その16 狙撃手と『襲撃』と
俺はクローゼットの中でぼんやりと考え事をしていた。え? なんでクローゼットの中にって? 後で話すよ!
無論ついこの間のことだ。十中八九成功するであろう『仕事』の失敗。ソラさん曰く狙撃の際に、ターゲットと目があったらしい。
俺がもしスナイパーだったらためらわず撃ったね。だっていくら気付かれてようと殺してしまえばそこで終わりだろう。
だが、そういうわけにもいかないらしい。まあソラさんの方が俺より頭もいいし懸命だし、間違っちゃいないんだろう。多分。
そんなわけで俺は某ホテルの一室にいた。驚くなかれめちゃめちゃボロい部屋だ。
他に泊まってる人がいるんだろうかって言うくらいボロい。無論、最初に泊まっていたホテルとは別である。
全てはあの後、ソラさんが言い出したことであった。そして、彼女曰く……
「…そろそろ来る頃か。うわあ、めちゃめちゃ緊張す」
る。
俺がまさしく最後の言葉をつぶやいた瞬間。
――――――――――ガシャーン!!
き、
来た!!!!!!!
ほんとに来やがった!!
俺は拳を固めた。予定通りだ! ソラさんのおかげだけどな。
***
その某ホテルの別の部屋。
やあみんな、私だ。如月 止水だ。地の文のでこうして一人称となるのは初めてだな。いつもはあの運転手視線で物語が進むが、まあたまにはこういうのもいいだろう。
……いいよな? 私で大丈夫だよな? ……これでこの小説の人気が下がったらちょっと凹むな。
まあそんなことはどうでもいい。
私はあの運転手の隣の部屋にいた。元々はもう少しいい宿のもう少しいい部屋を取っていたのだが、他ならぬソラが移動することを提案したため仕方がない。
それはともかくとして、
時刻は2時を回ったところだ。真夜中であったが、私は布団に入っていなかった。
無論寝巻きにも着替えていないし、そもそも寝る準備だって行っていなかった。これから「一波乱」あるからである。
――――――――「襲撃」
考えてみれば当たり前のことかもしれない。狙撃をしくじったわけだ。
依頼者側――――すなわちゼルフィ達からしてみれば、非合法な手段で敵対派閥を殺そうとした証拠となる我々は、真っ先に殺したいに決まっているだろう。
んで口封じして、まあ有耶無耶にして全てをなかったことにするんだろうな。
あるいは、自分らを今度は「被害者」として仕立てるか。全くどの口が言うんだ。
「そろそろ…来る頃だな。なあ、」
云いながら私は自分の刀…妖刀「疾風」の柄に手をかける。
「―――――――侵入者ども。」
「予感」というものはこういう場合、ほとんど的中するもので。
果たしてそれがどういった理由によるものなのか当人である私も知る由もないが、
―――――ほとんど無意識的に放った一発の居合い抜きが、窓を打ち破った侵入者の胴を両断した。
悲鳴をあげる間も無く崩れ去る人影。
私が刀を納めるとそこには、一人二人…三人か。武装して顔を隠した連中の姿があった。
…以外と多いんだな。ソラが云うには事を秘密裏に処理するために、最低限の人員で動いてくるだろうとの事であったが…。
それとも、これでも少ない方なのだろうか。
武器は銃。魔導などを動力としない、旧式な代物だ。ああいう種類はなんといったか…ああそう、機関銃か。
「……試してみるか。」
云いながら腰を落とす。
利き手の親指で鍔を押し上げると、連中はほとんど同時に引き金に手をかけた。
「私の刀とお前らの銃……どちらが『疾い』か。」
『くっ!』
『怯むな!! たかが剣だ!! 撃て――――――』
――――――――――――〝 〟
三閃。
『最初に刀を引き抜いた』のを捉えた人間は、おそらくこの中にいない。
白光と共に鞘から放たれた三匹の斬撃の燕は、またたく間に連中を切り裂いた。
「―――――――飛燕流『瞬閃』」
悲鳴が上がった時にはもう、私は刀を鞘に収めていた。
全く、
たかだが三人の傭兵と三つの機関銃で私を殺せると思うとは。
残心。
息吹。
――――――――舐められたものだ。
ゆっくりと息を吐きながら、やがて完全に納刀する。
パチリと音が響くと、その瞬間のことだ。右後方から轟音。
私は思わず肩を竦めた。慌てて振り返る。しまった、まだ新手がいたのか―――――――!
***
「ちょっと待てえええええ!!! 俺だよ俺!?」
「あ、ああ!!? ……なんだ運転手か。ふむ、無事そうだな」
「運転手じゃねぇつってんだろ! つーか今お前俺を斬ろうとしたな!」
俺は両手を挙げて如月に言う。断じてビビってるわけじゃないぞ断じて。
如月は刀にかけていた手を離した。こいつ完全に俺に斬りかかるつもりだったな。
まあそもそも壁をぶち破って如月の部屋に入ったわけだし…無理もないかもしれないが、しかしこいつの戦う時の目つきはどうにも苦手だ。かみそりみたいに鋭いんだから。
「襲撃者は? 全員倒したか?」
如月が俺に尋ねる。
「おう。部屋中に罠を張り巡らしててよ。面白いくらいきれいに引っかかりやがった。
あいつらまさか俺たちが「事前に襲撃を警戒していた」なんて思わなかったんだろうな。」
俺はぶっちゃけ如月のように個人としての戦闘能力は高くない。力に関しては最強だがね。
脳まで筋肉みたいな男だなんて言われないように少々小細工をかましてやったのさ。
足元をすくうように貼った大量の紐。
隙間に挟んでおり、扉を開けた瞬間上から降りかかる小麦粉。
仕上げはベットの中に布を置いて作った俺のダミー。
…全部小学生レベルだがまあそこは勘弁してくれ。
一瞬でも気を引ければよかったんだ。後はクローゼットから飛び出て後ろからボコボコにしてやったぜ。
ハオルチア大陸一の剛腕でぶん殴るんだから、まあひとたまりもないだろう。全員いとも簡単に気絶しやがった。
その時だ。俺のジャケットの胸ポケットが震える。
ここまで全くいいタイミング。待ってましたとばかりに俺は携帯電話を取った。少量の魔導で動く、一番安くて古い型のだ。
「もしもし、ソラさん? 全部うまくいきましたよ。ええ、ええはい。バッチリです。
分かってますよ。大丈夫です。こっちの心配は要りません。はい、…はい分かりました。ではまた……。」
ピッ
携帯を切る。よし第二弾だ。俺は如月に声をかけた。
あいつは窓を見ている。俺もつられてそちらを見ると、彼女は呟いた。
「……『襲撃』と『追撃』か。殺し屋を殺す常套手段……。なるほどな、敵も一筋縄ではいかんと」
「いこうぜ! 『襲撃』の方は捌いたぞ。」
さあて、
次は『追撃』。いわゆる『殺し損ねた』場合の保険だろう。
黒塗りの車が何台もこちらに向かってくるのが見える。俺たちは素早く宿を出た。
***
――――――――――同時刻。
帝政都市『ニグラ』。中央議会・執務室。
議会主席アッテン。本名アッテンボーギ・ペルネンイス。
確かな政治的手腕によって下部の議員からたたき上げで最高権力まで成り上がったこの四十代後半の男性は、革張りの椅子に腰掛ける。
そのまま対面に座る人物を見た。
「結構。さすがは魔導師だ。よく私の命を守ってくれた。報酬は例の口座に、おそらくもう部下が振り込んでいるはずだ」
「ええ。お願いします。それと、例によって私が関与したことは伏せておいてください。まあ、言ったところでどうにもならんでしょうが。ではこれで……」
携帯端末を操作し、入金を確認する。すると彼女は立ち上がった。
傍に置いていた一振りの剣を掴むと、さっさと言ってしまおうとする。
「ニコル君」
アッテンは魔導師の名を呼んだ。『ニコル』と呼ばれた魔導師はドアノブを回しかけていた手を止める。
ほんのわずかであるが、そこには煩わしそうな雰囲気は見て取れる。まあまあそういうな。アッテンは宥めるように笑った。
「どうだ。「ゼータポリス」へ行くのなんてやめて、そのままこの国にとどまらんかね。そして私の元で働いてみないか。
無論タダでとは言わない。いや、逆だ。望むだけの報酬と見返りを渡そうじゃないか」
ニコルは振り返った。空調の風が黄金の髪を揺らしている。
同じように金色の双眸が一国の最高権力者を見ると、彼は葉巻を口にくわえた。そばの黒服が慣れた手つきで火を灯すと、部屋に独特の臭いが充満する。
「どうだね。永住の手続きなら今からでもすぐに行おうじゃないか。君のその戦闘力、そして何よりも君の『相棒』……このまま手放すのは惜しい。
世の中物騒なものでね。ちょうど今も、私の周りを嗅ぎ回っている連中はたくさんいるんだ。君がいれば、そいつらを一気に牽制できる。どうだ、私と―――――「お断りします」
「……私の相棒……ええ、『彼』とでもしときましょうか。『彼』を手なずけるのは、あなたじゃ無理ですよ。私にしか懐きませんし、私の命令しか聞かない。
それでもやろうものなら、この国自体壊滅するのがオチです。まあ、三日持てばいい方でしょうね」
にべもない言い方だった。最初から聞く気などなかったし、最初から否定する気しかないような言動。
その一言だけで、この魔導師はもう一切誰に従うこともしないように思える―――――それこそ、巨万の富を約束しても、そのほかにあらゆることを叶えたとしてもだ。
だからアッテンはそれ以上言及しなかった。同時に恐ろしくもある。魔導師曰く『相棒』――――魔導師曰く『彼』。
その存在を知っているからこそ、言葉が嘘ではないと容易に理解できるのだ。
ゆえに、ぴしゃりと撥ね付けられた言葉に、ただ「そうか」―――と一言。
「あ、そうだ」
すると、今度は魔導師の方から口を開いた。
「『銀色のスナイパー』とそのお仲間はどうなってるんです?」
これは別段深い意味はない。ニコルの仕事は『狙撃当日にアッテンを護衛する』ということだけである。
別段迎撃したり、逆に殺し返したりするということは必要なかった。ただ最高権力を『守る』こと。それだけである。
銀のスナイパー。
噂では殺し屋家業を営む凄腕の狙撃手。目の前のこの男を殺そうとした人物だ。今日1日限りにおいて、自分の敵というわけである。
まあそれももうこの瞬間に終わるが―――――アッテンは口角を上げた。
「仲間の方には、うちの軍の精鋭を生かしてある。先隊と後隊に分けてな。銀のスナイパーの方は……」
アッテンはそこでわずかに黙った。さて言うべきか言わぬべきか思案する顔だ。
だが、目の前のこの魔導師に言ったところでどうということはないだろう。そもそももう赤の他人で、今後会うこともない。アッテンは続ける。
「うちの外交大臣の部下――――――――ゼルフィが会っている頃だ。ふん……あいつの悪い癖だよ。『止めは自分で刺す』と言って聞かんのだ。
だがまあ、スナイパーも一人ではどうしようもあるまい。死ぬのも時間の問題だ」
「へぇー。嵌められたってことですか。それはそれは、かわいそうに。んで、アッテンさん、あなたもまたゼルフィ氏の思惑を知っていたから、私を雇ったと」
アッテンは黙って頷く。それからニヤリと笑った。
「黙って殺されるほど、私もお人好しじゃない」
なるほど『そういうこと』か。ゼルフィが二重に罠を貼り、そのうちの一つを自分が中途半端に破壊したらしい。
少々気になるとすればなぜこの最高権力が、ゼルフィの『策』に勘付いたのかということだが――――裏にまで手を回せば可能なのだろう。蜘蛛の巣のような情報網を持っていると聞くし、逆にそれくらい行えないと議会主席になどなれまい。
ニコルはつられて小さく笑い返した。
それから再び踵を返す。扉を開け、今度こそアッテンの前から姿を消した。
「……また会えなかったわね」
長い廊下を歩きながら、ニコルは呟く。
「一体どこにいることやら……しかし、ニグラにいないとなると後は………」
――――――『ゼータポリス』
「……しかないわね。ふん……面倒な」
階段を降りる。裏口から外に出ると、もう夜も更けていた。
どこか遠くでは雑踏の喧騒が聞こえている。月明かりが遠慮がちに周囲を照らしており、星も煌びやかに瞬いていた。いい夜だ。
ニコルはある男の顔を思い浮かべた。
宿敵だ。向こうはどう思っているのか知らないが、少なくとも自分は忘れたことのない顔。
「見つけ出して、必ず殺してやるわよ――――――――『主』」
片手を上げる。
人差し指にはめたエメラルドの指輪が光り輝き、暴風―――――――次の瞬間、一陣の風とともに魔導師の姿が掻き消えた。
読んでくださった方ありがとうございましたー!