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その20 狙撃手の弱点

「ソラさん。ねえ、ソラさんってば」


 俺はもう何度めだろうか―――――気難しい顔のソラさんの名前を呼んだ。


「………」


 ソラさんは無言だった。仏頂面で黙っている。

 ようやっと口を開いたかと思ったら、やっぱりいうことは同じだった。


「……別の国に行きましょう」


 俺たちは外壁に寄りかかっていた。見渡す限り荒野が広がっている。右手の方にはそれと異なり、舗装された駐車場に繋がる道が見えた。

 驚くなかれあれから一度U版ゲートを出て、ここまで戻ってきたのである。車は駐車場の中だ。

 日が陰っておりいい塩梅の気温になっているのが幸いだった。これで猛暑日だったら目も当てられない。


「車取ってきてください。さあ早く」


 ソラさんは俺に言った。

 いやいやいやいや……。俺はハオルチア大陸全土の地図を見た。


「つ、次の国って……ええと、あ、ここか。かなり時間かかりますよ。魔導が足りませんって」


 魔導だけではない。そもそも必要品を要所要所入手しつつ行く俺たちの旅路は、こうやって途中で立ち寄った国で補給は必要不可欠である。

 魔導に関しては今はまだ前の国での――――――すなわちソラさんがゼルフィを脅して(こう書くとあまり聞こえがよくないな)獲得した分が残っているためそこまで切羽詰まっていないが、

 しかしそれでもこの国で補給しといて悪いことはない。そもそもせっかくこうやって入口まで来たんだからさぁ。


 ……と、いうことをソラさんに言ってみる。

 やっぱり彼女は頑として首を縦に振らなかった。


「いやです」


「そんな……お願いしますよ」


「お断りします」


「でもさっきの様子だと……ほんのちょっとで終わるみたいですし」


「ほんのちょっとでもお断りします」


「んもー。ダメだこりゃ。強情だなあ」


 俺はため息をついた。

 こりゃ困った。テコでも動きそうにない。というかこんなに頑固とは思わなかった。

 いや、頑固で信念が通っているからこそ凄腕の殺し屋でいられるのかもしれない。

 すると、さらに凄腕の殺し屋は続けた。


「だいたい、おかしいでしょうあんなの。

 ゼータポリスってのは機械が発達した国。高度な文明を持ってるんでしょう? なのになんでったってあんな原始的なこと……」


 忌々しげに呟く。

 まあ彼女の気持ちもわからないわけじゃないけどなぁ。しかしそれにしたって……

 そこまで考えた時だ。足音。そちらの方を見ると如月が歩いてくるところであった。


「よお。どうだった?」


「うむ。役人に…ああ、ロボットだったがな。

 ともかく聞いてきたがやっぱり伝染病の検問は避けられんそうだ。そりゃそうだ。私たちは特に旅人……外来の人間はどんな病気を持ってるかわからんからな」


 発現していないだけで、病原菌を保有していることは多々ありえるだろう。

 なるほど特別扱いはされないらしい。まあそうだよなあ、特に俺たちが要人やなんかならともかく、ただの一般人だし。


「そっちはどうだ?」


 如月は俺に聞いてきた。『そっち』とはいうまでもなくソラさんのことである。

 俺は首を横に振る。如月は腰に手を当て、感慨深そうに数回頷いた。それから言う。


「……ふうん。そんなに嫌いなのか。しかしな、ある意味ソラ(あいつ)も人間だな。誰しも一人くらい苦手なものがあるというが……御主知っておったか?」


「いいや。考えてみろよ。まさか思わないよなぁ。凄腕の殺し屋、『銀色のスナイパー』の苦手なものが――――」
















  ―――――――――――――『注射』だなんて
















 伝染病の検査には二通りの方法を用いる。採血と、抗体の注入だ。

 その両方――――――当たり前だが注射器を用いるわけで。

 その尖った針の先端を見た途端、ソラさんの表情が変わったのだった。


***


 依然として押し問答は続いていた。

 やっぱりソラさんは折れない。今度は如月も加わって、二人掛かりで説得しようとする。

 自分の長い銀髪を弄っていたソラさんは、その手を離しやがて言った。


「別に、注射が怖いわけじゃあないですよ怖いわけじゃ。ええ。断じてそんなことありませんとも。

 いいですか、機械の国なんで行く必要はないでしょうと言ってるんです。

 気が変わったんです。それだけですよ。間違っても怖いなんてことありませんからね」


「う、うそだぁ。だってさっきのソラさんの顔色どう考えても……」


「しっ! 馬鹿……! そ、そうだよなソラ。別に注射が怖いわけじゃないよな子供じゃあるまいし。

 しかしな、考えてみろ、ちょこっと針を突き刺すだけだろう。それも短時間。別にどうってことないぞ。なあ? 運転手」


「お、おう。そうだな。そうですよソラさん。最初にちょっとチクっとするだけですって」


「でも、あんなに鋭くて硬い針を刺すんでしょう」


「先の方だけですよ」


「先の方だけでも、刺すんでしょう」


「まあ、そうですけど……」


「私のこの腕に穴を開けて」


「腕に……。そりゃそうですね。抗体を入れるわけですから」


「でしょう? つまり皮膚を突き破るわけです。そして中の肉を切り裂きながら針が侵入する」


「肉を……ま、まあそうだなぁ」


「採血するなら、血管だって傷つけますよね?」


「そりゃあ……血管に穴を開けないと血は取れませんからね

 ……あれ、なんかそう言われると俺も怖くなってきたぞ………」


「でしょう?」


 そのやりとりを黙って見ていた如月は、イライラと頭を掻く。

 濡羽色ぬればいろの髪の毛先がパラパラと揺れた。

 どけどけ! 交代! あ、はいすいません。如月は俺を押しのけた。


「だ…! だいたい、おいソラ! ええいうじうじしよって! 情けないと思わんのか! 

 そもそも、御主いくつになる。いい歳して! つーかなんでたっていくつも死線をくぐり抜けてきたスナイパーが、たかだが注射の一つや二つに怖がっとるんだ」


「年齢は関係ないでしょ年齢は! 人をおばさんみたいに言わないでください! スナイパーだろうとなんだろうと嫌なものは嫌なんですっっ」


 ソラさんはそれからプイッとそっぽを向いた。これはいけない。こうなったらもうテコでも動きそうにない雰囲気が全身から察せられる。

 さて困ったことになったぞ。かといって説得しようにもこれじゃあきりがないしなあ。そんなことを考えていると、如月がさらに言った。


「道理に合わんと言っとるんだ道理に! あーもうこれでは日が暮れてしまう。こうなったら私たち二人だけ先に行ってしまおう! おい運転手! 行くぞ」


「えっ……いやそれは、お、おいちょっと引っ張るなって! ソラさん! ソラさんあの」


「ええ! どうぞ!!」


 ソラさんは言った。えっマジで?


「私ここで待ってますから――――――――――」


***


 抗体の注射と採血は簡単に終わった。そらみろなんのことはない。ほんのちょっとちくっとするだけだ。

 それから俺たちはU版ゲートをくぐる――――はずだったが、


「なあ如月、やっぱり戻ろうぜ。なんつーか……ソラさんがかわいそうじゃないか。それか、さっさと買うもんだけ買って……」


「まあそういうな。荒治療だ」


 治療……? 俺は首をかしげた。後ろに並んでる連中の邪魔になるな。

 脇に避ける。大柄な男が通り過ぎていった。この人も旅人だろうか。

 

 如月は続ける。


「自分に当てはめて考えてもみろ。御主だって虫の国で最後には泣きじゃくりながらクモを食べただろう? 

 私だって、お茶漬けも漬物、納豆も味噌汁も断っとるんだ。正直恋しくて死にそうだがな……」


 切羽詰まった、やらざるをえん状況になればやるさ――――――彼女は言う。

 なるほどそんなもんだろうか。しかし確かに一理あるかもしれない。

 俺だって最初は虫なんてとても食えない、こんなもの食うなら死ぬ―――なんて思っていたが、腹が減ってどうしようもなくなったら食ったし、

 如月だって和食が食えないなら食えないで我慢してるし……そうそう、結局どこにも売ってなかったんだぜ梅干しとお茶漬け。


「それに、考えてみろ。注射が怖いはまずかろう。そもそも、国に入る際に病気の検査などこれから山ほどあるぞ」


「……そ、それもそうだな」


 うーむぐうの音も出ない。確かに旅をする上で致命的だよなぁ。そう考えるとここで直しといたほうが後々いいんじゃなかろうか。

 というか今までどうしてたんだろうソラさんは。もしかして注射を避けながら旅をしてたのだろうか。めっちゃ大変じゃねそれ……つーか病気したらどうすんの。


 というわけで俺は心を鬼にすることにした。すいませんソラさん、許して下さいあなたのためなんです。

 如月がきちんと俺たちが持ってる端末のほうに連絡するように伝えているらしい、先ほど受付からもらってきた地図も渡してあるから大丈夫だろう。



 ――――――ヨウコソ、ゼータポリスへ



 アナウンスが響く。

 ゲートを抜けると、一気に視界が広がった。

読んでくださった方ありがとうございましたー

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