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その27 大作家の遺言7

 快晴であった。

 「幻想の国」の空は。フィンフィアは腰を下ろし、憂いを帯びた表情でその青い空を眺めている。


 ─────何度も面倒な、


 仕事であると思う。新人作家の祭典「ファンタジア祭」の賞品──────「永遠の書」第11巻。最高の作家と呼ばれるゼオン・シンビフォルミスの幻の11巻を入手してこい。

 賢者を二体も投入して行うことかと、フィンフィアは思った。そもそも「永遠の書」第11巻を入手するための理由は、この11巻が魔道書だからである。

 加えて、もう一つ重要な理由があるのだが、と、フィンフィアはその二つの理由を思い浮かべた。

 そこに書いている文字をエーテル的に詠唱することにより、強力な呪文を行使することができる。「永遠の書」第11巻は、そういう物語の程を成した魔法発動の媒体であった。


「ハオルチアを「動かす」ことができる魔法書。……「元老院」が入手したがるのも無理はない。ですが……」


 フィンフィアは対面の路地の壁をぼんやりと見つめていた。「ハオルチアを動かす」という永遠の書の魔法が、実のところどういった魔法なのか定かではない。

 言葉の通り、ある地点からある地点までものを移動させるという意味の「動かす」かもしれないし、何らかの比喩的な意味かもしれない。


 ─────しかし、いずれにせよ。


 どうでもいいことだ。

 フィンフィアのいかなる思考も、最終的には「どうでもいい」という、この5文字に集結してしまった。

 自分が行なっている元老院での任務や、11巻の魔法がどういうものなのか。いや、はては「賢者」という自分の立場さえ、どうだってよかった。

 言うなれば、全てが暇つぶしだ。


 「最高の暇つぶし」。


 ただ、それだけである。長い人生をどうでもいいと思いながら生きるのは、退屈なことだった。

 そういう理由だからこそ、フィンフィアは「歌姫」を生み出せたのかもしれなかった。おそらく錬金術師フィンフィアが尋常の人生観を持っていれば、この残虐なエーテル兵器はハオルチアに存在していない。


 ─────「歌姫」は。


 今、剣征会第一真打「剣将」セーラ・レアレンシスの肝臓に寄生している。フィンフィアはやはりどうでもいいと思いながら、しかし暇なので、歌姫のことを思った。

 そういえば、あれは解析されていた。

 注釈すると、フィンフィアのいう「解析」を行なったのは、剣征会が誇る天才参謀、カンロ・アラニアクローバーである。

 カンロが解析に成功したことは、当然ながらフィンフィアは知り得ない。そもそも自分が構築した複雑な術式を、短時間で解かれるとは思っていなかったのである。

 ここはフィンフィアの落ち度であったと言えるし、「賢者」が出し抜かれた貴重な瞬間であったと言えるだろう。

 しかし繰り返すが、フィンフィア・ジュエルコレクトは「賢者」なのである。

 

 「奥の手」を隠していた。その隠し手を、今、切ろうとしている。

 フィンフィアは傍に放っていた「哲学者の杖」を手に取った。玉の部分にエーテルの出力を制限する魔法具がくくられている。

 が、力を制限されていても、この程度の呪文なら無詠唱で十分放つことが可能だ。

 ()()()()()()()()()呪文くらいは。


***


 以上、

 今現在「幻想の国」東部の路地裏で起こったことである。

 「中央図書館」付近の、人が避難してしまった西側路地。そこにいる如月は、当然ながらこの事実を知らない。

 次の瞬間に、如月はどんと突き飛ばされたことで、セーラの異変に気付くことになった。


「うわっ!」


 「新緑の羽織」が衝撃を大きく和らげたので、如月は素早く態勢を立て直すことができた。刀に手をやりながら、驚いてセーラを見る。

 はたして、セーラは笑っていた。

 悪相である。

 おおよそ剣征会の総大将に似つかわしくない、不気味な笑み。鮮やかな橙色の目が、しかし鋭く如月を見ている。

 如月はもう一度セーラの名を呼んだ。


「どういうことだ。お主、まさか……」


「……」


「セーラ!」


「まあ、待ちな」


 セーラはぞんざいな口調で言うと、片手で如月を制した。


「なんだろうな。気分がいい」


「なに?」


「カンロが言っていたことと、全然違うじゃないか。あいつは、「歌姫」が歌い出せば、宿主は強力な女の金切り声に、常に支配される。そう言っていた」


「……」


「具合がいいぜ。こんなに気分が高揚するのは、いつ以来だろう。あ、そうだ。あの時と似てる」


 セーラは渡しかけていた正長剣クレイモア「エリュシオン」を、背中に戻した。


「初めて人を斬ったときだ」


 その直後だった。

 がんとセーラが踏み込んだかと思うと、直後、もう如月の目の前にいた。

 「神速」───真打ちが使う、高速の歩法である。のみならず、セーラの利き手は、「エリュシオン」にかかっている。


 ──────斬られる!


 如月はそう思った時にはもう、陽光を浴びてきらびやかに輝くオリハルコンの刃が眼前に迫っていた。

 一手遅れて抜き合わせると、「エリュシオン」の剣身を横殴りに叩く。そうして間一髪セーラの初撃をかわすと、体を入れ替えてセーラと向き直った。


 ────今のは、


 確実に殺すとする一撃だった。

 如月は愛刀「疾風はやて」を青眼に構えながら、うすら寒いものを覚えている。











          歌姫が、






          歌い出した。











 ─────どう言うわけだ。


 一週間早い。

 如月はカンロから言われたことを思い出した。「ファンタジア際の、一週間後、それが「歌姫」のタイムリミットとなる」。


「待て! セーラ! 落ち着け! 私だ! お主の敵は「賢者」と、帝国軍であろう! こんなところで」


「は! 冗談じゃないぜ! 目の前に食いもんがあるのに、我慢しろってか」


 私はそこまで人間ができてないぜ。セーラはそう呟くと、「エリュシオン」を構えた。

 ()()()の部分を肩に乗せ、長い剣身を首の後ろに回した型。それが剣将の必勝形である。

 呼びかけに一切応じないセーラを見て、如月は覚悟を決めた。言っても聞かぬのなら、強引に黙らせるしかない。「疾風」を握り直す。


 ─────「神速」が来る。


 如月は全神経をセーラの足に集中した。歩法は、足の送りに注釈していれば見切ることはたやすい。それは真打ちが用いる超高速といえども、同じであった。

 そこでセーラは、緩慢な動作でゆっくりと「エリュシオン」を振った。足元に向けて、円を描くような太刀筋である。当然ながら、如月には届かない。

 「……?」如月が訝しんだ瞬間、そこでふっと辺りが暗くなった。昼のひなか、雲ひとつない快晴のもと、突然辺りが暗黒に覆われたのである。

 まるでこの世から、「黒」以外の色が消えてしまったかのような、一切明るさのない漆黒であった。


「「オリハルコン」はなんでも斬ることがきる」


 その暗黒の中、セーラの声が如月の耳に届いた。声だけでなく、息遣いまで。まるで耳元で囁いているかのように如月には聞こえる。


「だから今、「幻想の国の太陽光」を斬ったのさ。ついでに……」


 そこでぱっと周囲が明るくなった。

 まるで耳元で囁いているかのように──────()()()()

 本当にセーラは、如月の耳元で囁いていた。


「私とお前の間の「距離」も斬った。「神速」には反応できても、こいつには反応できないだろう」


 そこで如月は、激痛に刀を取り落とし倒れた。

 セーラは一瞬で如月の背後に移動し───いや、セーラは「移動した」のではない。セーラと如月間の距離が消滅し、一歩も動かずに如月の背後にいたのである。


 一閃。


 如月は背に深々と刃を通されていた。セーラは「エリュシオン」を一振りすると、剣身の血を振り飛ばす。

 そうして如月を見ることもなく、背の鞘に収めた。


「前菜のもなりゃしねえよ。これじゃあ。ソラの用心棒だから、もう少し期待したんだがな」


 最後まで血に沈んだ如月を見ることなく、セーラは歩き出した。


***


 そのまま歩いていると、やがてセーラはゼダムを見つけた。

 ゼダムはやがるあぐらをかいて座っていたが、セーラの姿を見ると、ゆっくりと顔を上げた。


「セーラ・レアレンシスじゃな」


「だったらどうした」


 またしても一瞬のことだった。ゼダムの首が飛んだのは。

 二本の頸動脈から勢いよく赤い血が吹き出すのを、セーラは退屈巣に眺めている。


「なんだ」


 そこでセーラはオリハルコンの切っ先を下げた。


「「賢者」もたかが知れてやがる。もっと強いやつはいないもんかね」


「はは、合格じゃ。セーラ・レアレンシス。わしの過小召喚体とはいえ、並の術士を上回るというのに」


 その声に、セーラは振り返る。

 ゼダム・モンストローサ、当然首は切られていない────が、満足げに笑っていた。

 再びオリハルコンの斬撃が走る。だがその一撃は、ゼダムの首ギリギリで止まった。セーラがさらに力を加えたが、静止した「エリュシオン」は押すことも、引くこともできない。

 見ると、セーラの足元から鋼鉄の木のようなものが伸びていた。枝が巧みにセーラの利き手とエリュシオンの鍔元に絡みついている。刃の部分を巧みに避けていた。


「「金属蔓きんぞくかずら」というエーテル生命体じゃ。しかし、さすがは「歌姫」の宿主。喧嘩っ早いのう。フィンフィアの言うた通りじゃな」


「フィンフィア……?」


 セーラは剣を止められたまま、考える仕草をした。


「ああ、あの小娘か。「春のない国」にいた」


「そうじゃ。くっくっく、あいつも殺すか? わしにとっては、同僚だが仲間ではない。殺してくれるのなら、加勢するぞ」


 無論これは、ゼダムにとってあまり程の良くない冗談のつもりであった。だがセーラはにこりともせずに、


「殺す? とんでもない、フィンフィアには、礼を言いたい気分さ」


「礼?」


「さっさと歌い出せばよかったんだ。こんな気分になれるのなら。もう何も悩む必要はない」


「わははは。それはよかった。では……」


 そこでゼダムは両手を広げた。セーラの目にその姿は、やけに芝居がかって見えた。

 だが、術士とはそう言う生き物だ。


「セーラ・レアレンシス。ようこそ「元老院」へ」


 これまで「幻想の国」で起こったことを、全て観察していた。

 ゼダム・モンストローサは言う。アイリスが瀕死となったこと。そこへエクスが向かっていること。帝国軍がソラ一人に壊滅させられたことも。

 真打が、「喫煙所」がどこをどう守っているか。細部にわたるまで。


「わしとフィンフィアで、「全体視」の呪文を使ってな」


 そうして機は熟したのである。セーラ・レアレンシスは単身となり「幻想の国」の警備体制が壊れ始めた頃、フィンフィアは「歌姫」の進行を早めた。


「……それで」


 セーラは言う。ゼダムはさらに続けた。


「もうわかるだろう。セーラよ。わしら「賢者」と手を組めというのだ」


「はあ?」


「そう怖い顔するなよ。無論、利点はある。これは取引じゃよ。我々「元老院」は、今兵力が欲しい。「ある計画」をおこうなうためのな」


 御主の利点は、とゼダムは言ったが、そこで彼女は言葉を切った。


「その前に、一つ聞きたいことがある。セーラよ。御主は「喫煙所の主」を知っておるか? いや……今はあいつは引退済み。元「喫煙所の主」と言うべきか」


 セーラは頷いた。

 戦うものとして、知らない方がおかしい。「最強」をほしいままにしている男である。


「よろしい。前述の「ある計画」とはな、この「主」を殺すことだ。だからこそ、御主の力がいる」


「だが、「主」は今遍歴だろう。神出鬼没で、どこにいるかわからん」


 そこでセーラは言葉を切った。ゼダムの言わんとすることがわかったのだ。

 ゼダムはニヤリと笑った。


「……もうわかっただろう。「永遠の書」第11巻で、「主」を釣るのじゃ」


「なるほどな。「主」はコレクターだ。珍しいものに目がない。どんな手を使っても、手に入れようとする」


 セーラは素早く利害を計算した。術士風情と手を組むのは癪だが、「主」と戦えるのなら、それもいいかもしれない。

 「喫煙所の主」と戦う。

 人斬りに堕ちたセーラにとって、それはとても甘美に思えた。

 ゼダムと目があうと、セーラはわずかに笑う。


「乗った」


 そうして手だけで器用に「エリュシオン」を回転させる。オリハルコンの刃が、金属蔓をバターのように切り裂いた。


「ただ」


 「エリュシオン」のはばきで肩を叩きながら、セーラはゼダムに言う。


「お前らの命令は聞かないぜ。「賢者」だろうと、私に命令すれば、その時はお前らから殺す」


「はは、よかろう。というわけで……フィンフィア、全て整ったぞ!」


 ゼダムが言うと、魔法陣がぼんやりと浮かび上がる。

 フィンフィア・ジュエルコレクトはその白光から現れると、ちらとセーラを一瞥した。

 その面倒臭そうな黒の瞳は、中央図書館に向けられている。


「では」


 フィンフィアは「哲学者の杖」の、エーテル抑制器具をとった。ゼダムも習う。


「そろそろ11巻を取りに行きますか」


「ようやく終盤じゃな。祭りは終わりじゃ」


「……して、セーラさん」


 エーテルを練りながら、フィンフィアはセーラに問う。


「あなたはどうしますか。我々と一緒に、中央図書館へ向かいますか」


 セーラは考えるそぶりを見せた。……のは、一瞬のこと。

 「いいや」その鮮やかな橙色の目は、中央図書館とは反対方向に向けられている。


「本には興味がない。てめえらでやりな。私は、「主」にやる土産を持ってくる」


「土産?」


 セーラはニコリともせずに答えた。


あいつの愛弟子の首だよ」

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