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その15 要人狙撃

「だから! 俺は運転手じゃないって言ってるだろっ! ったく……」


 側近に止められる手を払いながら、俺はソラさんと如月に続いた。まあ無理もない。

 前を歩く2人ーーソラさんは言うまでもなく有名な殺し屋、んで如月は帯刀してて身のこなしや目つきに一切隙がない。誰が見てもボディーガードって分かる。

 んで俺。中肉中背、容姿、ちょうど平均、GパンのTシャツ、その上に安物の上着、すなわち服装普通。以上だ!

 そりゃ運転手に間違えられるよな。これで武器の一つや二つでも持ってりゃいいんだろうが。

 いや、一応あるにはあるが、今はペンダントの大きさにしてある。


 がちゃり、と扉が開いた。


「どうぞ。あ、失礼運転手の方は……」


「だから違うって! ったくどいつもこいつも」


 そうそう、言い忘れたがここは帝政都市「ニグラ」の某ホテルの廊下だ。あれから俺たちはソラさんの案内で車を動かした。久々の「依頼」というわけだ。

 んで案内されたのがここ。黒服の男が扉を開けると、俺たちは部屋へと入った。どうでもいいけどすげー広いな。明らかに俺たちじゃ泊まれそうにない部屋。


「へぇー……こりゃ驚いたな。金で動く凄腕の狙撃手……「銀色のスナイパー」って女だったのか」


 正面の革張りのソファにどっかりと座っている人物。

 年齢二十八〜三十くらいであろうか。たくさんの金髪が印象的な紺碧の女性である。


 勧められると、ソラさんは対面のソファに腰を下ろす。俺もちゃっかりその隣に座った。如月は……そっか、ボディーガードだから立っとくかのか。

 ソラさんは一度メガネを中指で押し上げた。最近わかったんだけど、重要な話をするときの彼女の癖っぽい。

 それから、殺し屋としての冷徹な瞳を依頼者に向けていた。自分の相棒ながらゾクゾクするぜ。この目のソラさんに睨まれたら俺は漏らすね。


「―――――――――――ご依頼は」


***


 喫茶店の隅の席で、俺たちは目立たないように固まって座っていた。俺はいつものようにコーヒーを啜りながら先ほどの会話を反芻していた。書類などは一切ない。俺たちの痕跡を残さないためだ。

 ソラさんは今まさにどぎつい色のクリームソーダを食べようとしている瞬間であった。アイスをすくったスプーンが口に運ばれる。


「……帝政都市ニグラ。その名の通り、中央に位置した帝国議会によって運営が行われている国……でしたよね? 帝国議会は各部門の要人から成り、そのトップを「議会主席」という。絶大な権限が与えられているとか……」


「さっきの女は…そこの外交大臣の娘か。実質No.2の子息。んで依頼が「これ」ねえ……。なんというか、世知辛い世の中だな」


 如月はほうじ茶を口に含んだ。俺も同意見だ。

 ソラさんを見る。俺の視線を受けて、彼女は口からストローを離した。


「派閥争いなんてものは、(わたし)(たち)にとって願ったりです。引きうけたからにはやるだけですよ」


 なるほどそんなものかな。しかし俺はなんとも釈然としなかった。

 そりゃあそうだろう。ソラさんが「デカい仕事」といったのがようやくわかった気がする。


 ────────────国の最高権力の殺害。


 すなわち、議会主席を殺す。それが俺たちがたった今任された「依頼」の内容だった。


***


「今あいつが死ねば、トップの座は私達に回ってくる。「今」死ぬ。そこが重要だ。

 帝政議会はな、トップ……つまり主席急死の場合、臨時としてその時の外交大臣か経済大臣が主席代行となる。どっちになるかは投票で決まるんだがな」


 あれから4日が過ぎた。

 俺たちは廃ビルのサビにまみれた階段を上がっていた。

 かつかつという音が響く中、あの紺碧金髪の女……ゼルフィの言葉を思い出す。


「だがな、事実上この規定はザルだ。「代行」とか言ってるが一度なっちまえばもうこっちのもんさ。そして……

 今私たちと対立してる議会派閥……すなわち経済大臣一派が隣国に席を外してる。3週間後に帰ってくるらしんだがな。それまでに、主席を殺してもらいたい」


 …とのこと。反対する派閥がいない隙に、「主席が死んだ場合臨時として」云々の規定を使っちまおうってわけらしい。

 なるほどな。そりゃいいや。そもそも投票するまでもなく、ゼルフィ一派がトップになり上がれるんだからよ。


 俺たちは屋上を陣取った。

 西の風が吹いていて寒い。ここから約1.8km先、いやに物々しい建物が「帝政議会」だ。

 本日の20時。定例会を終えたターゲット……アッテンという名の議会主席が出てくるはずだ。現在19時55分。初老くらいの男性で……ここに写真がある。


 ソラさんは入念にスナイパーライフルをチェックしていた。今初めて気づいたが、彼女の愛用のライフルはゲームやなんかでよく出てくる連射できるセミオートのタイプじゃない。こういうのはなんといったかな……


「……ボルトアクション。遊底を手動で動かさないといけない狙撃銃のことです。

 セミオートの方が多く流通しているんですけどね。でも、一発一発装填に時間がかかり複数打てない代わりに、威力があって精度が高い。私にはこっちの方があってるみたいです」


 らしいです。さすがソラさん。こっちの考えていることは丸わかりですか。俺がよっぽど興味深そうにライフルを見ていたからかもしれない。

 スコープを覗く彼女。いよいよか! 俺はあらかじめ渡されていた双眼鏡を覗いた。如月も渡されていたのだが。彼女は使おうとはしない。


 俺も一緒に双眼鏡を覗く。一気に拡大される視界。ピントを調節すると、やがてやたらとデカい扉が開かれるのが見えた。


「………あいつか」


 と如月。お前裸眼で見えるのかよ!? 


「来ましたよソラさん! 黒服達のちょうど真ん中……!! 右から三番m」


「しーっ! ごめんなさい、ちょっと黙ってて」


 おっとっと、俺は口をつぐんだ。そうか、どうせソラさんもターゲットの顔はわかってるか。

 俺はソラさんを見た。左目でスコープを覗いている。見開かれたその銀糸の双眸は、これ以上ないくらい真剣だった。

 引き金に人差し指がかかる。


「……この風がやんだら撃ちます。……もう少し距離がある………」


 ゴクリ、と喉がなるのが聞こえる。ただ見ているだけなのにこっちまで緊張してきた。

 一度強い風が吹いた。ソラさんの銀髪を柔らかく揺らす。俺の「神剣」のペンダントがカチカチと揺れた。

 ソラさんは煩わしそうに髪をかきあげた。もう一度西から風が吹く。カチカチカチ……ペンダントが揺れてボタンと当たる音。


 カチカチカチ、


 カチカチ………―――――――――――


 カチ……










 ―――――――――――止んだ









「……っ」


 俺はいつのまにか息を止めていた。濃密に張り詰めた空気。

 静寂がしばらくその場を包んでいた。……静寂?


「……ソラ?」


 最初に声をかけたのは如月だった。

 それを皮切りに俺もソラさんを見る。

 ソラさんは一度大きく息を吐くと、イラついたように乱雑に髪を払いながらスコープから目を離した。

 ボルトが倒れたままだ。薬莢も排出されておらす、最初の一発……最初にして最後になるであろう狙撃用の弾丸が、まだ発射されてないことを意味している。


「ソラさん……?」


「………」


 ソラさんはライフルのスコープを取り外した。手早く銃身を解体し、たたむ。


「狙撃は中止です。一度撤退しましょう」


「なんでですか? えっ、まさか何か……あっ! 弾が出なかったとか?」


「いいえ。引き金を引けば弾も出ましたし、ゼロイン調整も完璧でした。

 風量風向その他、重力の落下も加味し終えていましたし……後は撃つだけだったのですが……」


 ケースに入れる。

 ソラさんはそれを肩に担ぐと、もう一度ターゲットがいたであろう方向を見た。


「……「目が合った」んですよ」


「……え?」


「スコープ越しに、ターゲットと―――――――――――」


「―――――――――――バレてます。私たちの存在、そしてこの場所が」

読んでくださった方ありがとうございましたー!


9/9 プロローグを少しだけ改定 主人公の目的を明確にしました。

   本当に些細な変更ですが一応……

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