その26 狙撃手と機械の少女と
うっそだろおい。なんであんなに飛び上がってんだよ如月のやつ。
俺は当然ながら困惑した。……のもつかの間。
……すご。
なにあれ!? なにやったんだ? なんかよくわからんが落下して、んで如月か刀に手をかけた瞬間に相手の機械兵が真っ二つになりやがったぞ。
如月は涼しげな顔で刀を納めていた。それからこちらを見ると片手を上げる。
「怪我は?」
「ああ、ほんのちょっとな。まあかすり傷だ」
俺は言いながら片足を見せる。持っていたタオルをぐるぐる巻きにして止血していた。
もう血は止まっている。少し歩きにくいが、後で病院にでも行くとしよう。
すると、遠巻きに眺めていた少女が――それまで怯えていたものの、ようやく落ち着いたのだろう。
恐る恐る如月が斬ったロボットに近づく。
「すごい……C級とB級の防御プログラムを……こんなに簡単に…」
「あ、えっと……あの、ありがとうございました」
それから少女は俺たちにいうと、ぺこりとお辞儀をした。
***
それから俺たちは場所を移した。U番区画の隅の方の、ほとんど人のこない路地裏だ。落ち着いて話せる喫茶店にでも行こうと思ったのだが、
少女がそれを拒否したのである。考えてみれば彼女は追われていたわけで……まあ無理もないか。
少女は『ルア』と名乗った。俺たちも自己紹介する。
さすがに殺し屋の仲間とは言えないので、無難に旅人ということにしておいた。
「旅人!?」
すると、ルアの表情が変わる。俺たちは首をかしげた。
「お、お二人で旅を?」
「ん? いいや、外にもう一人いるんだ。まぁー……ちょっと事情があってな」
ここはソラさんの名誉もあるので俺は微妙に言葉を濁す。
そりゃあそうだよな『注射が怖いから外で待ってます』なんてこと言えるはずもない。
だがそんな俺に思考とは裏腹に、ルアは素っ頓狂な声を上げる。
「い……いけません!! 今日入国されたのですか!? ああ……なんとタイミングの悪い」
「え?」
「如月さんとエクスさんとおっしゃいましたね! す、すぐに出国の準備を!」
え? え?
困惑する俺たちの手を引っ張りながら、ルアは駆け出す。
***
U番ゲートには人だかりができていた。そればかりではない、不満の声や文句が飛び交っている。如月は近くの剣士風の女に話を聞いた。
『参ったよ。なんでも出入国のシステムがダウンしちゃったらしいんだ。出も入りもできないらしい』
受付嬢のロボットが何人も必死に説明している。
どうやらゲートを開閉する扉、その向こうの巨大な駐車場と駐生物場、そして出入国社を管理しているコンピューターに異常が発生したらしい。
出る者入る者の管理が効かなくなるため、一時的にすべての出入りを停止させている――――他にも保障なんか免責なんかをごちゃごちゃ話してたが、まあ要約するとこんなところだ。
それから俺たちはルアのところに戻った。
彼女はそれまでと異なり、どこに持っていたのか……鳶色のボロボロのローブで顔を隠していた。俺たちが戻ってくるのを見ると心底落胆した顔で眉をひそめる。
「間に合いませんでしたか………」
「なんかシステムがトラブったんだってよ。でも、すぐに治るそうだ」
「いえ……」
ルアは俯く。
すると、それまで黙っていた如月が言った。
「なんで御主がそんなに落ち込むのだ。少ししたら帰れるのだろう?」
そういえば、他にも聞きたいことがある。さっきは聞きそびれてしまったが、そもそもどうして彼女は追われていたんだろうか。
ところがだ、尋ねようとするより早く、ルアはポツリと言う。
「……『表向き』はそういうことになっていますが」
「へ? 表向き?」
ってどゆこと……?
「なにかワケありみたいだな」
如月が尋ねる。ルアは再び顔を上げる。緑色の瞳……よく見るとカメラのレンズのようになっているそれが、わずかに開かれる。
如月の琥珀色の瞳を正面から見つめると、やがて彼女は言った。
「……お話しします。そして、できれば私たちに協力していただけないでしょうか」
「協力?」
「あなたがた、戦えますよね? それも、さっきの動きを見た限り相当お強いようで………」
「あ、ああ。まあ、職業柄な。私も運転手も」
俺は尋ねた。「協力ってなんのことだ?」
ルアは今度はおびえた様子ではなく、ふうっと息を一つ吐き出すと、ところが静かな口調。
「―――――――――――――『反乱』です」
***
俺たちはU番区画からT番区画に移動した。ゼータポリスは全体を26に区分けされており、それぞれAからZまで名称付けられているらしい。
T番区画は商業区。様々な店が軒を連ねており、今まで見たことないような道具や食べ物も数多く売られていた。
本題に入る前に、まずルアは言う。「お二人は、ゼータポリスのことについてどこまでご存知ですか?」
ローブのフードを深々と被ったままだった。先ほどのことから察するに追われているのだろうか。そういえば、なんで襲われてたのか聞けなかったな。
まあそれはいいや。
「そりゃあ……あれだろ、通称『機械の国』って名前の通り……」
「うむ。ロボットと人間が共存している。あらゆることを機械が行い機械がまかなう、高度に文明の発達した国家と聞いた」
「ええ。そうです」ルアは頷く。大きな移動式の店?屋台? が俺たちのすぐ脇をゆっくりと移動した。
「では、内情についてを。ゼータポリスは機械文明ですが」
ルアはぐるりと周囲を見渡す。
傍らでは店先の接客用のロボットがとうとうと新商品を説明し、
傍らでは一見するとエレベータのような円形のワープ装置?かなんかから現れる人間。
そのまた傍らでは例によって土木工事を行う小型のロボット達。
「国中にある機械、装置を制御するある存在については、ご存知でしょうか」
俺と如月が申し合わせたように首を振ると、ルアはちょっと面食らったような表情をした。しかし本当に表情豊かだな。こんなこと言っちゃあ失礼だがとても機械とは思えない。
「本当にご存知ないのですか」 彼女は続ける。いやすいません。そういえば最初にもらった国の紹介のレコーダー、如月に止められたんだった。
「そもそもロボットって、なんだ……エネルギーで動いてるんじゃないのか。魔導か……後電気か」
その如月が尋ねる。
「ええ、基本はそうです。しかしですね、大元は別にあります。それによって承認されたロボットしか稼動しませんし、それによって検閲された装置しか設置されない決まりとなっています」
「へぇー……なんかすごそうだな。で、それってなんなんだ?」
俺もまた聞く。
「ええ」
俺たちの少し前を歩いていたルアは立ち止まる。
いつの間にか大通りから外れていた。人通りもまばらだ。
「―――――――――――――統括コンピュータ『ノア』」
「これから話す……おぞましい出来事の、『元凶』です」
読んでくださったかたありがとうございましたー!