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その27 狙撃手と魔導師

「どのくらい痛いかと申されましても……」


「いえ、ですからね。もしも痛みがあるなら麻酔なんかは……あ、ちょっとちょっと」


 医療室のロボットはそこで現れた別の旅人の方へ向かう。

 聞いてみても、全く要領を得ない。というか困惑したように見受けられるが、うーんこれでもう何回めだろうか。


 あれから……エクスさんと如月さんと別れてから、私は勇気を振り絞ってここまでやってきていた。

 しかし最後の最後で、つまり注射を打つ段階でどうしても心が決まらない。あーあ全く……我ながらうんざりする。


 私はU番ゲートを後にした。これ以上ここにいても無理だ。

 それからぶらぶらと特に目的もなく、時間を潰す。とりあえず駐車場や駐生物場を見て回り……しかしこんなもの観光したとこで退屈なだけだ。


「はぁ……」


 私のお仲間二人は何をやっているのだろう。この巨大な壁の向こうにいるはずで、観光なり依頼探しなりを行っているのだろうか。

 自分がこんなに苦しんでるのに……。


「んもー……二人とも……薄情者!」


 私はふるふると頭を振った。


***


 さて、

 どのくらいの時間が過ぎただろうか。

 例によってまだ私はゼータポリスに入れずにいた。そびえたつ巨大な国壁に背を預け、吹きすさぶ荒野をぼんやりと見つめている。


 うーむ。

 これまた例によって決心がつかない。はっきり言って嫌なものは嫌なのだ。

 しかしかといってこれ以上逃げ惑っているのも限界だ。主に退屈で。やることがないということがこんなにも辛いとは思わなかった。

 私は重い腰を上げた。仕方がない。もう一度医務室に行ってみるとしようか。そのまま歩き出す。途中数人とすれ違うが、その時である。

 私は妙な違和感を感じた。なんというか、慌ただしいのだ。


 すると、ゲート内に入ろうとする私にかけられる声。


「今は入国できないわよ」


 振り向く。最初自分への言葉ではないかと思い、少し反応が遅れてしまった。


「え?」


ゲートが開かないのよ」


 私と同じくらいだろうか、あるいは、ほんの少し下か。一人の少女。

 綺麗な長い金髪、スレンダーながらも引き締まった体躯、軍服の上から黒いコートを羽織っている。

 それだけではない。私を引きつけた所以は、彼女の背中の漆黒の長剣、そして右腰のホルスターだ。


「……どういうこと?」


「統括コンピュータ『ノア』」


 軍服の少女は言った。寄りかかっていた外壁から離れ、ゆっくりと体を起こす。

 一陣の風が私の象牙色のコートを揺らし、ついで相手の金髪を揺らした。


「この国を制御してるデカい機械のことよ。そいつにちょっとした異常が発生したらしいの、今受付はゴタゴタしてるから、ここで荒れ地でも見てた方がいいわ」


「はあ、そうですか」


 注射のせいでどのみち入国はできないんだし同じことだ、と私は思った。


「まあ、できれば逃げた方がいいと思うけどね」


 …?

 私は首をかしげる。相手はフッと頬を緩めた。ところが、目は真剣そのもの。


「これから一波乱あるのよ。この国でね」


「波乱……?」


 少女は意味ありげに笑う。どうやら冗談や嘘を言っているわけではないようで。

 「悪いことは言わないわ。逃げた方がいい」 少女はもう一度私に繰り返す。

 こちらの反応を楽しむかのようなその言い草に、少し私は自分のペースを乱された。


 おそらく、

 この少女は私がここから離れないことを知っているのだろう。彼女の言葉を借りるなら『逃げない』わけで。

 言うよりも早く彼女は頷いた。「やっぱりね」 そのまま続ける。


「あなた、ちょーっと普通の人とは違うもの。そうねえ……例えばその目、聞いていた通り」


 言いながら彼女は私に近づく。ガチャリと背中の剣が揺れた。
















「―――――――――――――獲物を逃さない、狙撃手の目だわ」
















 それは一瞬のことだった。

 交錯する二つの武器。

 少女が背中の剣の柄をつかんだ瞬間、私はコートの内ポケットのリボルバーのグリップを握り、

 陽光を反射しながらその刀身が引き抜かれるのまさにその時、コートをひるがえしリボルバーを突き出す。


 結果、

 相手の剣が私の首筋に突きつけられるのと、

 私の銃が相手の眉間に突きつけられるの―――――それらが全く同時であった。


「あらまあ速い。私これでも剣術には自信あるんだけど」


「……よく私がスナイパーとわかりましたね」


 私はもう撃鉄を起こしていた。すなわち人差し指に少々力を加えれば相手を殺害することができるわけだ。

 それはすなわち、明らかに首筋付近の剣を動かすより『速い』というわけであり。

 

 ゆっくりと首元の冷たい感触が引いていくのがわかる。

 これ以上剣を向けられたままだったら戸惑いなく撃ち殺すつもりだった私は、内心ホッとしながらリボルバーを下げた。

 内ポケットに戻さなかったのは、まだ相手を警戒しているからだ。


「だって私、あなたのこと知ってるんですもの。ねえ、銀色のスナイパー……」


 それから彼女は続けた。「帝政都市ニグラでは、お疲れ様。狙撃には失敗しちゃったみたいね」

 私はその言葉を聞いた瞬間はっと顔を上げる。言うまでもなくそこには、驚きの色が濃く現れていた。


「………あなた、何者ですか」


 少女は私の反応に対し、満足げに頷いた。

 剣を背中の鞘にしまう。「冗談よ冗談」と一言、おどけたように肩をすくめた。


「あの時アッテンの護衛についてたの、私だったから。まあそれはいいわ。

 それよりもね、これからゼータポリスで、『虐殺』が行われるの」


 私は無言だった。ピクリと眉を上げるのみ。

 虐殺……? 普通ならば笑いたくなってしまうような内容。だが、本当に嘘と切り捨てていいものだろうか。

 これが全く別の人物から言われるのなら一蹴するのだが……どういうわけかこの少女はそれをさせなかった。


「皆殺しよ。中の人間は全員殺されるわ。信じられないって顔してるけど………大陸自警団の上層部が掴んだ情報だからまず間違いない」


 『大陸自警団』―――――――その名の通り、ハオルチア大陸全土に点在する自治組織である。

 簡単に言うと警察機構のようなものだ。大陸警察ともいう。もっともかなり過激なことも行うし、武力行使も厭わないが。

 ということは……この少女。


「ええ、私はそこに雇われた傭兵。末端よ。所属自体は闇ギルドの方だけどね」


 やはり。少女はそう言って剣の鍔に貼り付けられた魔導紋(魔導で付与された腕章のようなもの)を見せる。

 まごうごとなくそれは自警団のものであり、

 金で動く傭兵――――大陸自警団に雇われるということは、彼女の言ったことの信憑性も増してくる。


「……本当に……」


「ええ。本来ならこんなに人に喋らないんだけどね、あなた、お仲間が二人国に入っちゃったみたいだし、教えといてあげるわ」


「!? ……どうしてご存知なんです」


 見られていたのだろうか。いや、そんなことはない。

 少女がここにきたのは私たちよりも後のはずだ。彼女はもう立ち去ろうとしていたが、振り返るとまた意味ありげに笑った。


「『相棒』がね」


「……? 相棒……?」


「ええ。相棒よ。『彼』が見てるから。私にもわかるの」


 それから彼女は踵を返した。


「待って! ……傭兵さん、あなた、名前は?」


「ふふ、気になるのかしら。ニコル。ニコル・デラグライトよ」


 そのまま歩き去る。

 残された私は一人……再び荒野に吹きすさぶ壁が、銀髪とコートを撫ぜた。



「―――――――――――――虐殺………」



 私はゼータポリスの国壁を見つめた。

 分厚く高いそれは、無機質にそこに佇むのみだった。

読んでくださった方ありがとうございましたー

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