その22 狙撃手と食後の街
食後。
「そりゃあ、確かに腹は膨れるけどさあ……」
驚くなかれ食事は1分ちょっとで終わった。そりゃあ、運ばれてきたのは錠剤数個だし、まあさっさと終わるわな。
そう、錠剤である。錠剤。カプセルだぞ。俺は料理(?)を運んできたロボットの話を思い出した。
『化学添加物を一切用いない、有機的に作られた合成食でございます。え? ご心配なく。風味も香りも本物と99.99%同一でございますよ。
このカプセルがハンバーグで、このカプセルがフライドポテト……そしてこちらが……』
らしいです。とうとうと説明が終わった後、俺は順にカプセルを噛んだ。
確かに言われた通りの味がする。ハンバーグはハンバーグなのだが……しかしなんだろう。なんとも物足りない。
如月も同意見だったのだろう。せっかくの和食にありついたものの……うーん案の定浮かない顔をしている。
「やっぱり、ソラさんへのお土産は別なのにしようかな」
「それがいいだろうな。うーむしかし栄養価が完璧と言っても……どうもな」
如月はなんというか、物足りなさげに持参した楊枝を加えていた。いやカプセル食ったくらいじゃ使う必要ないだろそれ。
隅の屑篭に放り捨てると、「出ようか」と俺に声をかける。そうだな…食事は済んだし(一応)。というわけで俺たちは腰を浮かせた。
その時だ。
「―――――――『銀色のスナイパー』のことかい」
唐突にかけられた声。最初如月は俺が言ったのかと思ったのだろうか。目が合う。いやちがうよ。
空耳でないことは俺も聞こえていることが証明している。
俺は振り返った。
ちょうど背後のテーブルだ。一人の男が背を向けて座っている。黒のジャケット着た、長身の男性であった。
「あんたら、今『ソラ』と言ったろう」
男はそう言って振り返った。浅黒い肌にサングラス。そのがっしりとした体躯も相まって、見るものにかなりの威圧感を与える。俺も当然例外じゃない。おいおい……なんだこの人こえーな。
年齢は……わかりにくいけどまあ三十代後半から四十代くらいであろうか。そしてなにより、
――――――――ライフル
男は真っ黒のそれを、無造作にそれを立てかけていた。
しかも……なんだこの銃!? ソラさんが持っているようなのじゃあない。あんなに小型で(俺からすればそれでも十分大きいと思うけど)細身じゃなかった。
でかい。とにかくでかい。全長2mは優に超えるだろう。というか持ち主のこの男の身の程もある。
長大な銃身はその辺の剣の倍ほどの幅だ。いや大きすぎだろこれ!? しかも至る所に大小様々な傷が走っていた。
どうやったらここまでボロボロになるんだ。というかライフルって精密機械なんだろ。こんな乱暴に扱っていいんだろうか。
ソラさんはいっつもスコープの狙いが狂うからとかなんとか言って解体して専用のケースに入れてるし……。
……なんて思っていると、俺の視線に気づいたのだろうか。男は足でライフルを小突いた。ガザリといかにも重厚な音が響く。
「なんだいにいちゃん、魔導銃がそんなに珍しいかい。……あ、そういやソラは機械式のライフルを使ってたんだったな。しかも鎖閂式の。魔導が溢れた今時にしちゃ珍しいスナイパーだな」
確かにソラさんは機械式……つまり魔導を一切用いなタイプの狙撃銃を使っていた。
え、本当にこの人何者なんだろう。
今度は俺の思考なぞどこ吹く風で、男は悠々とくしゃくしゃの紙箱から煙草を一本取り出して加えた。
見ればテーブルに置かれた灰皿にはおびただしい数の吸い殻が山ほど盛られている。いや吸いすぎだろ。
「あんた、ソラさんを知ってんのか?」
いかにも年代物と思えるライターで火をつける。
ぷかぷかと煙を吐き出す男は、俺の問いかけに答えた。
「知ってるといえば知っている。しかし知らないといえば知らない。つまりその程度だな。腐れ縁だ。なんてったってお前、俺は……」
すると、そこで男は唐突に言葉を切る。
サングラスの奥の瞳がキラリと光った――――ような気がした。いや実際のところ見えないからわかんないんだけどな。
その瞳は俺じゃなくて俺の背後。つまり如月に……もっというと彼女が傍に立てかけていた一振りの刀に注がれていた。
「……妖刀『疾風』。あんたそれ、本物か?」
如月は顔を上げる。
「……? なんだ御主、この刀の銘をよく知っておるな」
男は頷きながら立ち上がる。心なしか表情が明るくなったような気がした、
「知ってるなんてもんじゃねぇ! 精霊国家『和國』の名工が作ったという三つの刀のうちの一振り……もし本物なら恐ろしいレア度じゃねぇか!」
えっ、確かに名刀ということは聞いてたけど、そんなにすごいのか。というかなんだこの男の熱心さは。
彼は如月に近寄った。やっぱりライフルに負けず劣らずでかい。俺より10センチ以上大きいということは……180cmは普通にあるってことか。
それこそ小柄な如月と比べると、まるで大人と子供のようだ。
「おい嬢ちゃん、ちょっとよく見せてくんないかいそれ。本物なら、鑑定書かなんかないのか?
それと……ああ、あれだ。柄尻に燕が掘り込まれてるはずだろう。そいつを「断る。」
男の言葉を、ピシャッと上からはねつける如月。あまりに突然のことだったので、男は面食らった顔をした。
「うん?」
「断ると言っとるんだ。悪いな、どこぞの馬の骨に簡単に人に貸せる代物ではない」
如月は続けた。立ち上がると、愛刀を腰に差し直す。
男はしばらく固まっていたが、やがて大きく息を吐くと、ついで声を上げて笑い始めた。煙草が床に落ちる。
「あっはっは、そりゃあそうだろうよ。悪かった。東方の剣士にとっちゃ命みたいなもんだろうからなぁ!
……しかし諦めきれねえな。おい、駄目元で聞いてみるが、八千万ツーサまで出すぜ。それ、売らねえか」
床に落ちたタバコを拾う。そのまま灰皿に放り捨てると、吸い殻の山が崩れた。
如月は無言だった。それは肯定ではない。迷っているわけでもなく、否定しているのだ。答えるまでもないと言ったところだろうな。
とはいえ先ほどの挙動から大方予想できてたのだろう。男は今度は驚くこともなく、合点がいったというように何度か頷いた。
「そうだろうよ。俺だって売らねえさ。それにあんたのその目……間違いなく刀が本物だって証明していやがる」
「ふん……」
如月はやっぱり無言だった。ただ、俺と同じようにただならぬ気配を男から感じ取ったのだろうか。
それは、刀に対する男の反応だけではなく―――もっと種々の、居住まい、雰囲気、そういう面全て合わせてだ。
そうそう、聞きたいことがあったんだった。俺は再びさっきの質問をぶつけた。「なあ、ソラさんを知ってるのか?」
男はちょうど椅子に座り直し、またもや煙草を取り出したところであった。
「ああそうそう、話の途中だったな。そりゃあお前、何を隠そう俺は……」
『あのー。ちょっとすみません』
と、そこで、
この建物の支配人? 責任者? らしきスーツの男性が話に割り込んできた。
『駐生物場に停めている黒の大きな豚はお客様のでしょうか……? 首輪と手綱に『ヤマハリ』とネームがされてるのですが』
「ん? ああ、ヤマハリは俺の豚だが。車代わりだ」
スーツの男性は申し訳なさそうに、しかしちょっと困ったような表情をした。
『お客様、僭越ながら移動用生物の躾はきちんとしていただかないと困ります。
今あの豚がどこから嗅ぎつけたのか、駐生物場を抜け出して厨房裏の残飯を漁っておりまして……従業員で連れ戻そうとしているのですが、あの巨体ゆえ……手がつけられません』
「な、なにぃ!?」
慌てて男は立ち上がった。また口から煙草が床に落ちる。
「あ、あのクソデブついさっきありったけの餌をやったばかりじゃねぇかっ!! ったく鈍いくせに食い意地ばっかりはりやがって!!
おい、勘定!! 勘定だ!! ほれ、釣りはいらねーよ!!」
ライフル銃を背負うと、ドタドタと足音を鳴らしながら走り去ろうとする男。
おい俺の話がまだ途中なんだが。……と言おうとしたのだが、それよりも早く如月がそのあたふたとした背中に自分の名前を名乗った。
男が聞いているかもわからないのに、如月は続ける。その声はいつもより真剣で、そしてどこか警戒に満ちていた。
「御主、名前は?」
ピタリと足を止める。
名を問われても男は無言だった。
もう一度煙草を取り出して、緩慢な動作で口にくわえる。たまたま湿っていたのか、なかなか火がつかない。
「なんだい侍の嬢ちゃん……俺に気でもあるのかい」
それから振り向いて答える。
こちらも今までとは異なる、低い声だった。
「冗談だよ冗談。名乗るほどのものじゃねえさ。……ただ、そうだな…………」
そこで彼は少し……本当に少しだが、思案するそぶりを見せた。
『なんと言おうか迷っている』のではなく、『言っていいものか迷っている』ような表情。
だがバリバリと頭を掻くと、「まあいいか。お前らは流浪みたいだしな」と小さく独り言のように呟く。
「『主』―――――――――――――」
男は言った。
「―――――――――――――『喫煙所の主』なんて呼ばれてる」
まあ、覚えなくていいぜ。つーかむしろ忘れてくれ。
男は……主はわずかに口角を上げながらそう言うと、急かされながら店を後にした。
残された俺は「………」ちょっとぽかんとしていた。慌ただしいまるで嵐のような男だったな。
「……なんなんだ一体? 変な奴だなぁ」
しかし、
「…………」
疑問符を頭に掲げまくる俺とは対照的に、如月は無言だった。
やがてポツリと呟く。
「………るな」
「え? なんだって」
如月はもう見えなくなったが、確かにその男の背中を見つめていた。
「相当できるな、あの男」
「立ち振る舞いや動作に、全く隙がなかった――――――――――恐ろしいほどの使い手だぞ」
読んでくださってありがとうございましたー