その25 狙撃手と秘剣『燕返し』
というわけで公園。
ふむ、運転手の方はどうやら無事にあの女を逃がしに行ったらしい。
それでいい。少なくとも二人で戦うよりは、一人が遠くに離れて戦力を分散させた方がいいだろう。
あの女を気遣わなくていい分、こちらも動きやすいというものだ。
さて、
「こっちもこっちで、始めようか」
犬型の機械が二匹運転手を追う。いい。運転手がなんとかするはずだ。私はゆっくりと抜刀した。
私の相手はこの大きな機械。状況を見るに親玉であろう。ピピピピ これまた機械的な音が響く。
まず動いたのは相手だった。銃と剣。間合いに関しては向こうの方が上だ。大音量とともの放たれる弾丸。
銃口から打ち出される方向を予測すると、私は横っ飛びで大きく地面を蹴る。直後、先ほどまで立っていた地面が大きく抉られた。
狙いが正確だな。
厄介な点はもう一つある。銃の種類だ。ソラが使っているような旧型のそれではない。魔導で稼働するタイプの代物だ。
必然的に弾丸も魔導となり―――つまるところ高エネルギーの塊。さて、斬れるかどうかわからないぞ。下手に動いてこっちの刀が折られてしまったんじゃ、ほとんど敗北だ。
「……っ!」
そうこうしていると続けざまに放たれる……二発。
参ったな、連射も効くらしい。距離を取ろうものならすぐさま追撃が来る。
《ピピピピピピピピ》
「うーむ……このままじゃジリ貧だ。ともかく―――――」
まずは『近づく』こと。ということは……『あれ』を使うか。
私は足を止めた。再び銃口が向けられる。今度はその延長上から逃れることはせず、私は敢えて弾丸が放たれるのを待つ。
《ピピピ》
ズ ド ン ! !
い―――――――今!
体を開く。弾丸は私の胸元を掠めた。機械式の拳銃よりも弾速の遅いエネルギー弾。集中して注意していれば、私の動体視力と反射神経なら『見切る』ことができた。
ほとんど同時に下げていた左足を動かす。重心を下げ、次の瞬間には軸足とする右足に渾身の力を込めた。
それは、歩法。
急激な重心の移動と全身の発条を用いることで、直線ならば超高速の接近を可能とする。
私の納めた古武術の中でも多用するそれは―――――――仙術になぞらえて『縮地』と名が付けられていた。
機械に感情があるのかどうか定かではない。だが、少なくとも私の高速の接近に、ロボットは面食らったような表情をした……ような気がした。
ずっと私を睨んでいた赤色の無機的な瞳が大きく見開かれる。再び銃を向ける頃にはもう、私は件の目の前にいた。こうなると、
「銃は刀よりも遅い」
ヒュン!
放ったのは単純明快ながらも、威力の高い横薙ぎだ。
白光を反射する刃は、まっすぐにロボットの首を狙っていた。
《ピピピピ 斬撃視認 対処シマス》
ところが、
「!?」
ガァンッ!!!
硬質な音が響く。居合いは振り抜かれて再び鞘に仕舞われることなく、相手の手首から繰り出されたブレードによって受け止められていた。
……なるほど敵も一筋縄ではいかんということか。あの刃、体の中に仕込んでいたな。
「面白い」
私は笑った。
「どっちの剣が上か決めようか。なあ、機械」
《座標4 2 114 仰角51 俯角4 軌道計算カンリョウ》
鍔迫り合いを解く。後退せず、私は切っ先を下げた。
ロボットは銃を大きく振り上げた。ガシャンガシャンガシャンガシャン!!! けたたましい音とともに……なんだあれは…? え、嘘……。
見る見る形を変えてゆく。やがてそれは『銃』ではなく、黒塗りの刀身が私を睨む一振りの『剣』へと変化した。
手首のブレードも考えると―――二刀流。
「くっ!」
斬撃の応酬。
相手もなかなかのものだ。受けにくい角度から巧みに繰り込んで来る。ある時は受け止め、ある時は捌き、またある時は返すことで一進一退の攻防を繰り返していた。
私の剣は掠ってはいるものの、なかなか致命傷には至らない。装甲に浅い傷をつける程度だ。大して向こうの剣は―――まず単純に数で2倍。
加えて、『疲労』と言うことを知らない。今はまだ私もきちんと対処できているものの、あと少しすればその均衡が崩れることは明白であった。
「ち……」
相手の受け太刀は、明らかに私のそれよりも早いものだった。切り込む挙動よりも一手先に、その刀の到達地点に刃を置いている。
どういうことかはいうまでもないだろう。読まれているのだ。そういえば軌道計とかなんとか言ってたな。
冗談じゃない。
気の遠くなる程の研鑽と鍛錬を重ねた私の古流剣術を、そうそう簡単に読まれてたまるか。っとその瞬間のことだった―――――――襟首を、
ガッチリと片方のロボットの手が鷲掴みにする。身長差のせいで上からつかまれるのだ。
「な……!? うわっ!!」
次の瞬間には、私は真上に放り投げられていた。体重は……ええと、云々kgだが、それを片手で。
私は舌打ちした。『空中で回避行動を行うことはできない』ということは、近接戦闘において常識である。
接近した段階で考えなしに闇雲に飛んだり跳ねたりしてはいけない理由でもある。
《タイショ、カンリョウ》
落下地点で待ち構える機械兵。
その二振りの鋭利な刃が、私を食わんとする牙のごとく鈍く光っていた。
***
「如月!!」
「右胸だ!!! 右胸を狙え!! 中に弱点があるんだ!!」
そして、打ち上げられた状態で私は首をひねった。ちょうど運転手とあの女がこっちにやってくるところである。
なんでそんなに飛んでるの!? って言いたそうな顔だな運転手。まあそりゃそうか。そして下で待ち構える機械兵。
ちょっと考えれば危ない状況、すなわち私が振りな状況に見えるのだろう。
確かに、
無理もないことか。普通ならば『絶体絶命』に思えるだろう。普通の剣士ならば、その解釈は間違っていない。
――――――――『普通の剣士なら』な。
そういう意味では、ロボットの対処は極めて合理的であったと言えるだろう。打ち上げて、落ちてきたところに回避不可能の斬撃を放つ。
まさしく近距離殺しだ。 おそらくロボットの頭脳に蓄積されたデータ……剣士にはこう戦えというマニュアルがそうさせているのだろう。
ああ、それは正しい。しかし、私にとっては『正しくない』。
あくまでも『定石』としての話。世には例外も存在し、今この段階でその例外が私であった。
『上空に打ち上げて』『落下を待つ』。すなわちそれは、
―――――――――――――『刀を鞘にしまう猶予を与える』ということ。
カチン
納刀の音。と、同時に、落下。
《ハイジョ、カン》
ヒュッ
――――――リ
―――――――――――――…………ョ
「…………ふん」
カチン
再び、納刀の音。
着地。
私は刀の柄から手を離した。
「―――――――――――――惜しかったな」
〝
燕
返
し
〟
それは、飛燕流に於ける『最速』の秘剣だった。
腰を切る動作による抜刀方法、そして練りに練った剣気を刃に集中させ、ひたすらに早く『抜く』ことだけに重視する。
無音の、音すら置き去りにする神速の一閃。いくら軌道を予測しようとも、『速すぎて』避けられなければ意味がないだろう。
ああそれと……右胸を切れという運転手の言葉が役に立った。
「………」
右肩から縦向きに、文字通り『両断』されたロボット、もとい機械兵。
その死体を一瞥することなく、私はエクスに向かって片手を上げた。
読んでくださった方ありがとうございましたー!