロイド? 的であるが、しかしその実定かではない。そもそも、機械側ならどうしてノア側ではないのだろうか。
これは当然如月も思っていたらしく、しかし、だ。彼女は首を振った。
「そこだ。私も聞いてみたんだがな、明瞭に話すあいつにしては珍しい。言葉を濁すんだよ」
「ふーん……なにか言いたくない理由があるのかな」
「分からん。まあ人にはいろいろ事情があるからな……しかし気になるな。そもそもどうしてルアはノアを裏切ったんだ?」
これは俺も気になっていたことだった。そしてもう一つ。
知らせてやるということ。すなわち、ゼータポリスの人間たちに『これから虐殺が起きる』ということを洗いざらいぶちまけるということだ。
……意味がないだろうな。突然現れたよくわからん地味な男が、これからあんたらは殺されるよという。うん、無理だ。
つまり、ここにいる少数の人間たちでなんとかするしかない。
その時である。『間違いない! この人だ!』 大広間から声が聞こえてきた。
なんだろう。顔を見合わせていると、ルアが興奮した面持ちで扉を開ける。
「エクスさん、如月さん、D4が早期に始動していた理由がわかりましたよ! 来てください」
***
「え、こ、こいつ……!!」
「……む、あの時の……」
俺と如月は大広間のコンピュータ、そこに移された人物を見て目を丸くした。
非常に粗い画像だが、見て取れる。巨大な漆黒のライフルに……後なんて言ったか、あ、そうそうヤマハリとかいう豚だ。
不細工な一匹の大豚に乗った長身の男性の画像。自分のことを『喫煙所の主』と言っていた。
ありがとうございましたー




