その32 狙撃手と車
「如月さん!!!」
「待て! ルア! お前は行くな! くっそ……!」
なりふり構わず如月を助けようとするルアを、俺は止めた。
まさか新手が来るとは思わなかった。というか、どうしてこの場が分かったのだろうか。
だが考えている暇はない。俺は駆け出した。正直言って、体の節々が痛い。短時間で何度も時間を止めていた副作用だ。
鈍痛の中、4度目の時間停止―――40秒だ。
如月のようにぱっぱと登ることはできない。モタモタモタモタ……よしやっとついた。
青い顔の如月を抱えて、刀を拾って……そこで41秒!! 後ろから衝撃を感じて、俺は思いっきり地面を蹴った。
「ぎゃっ!!」
「くぅっ!」
グシャッと地面に叩きつけられる。俺はすかさず神剣を大きくして振り向いた。体の痛みがさらに増している。
外傷はないのに、まるで風でもひいたみたいだ。関節が音を立ててきしむような、のぼせたような感覚。
「おや、早い。瞬間移動かなんかの使い手でしょうか」
「いててて……うるせーっ!! てめぇら……やりやがったな、おい! 如月! 大丈夫か、おい!」
「っ……ああ、なんとかな、く……」
俺と如月を見るのは、意外そうな灰色の髪の少女。改めて対峙すると、本当に髪が長いな……身長だいたい160cm弱くらいで……んで毛先が地面に着いている。
それでもまだまだ長い。身長の二倍くらいあるんじゃねーのかこれ。
「いやあ、悪いねえヘア、まさか君に助けられるとは」
最初に俺たちと戦っていた少女が言う。
『ヘア』と呼ばれた灰色のロボットは、フルフルと首を振った。
「お気になさらず、さて、戻りましょう。方舟計画は3日後。前夜祭にしても少々早すぎますよ。
統括コンピュータ『ノア』へ指令を上書き、D4 2体帰還。ここまでデータのセーブを開始します」
瞬間、
ブォン!! という軽い音ともに、2人の姿が揺らぎ始める。
輪郭が曖昧になるかのように……出来の悪い立体映像を見ているかのようだ。
「なあ、ヘア。厄介なのはどっちだと思うかねえ。あの男と女」
「さあ。人間に興味はありませんので。ですが、そうですね……」
品定めするように、俺と如月を見つめる2人…否、2体のロボット。
そして、灰色と目があった。俺は睨みつける。このやろう、如月を……
「あの、男の方でしょうか―――」
「てめぇら……方舟かなんだか知らねえが……許さねえからな」
「ねえ、男の方、お名前は」
ほとんど2人は『映像』に切り替わろうとしていた。実態がその場にないのだ。
隣…重力の方が意外そうに灰色……ヘアを見る。「君が人間の名を聞くとは珍しいねえ」 かすかに笑いながら言った。
「おお、よく覚えとけ!! 俺の名はエクス―――――――――」
「―――――――――――――ハオルチア大陸一、時間にうるさい男だ!!!!!」
直後、
少女2体の姿が、その場から消えた。
方舟計画まで、あと3日と3時間。
***
「ふむ……」
さて、一方の私は国壁に沿って荒地を歩いていた。ひょっとしたら何処かに抜け道でもなんでもあればと思ったのだが、
どうやらそんな希望的観測も虚しく、カッチリとした無機質な壁がどこまでも高く募るのみ。
もう日も落ちようとしていた。私の銀髪を、乾いた風が撫でてゆく。
「どうしようもないですねこれは……」
ホー
同意するように肩に乗ったふくろうが鳴く。明かりが少なくなるにつれて、彼(あるいは彼女か)の目は少しずつ開いていた。
それに反比例して私の焦りは募る。そういえば、あの魔導師、いつ虐殺が起きるのかは話していかなかった。
明日なのか明後日なのか、いや、ひょっとしたらこの瞬間かも―――――
と、その時だった。
「ん……?」 ずっと歩いてると妙なものが見える。
薄暗くてわからないが、確かにそれは車だった。私たちが乗っているものよりも大型の、四人乗りの乗用車である。
「……」
不自然なのは、真っ黒焦げであったことだ。そう、黒焦げである。
スクラップにするしかないようなほど、車体がボロボロに焼け焦げている。
私が恐る恐る近づいた。慎重に周囲を観察する。それから中を見て、思わず顔をしかめた。
「3人……全員死亡ですか」
車の中の人物。前席に二人、後席に一人。その全てが全員、見るも無残に焼死してしまっていた。
おそらく車ごと焼き殺されてしまったのだろう。
暴れた様子やもがき苦しんだ様子がないあたり、即死。よほど高温の炎で焼かれたらしい。
さらに仔細に検討してみる。すると、運転手の胸元に何やら金色に光るものが転がっていた。
取り出してみる。ドロドロに溶けてしまい、もう原型もないほどであったが、辛うじで見てとることができた。
「これは……」
それは『大陸警察』を表す紋章であった。ひしゃげているが、象徴する生物である鷹の翼の部分が見て取れる。
「……? どうして」
一体何が。
そこまで考えた時であった。紡ぎだした言葉は、中途半端に途切れることとなる。私は一瞬呼吸することすら忘れていた。
不意に強力な『威圧』を感じたのだ。
まるで鋭利な刃を喉元に突きつけられるような、恐ろしい感触。全身に鳥肌が立ち、冷や汗が頬を伝うのがわかる。
私は思わず……ほとんど無意識だ。コートの内ポケットに手を入れる。
拳銃のグリップを握れば多少は心が落ち着くものだが、こと今回に至っては不安が募るばかり。
まるで『絶対に倒すことのできない存在』がすぐそこにいるような気分であった。こちらに待ち受けるのは、惨たらしい死のみ。上下関係を強制的に分からせられているかのようなーーーーーー。
「……っ」
私は焼けた車の陰に身を隠す。ほとんど付け焼き刃かもしれないが、それでもなにもしないよりマシだろう。
ぞくりと身震いするような威圧の中、敵の襲来を待った。
読んで下さったかたありがとうございましたー