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その28 大作家の遺言8

「こ、このへんにアイリスがいるはずだ」


 一方その頃、「神眼」を持つ男ことエクスは、ようやくアイリス・アイゼンバーンとドラセナ・アイスプラントが戦っていた路地裏に到着した。

 ちょうど「ファンタジア大賞」発表の十分前のことである。

 本来ならもっと早く打擲する予定であった。大幅に予定が狂ったのは、ひとえに「賢者」のせいであると言える。

 エクスが幻想の国に到着した二体の賢者のうち、ゼダム・モンストローサという召喚士と遭遇したのは、少し前のことだ。

 詳細は前話に委ねるが、エクス(と如月)は殺されかかった。そこをセーラに助けられ、そうして命からがらこの路地裏までやってきたのである。

 余談だが、この少し前、セーラの体内の「歌姫」が歌い出している。当然ながらこのことはエクスは知らない。


 アイリスとドラセナが剣を交えたと一目で分かるほどに、路地裏は変わっていた。自警団から避難指示が出ていなければ、何人もの人々が巻き込まれて死亡していたであろう。

 ある場所は赤黒い炎がくすぶり、ある場所は分厚い氷が転がっている。ドロドロに溶けた耐火炎属性の壁が凍りつき、きらきらと輝く冷気を発しているさまは、ずっと見ていると目がおかしくなりそうである。


「す、すごいな」


 一歩歩くごとに、真夏のような位使ったり真冬のように寒かったり。まるで気温が安定しない。エクスの右頬をうっすらと冷気の残滓が撫で、左頬をぬらりとした炎熱が駆けてゆく。



「と、とにかく、早くアイリスさんを」


「その心配はご無用」


「ふぁっ!?」


 ぎょっとしてエクスは振り向く。そこにはまさしく彼が探している人物───アイリス・アイゼンバーンその人がいた。

 ただしカールした金髪はところどころほつれ、紅のドレスは傷だらけである。


「生きていたんですか」


「まあ失礼な。アイリス・アイゼンバーン、こんなところで死ぬような凡人ではありませんわよ」


「は、はあそうですか。あれ、そういえば剣はどこにやったんです?」


 真紅の剣装の裾から見えるアイリスの愛剣「フレアクイーン」は、鞘しか存在していなかった。「剣ならここに……」アイリスも言いかけて手を止める。


「あら? ……レーヴァティン」


「まさかドラセナに取られたんじゃ……うわっ!」


 エクスの背後で、ごうと恐ろしい音が響いた。反射的に肩をすくめながら振り返ると、高々と火柱が上がっている。

 空気の燃えるようなぼうぼうという音と、独特の匂いが鼻をついた。

 縦に吹き上がった炎の本流がアイリスの周囲に渦巻いた。次の瞬間には、彼女の右手に「フレアクイーン」が握られている。ルビーの波打った剣身が、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。

 もっともエクスにしてみれば、炎の余波が服の裾について引火したのだから、たまったものではないが。


「うわっ! あちちち」


「あら、ごめんあそばせ」


 アイリスは「フレアクイーン」をさっと払った。剣風がエクスの服を消火する。

 アイリスは「フレアクイーン」を鞘に収めると、改めてエクスを見た。


「さて、それで、あなた一人でいらっしゃったんですの」


「いや、ロロ隊長に言われまして、如月も一緒だったんですけど……」


 そこでエクスはこれまでのいきさつをアイリスに話した。前述の通り、セーラが「歌姫」が歌い出したことは知り得ない。

 ロロの物言いとアイリスの様子が違っていることに、エクスは違和感を覚えた。ロロが「静の剣気」でアイリスの様子を測っていたところによると、瀕死の重傷を負っているとのことである。

 目の前のアイリスは、所々ドレスに戦いの痕跡があるこそすれ、とても死にかけているようには思えない。


「あの、アイリスさん。本当に大丈夫なんですか」


「もちろん、ほら、この通り」


 アイリスは両手を広げる。当然ながらどこにも手痛い傷は見当たらない。


「しかし、裏切ったドラセナにひどくやられたんでしょう」


「ええ。そうそう、そうでした! 思い出しても腹が立ちますわ」


 エクスの言葉で、少し前を思い出したらしい。アイリスは「フレアクイーン」の柄に手をかけると、そのままこぶしをぶるぶると震わせた。


「あんな庶民に負けるなんて! 許せぬ! 屈辱ですわ!」


 「剣姫」の負けず嫌いな激情を見た───と思ったエクスであったが、しかしそれにしたって恐ろしい。

 さながら燃え上がる業火を目の前にしているかのようだ。アイリスは怒りで震えているが、エクスは恐怖で胴震いしている。


「お、落ち着いてくださいアイリスさん! ほら、殺されなかっただけでもいいと思いましょうよ」


「ええい、じゃかしいですわ! 殺されるわけないでしょうが! って、おっと、わたくしったらはしたない言葉を失礼」


 そこでアイリスは、キョトンとしてエクスを見る。「は?」


「な。なんですか」


「ちょっとお待ちなさい。エクスさん、あなた今なんと言いましたか。「殺されなかっただけいい」と」


「だってそうでしょう。ほら、そんな高そうなドレスまで傷だらけにして」


「まあ呆れた」


「え、安いんですか?」


「いやいや、そこじゃありませんわよ。そこじゃありませんけど、安物を着ているとは失敬な。金50枚でオーダーメイドしてもらったドレスですのよ」


 そうしてアイリスはやはり、呆れたというようにエクスを見た。


「参謀から……カンロ・アラニアクローバーさんから何も知らされていなんですの? よろしいですか、わたくし達は……」


***


 ソラは「幻想の国」の辺境にいた。

 より正確にいうならば、ちょうど西側の人払いが行われた商業区。その3階建ての小図書室の屋上にいる。


 ───そろそろ……。


 ファンタジア大賞の発表だなと、ソラは思った。それはつまり、この祭りの終局が近いことを意味している。

 この小図書室の屋上は、あらかじめ狙撃地点として目処を立てていたところだ。見晴らしも良く、一度の跳弾で主要な道路の全てに弾丸を届かせることができる。

 

 10分前。

 ソラがコートの内ポケットに手をやった。解体し持ち歩いていたライフルを組み立てようとしたのだ。

 ちょうどその時、下から声がかかった。ソラはホルスターの回転式拳銃「ランド」に手をかけながら、柵から身を乗り出して覗く。


「あら、セーラさん」


「よお! ソラ! そこにいるとはな」


 セーラ・レアレンシスは下からソラを眺めていた。濃橙色の剣装と赤色の帯の裾が、荒野からの乾いた風になびいている。

 背中にはオリハルコンの長剣「エリュシオン」が、銀の鞘に入れて時折かちかちと音を立てていた。

 ソラが気になったのは、セーラの髪型だ。いつもの二本のおさげではなく、全て解いて流していた。後腰ほどのまでの豊かでツヤのあるオレンジ色の長髪が、やはり風に靡いており、それを片手で押さえている。


 ───……?


 そのセーラの姿を見て、ソラはなにか妙な違和感を覚えた。

 ごく一瞬のことである。次の瞬間にはそれは、もう雲散霧消するように消えた。


「どうなすったんです。中央通りの警備をしているはずでしょう」


 ソラは言った。3階分の距離があるため、非常に声が届きにくい。大声で叫ぶ。

 セーラも叫び返した。


「そのはずだったんだけどよ! ちょっと勝手が違ったんだ。作戦は変更だ! なんてったって、お前が一人で帝国軍をみんな倒しちゃったんだから」


「あらまあ。ちょっと待ってください。そっちに行きますから」


「いや、その必要はねえよ」


「え?」


「私の方から行く」


 直後のことである。

 セーラが図書館の入口に差し掛かった時、ソラは反射的に双銃「ボルトランド」を引き抜き、()()()の態勢をとった。

 ほとんど同時に、キィンという切断音、それから鼓膜が破れんばかりの崩壊音が、重なってソラの耳に届く。ほどなくして地震のような揺れがソラを襲った。


「な、な……!」


 支えを失ったソラの体は、無数の本、羊皮紙とともに中空に投げ出された。もしも備えていなければ、崩壊しともに落ちる瓦礫に体を押し潰されていたに違いない。

 ソラは落下しながら、ほとんど無意識のうちに「ランド」の引き金を引いた。重いいわなだれのような発射音とともに飛び出した弾丸が、自由落下する瓦礫の一端を破壊する。その破片に足を乗せ、そのまま器用に通りに面した地面に着地した。


 今しがた()()()()()()()()()()()()()()セーラは、崩壊する建物とともに着地したソラを、人ごとのように眺めている。


「おや。さすが銀色のスナイパー。図書館ごと斬っちまうつもりだったんだがな」


「ちょ、ちょっとお待ちなさい! セーラさん! あなた一体……」


 そこでソラは言葉を止めた。

 セーラの鮮やかな橙色の瞳が、どす黒く濁っている。声色まで一変して、それまで隠していた凶悪な衝動をいっぺんにさらけ出した顔つきになっていた。


 ───あれは、「歌姫」だ。


 そうソラが認識するのに、長く時間はかからなかった。

 なぜだ。一週間ほど、猶予は残されているはず。事前に頭に叩き込んだ「歌姫」のあらゆる知識が、全て役に立たなかったということになる。

 動揺していたが、しかしソラはそれを表に出さなかった。化鳥のような素早さで崩落した巨大な本棚、その一部に隠れる。

 だが身を隠そうとした瞬間、()()()()()刃が振ってくる。後一歩ソラが状態を引くのが遅ければ、脳天をかち割られていた太刀筋であった。


「……っ! なるほど、「距離」を斬りましたか。そういえばオリハルコンは───」


「「概念」や「事象」も斬る。さすが、察しが良くて助かるぜ。あの和服の侍とは大違いだ」


 避けた瞬間に、ソラは「ランド」をセーラの足元向けて発砲していた。

 しかしその場にセーラはいない。さながら常軌を逸脱した反射神経。「撃つ前に」ソラの発砲がわかっているかのような挙動で、軽く地を蹴って脇に飛んでいた。

 「静の剣気」による、知覚能力の大幅な強化である。


「まさかあなた……如月さんに……!」


「ああ、如月? そういえば、そんな名前だったかな。まあいいさ。「ぬし」の首をとる。そのために、お前もあの侍と同じように、さっさと死ね」


 様々な感情が、その瞬間ソラの胸中にあふれた。戸惑いであったり、目の前のこの現実を信じたくないという逃避であったり。

 そうして如月の名前がセーラの口から、まるで見下すように飛び出す。すると今度は憎悪と怒気と、それから悲しみが一挙に襲ってきた。


 如月止水が死んだとは思わない。あの居合いの達人がそう易々と命を落とすとは思えなかった。

 そうして、セーラが如月を斬ったということも、信じたくなかった。


 ソラは俯いた。


「せ……セーラさん! あなたは! あなたは剣征会の真打ちでしょう! それを……正義の剣を……」


「ははは! 知るかぁ、そんなことは。どいつもこいつも正義正義って、じゃかしい! 今は私は、斬って、殺す、それだけだ」


「そんな……なんてことを……なんてことを……」


「「賢者」と組んだのも、そのためさ。……じゃあお前も、私の剣に、死ね」


「と、言うと思いましたか」


「え?」


 ソラは顔を上げた。

 直後、ソラとセーラの間───互いの距離がちょうど同等の場所に、真上から一発の弾丸が落下してきた。先ほどセーラの足を撃ったものである。

 のもつかの間。刹那、抜く手も見せぬ早撃ちが炸裂した。

 ソラが左手で抜いた自動拳銃「ボルト」。その先端から射出された強力な光属性の魔力エーテル弾は、今ちょうど落ちてきた「ランド」の弾丸と接触する。同時に、まばゆい光が通りに満ちた。

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