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その23 大作家の遺言4

 ドラセナ・アイスプラント。

 剣征会三振り目の真打ちにして、氷属性の使い手。

 アイリス・アイゼンバーンは、この一見優男風の青年剣士が、実は途方もない天成の剣術の才能を所持していることを知っていた。

 出身はハオルチア北方「凍てつく国」。幼少よりその天稟は遺憾無く発揮され、おおよそ十二歳で王立騎士団の突撃隊長を勤めている。

 ひとたび剣を持てば、ドラセナに稽古では敵う者がいなかった。単身の戦闘のみならず乱戦も得意としており、当時の王立騎士団の精鋭十人を一人で相手取り、勝利したこともある───実に、ドラセナのこういう逸話は上げていけばきりがない。

 現に、セーラが剣征会にドラセナを勧誘する際、セーラは一度負けている。もっともドラセナは使い慣れた十字剣、セーラは量産されている長剣というハンデはあったのだが、

 それでも、今現在、例えばセーラがオリハルコンの正長剣クレイモア「エリュシオン」を使用したとしても、ドラセナに勝ち越せるか。これは、やってみなければわからない。


 生まれも、ドラセナは高貴であった。

 アイスプラント家といえば、「凍てつく国」において代々執政を務めている上級貴族である。

 もともと王立騎士団にドラセナが所属していたのも、いわゆる貴族階級の「社会勉強」という側面が強かったという。それでドラセナ自身がいざ剣を取って見ると、たたき上げの騎士たちより何手も強い。他の騎士団員のメンツは丸つぶれである。

 そういうドラセナの素性を、アイリスは知っていた。


 ───虫が好かない。


 と、アイリスは思う。それは元小国の姫、いわゆる没落貴族として辛酸を舐めた彼女からすれば、当然の思考かもしれなかった。

 ドラセナを嫌っている理由はもう一つある。いつも彼は飄々としていた。それこそ、冬至の冷たい風のようにどこか近づき難く、また実態が掴みづらい。

 真意が分かりにくいのである。剣征会の理念である「エレメンタリア中枢を守護する」ということに興味もなさそうであり、

 いや、そもそも自分が真を打っているということにも、ドラセナは頓着していないのかもしれなかった。

 アイリスにトラウマを植え付けた「帝国」出身の同僚、ドレッド・ダークスティールといつも親しげにしていることも、そういう不振に拍車をかけている。


 それで、今回のこの「裏切り」である。

 アイリスがドラセナを「首から下のみ」捕まえると宣言するのも、無理はない。


「それで」


 業火が舞い上がった。

 掠っただけで、耐熱性のある壁をドロドロに溶かす。と、思うまもなく、それは溶けかけたままかちりと氷に覆われた。


「あなたが、裏切っていたということは、ドレッドさんもでしょうか」


 下段から鋭く切り込まれたドラセナの剣を受け、アイリスは問うた。

 「フレアクイーン」と「クリスタルロータス」の接点から凍った火花が散る。より正確にいえば、小さな氷の中で火花がぱちぱちと燃えていたのだが、ドラセナもアイリスも気にもとめていなかった。

 じろりとアイリスはドラセナを睨みつけた。しかしそれでも、ドラセナはどこ吹く風である。鍔迫っているにもかかわらず、まるで散歩しているかのように穏やかな表情であった。


「アイリスさんも、抜け目ないなあ。もちろんですよ。ドレッドさんは、今は……っと、いや、これ言っちゃあだめか」


「……ほう。つまり、真打ちから二人裏切り者が。まさかこんな展開になろうとは、予想できませんでしたわ。作者は頭がおかしいんじゃないでしょうか」


 「フレアクイーン」を押し込む手に、アイリスは力を加える。呼応するように、ドラセナもまた同じだけ押し返していた。


 ───となると、


 アイリスは思考した。

 目の前のこの優男を倒して終わりではない。()()()()()とも交戦しなければならないのである。

 「剣帝」の名を冠する、あの粗暴な帝国の剣士とも。


「いや、ドレッドさんだけじゃないですよ」


 その思考がドラセナにも伝わったらしい。彼は言った。


「「賢者」も「幻想の国」に来てますから。今ここら一帯、異常な魔力量です」


 そこでつばぜり合いが解除される。押すと見せかけて、アイリスが剣を引いたのだ。

 だがドラセナはそのフェイントに釣られなかった。「静の剣気」を発動していたのである。にこにこ笑っているように見えて、実はその辺抜け目ない。

 ドラセナのそういう狡猾なところも、アイリスは嫌いだった。


 再びめまぐるしい斬り合いとなった。

 鋼鉄でも溶かしきってしまう焔属性を宿したアイリスの縦斬りを、ドラセナは横から叩いて受け流す。

 追随するようにドラセナは氷属性の波を放った。無形の、しかし形あるものを凍らせる膨大な凍結属性の波動である。

 しかしこれも成らない。突如「フレアクイーン」から熱風が吹き上がり、ドラセナの氷風を吹き流してしまったのである。明らかに人間の反射を超えた反応速度であった。


「さすが、アイリスさん。静動どちらの剣気も、隙がないですね」


「あなたに言われたくありませんわ。そろそろ、死んでくださいまし。そうでなくとも「剣帝」が控えているんですから」


 軽口を叩きながら、二人は斬り合った。がきん、がきんという音が響く。そこに物が燃えるような音と凍るような音が重なっているのが、この戦いの異様なところである。

 と、ここでドラセナが一歩前に出た。アイリスとの斬り合いの間合いから、もう一歩。

 そこで彼は奇妙な動きを見せた。打つと見せかけて、すっと十字剣「クリスタルロータス」を下げたのである。アイリスの正面に、右半身をさらけ出す形となった。

 

 ここをアイリスは、好機と見た。

 散る火花のごとく、その赤い眼が光る。波刃剣フランベルジュ「フレアクイーン」をうねらせながら、「動の剣気」をありったけに込めた撫で斬りを放つ。

 全身を捻り、回転の力を乗せた一撃だった。ドラセナの防御のために中空に分厚い氷が湧き上がったのだが、それごと溶かして切り裂いてゆく。

 しかしここで奇妙な感覚を、アイリスは覚えた。対手を斬った手応えがないのである。代わりに両断されたのは、薄い鏡面のような氷だった。


 ()のような氷。


 しまった、とアイリスは思った。

 反射して氷に移ったドラセナに対して、自分は剣を振るったのである。


 ───「神速」で、背後を取られた……!


 「真打ち」のみが遣う高速移動術「神速」。

 ドラセナの「神速」は、アイリスのそれよりも二段階ほど速い。もともとドラセナは攻撃力ではなく速度を得意とする剣士である。

 あっと思った時にはもう、十字剣「クリスタルロータス」の切っ先がえぐる。鋭い痛みがアイリスを襲った。


 った───と、ドラセナ・アイスプラントは思った。


***


 その瞬間のことである。

 よりアイリスに深手を与えようと、ドラセナは剣をぐるりと回そうとした。異変に気付いたのはその時だった。

 全く十字剣「クリスタルロータス」が動かないのである。


 ───?


 その理由はすぐにわかった。ドラセナはアイリスの小手を切りつけている。

 しかし、斬られたことも構わず、アイリスの左手は、がっちりと「クリスタルロータス」の鍔元を掴んでいたのだ。

 ゆえに、ドラセナの得物はビクともしない。


「これで、捕まえましたわよ」


 動けないドラセナ───に、振り向いたアイリスは言った。

 アイリスの右手は「フレアクイーン」を握っている。その親指は、柄元の陽炎の紋章を撫でていた。

 超至近距離。直後、ドラセナの目の前で、切っ先を向けた「フレアクイーン」が明滅し始める。アイリスのつぶやきの後、それは最大級となった。











          「覚醒─────────〝レーヴァテイン〟」











 爆炎がドラセナの全身を包んだ。

 これが、炎属性最高峰の攻撃。

 ドラセナはまずそう思った。あらゆる炎属性の、最高峰。レーヴァテインの炎は「炎すら燃やす」し、もっというと「「炎すら燃やす炎」すら燃やすのである」。

 後者は楡の孤児院で、実際にアイリスが遣った手だ。この話(「くわしくは第2章 精霊と七振りの剣:『炎熱の章』剣姫伝」を読もう!)を、ドラセナは三番隊の部下から聞いている。


 なるほど、暴力的な炎である。「破壊」という言葉がそのまま燃え上がっているような業火だった。

 「溶ける」という中間の動作すら存在しなかった。あらゆるものがその瞬間そこになかったかのように、蒸発して消えている。

 アイリスが人気のないここらを張っていた理由がわかった。大通りでこの精霊「レーヴァテイン」を解放しようものなら、大多数の他者をたくさん巻き込んでしまう。


 全てが、消えた。

 壁も、もともと本屋であっただろう、大きな建物も。

 「帝国軍」襲来のため避難している無人の家屋も、数え切れないほどその場から消失した。

 空すら、消えた。「レーヴァテイン」から放たれる強すぎる光量と立ち昇る無数の陽炎は、周辺の景色すら様変わりさせている。

 大地も、燃えてなくなった。爆炎は地鳴りを起こし、地鳴りはやがて振動となって「幻想の国」全体を襲ったほどである。アイリスを中心として、まるで谷と錯覚するほど地面がえぐれている。

 そういう景色を、ドラセナ・アイスプラントは見ていた。

 ()()()()()余裕があったのである。


 アイリスが自身の精霊「レーヴァティン」を解放させたとき、

 全く同時に、ドラセナもこう呟いていた。











          「覚醒─────────〝ヴァナルガンド〟」











 破壊の杖(ヴァナルガンド)

 ドラセナの精霊は、アイリスの「レーヴァティン」の「炎」をそのまま「氷」に置き換えたものと言えた。

 属性としての出力、物理/魔法的威力、範囲、等級、その全てが全くの同一なのである。

 だからこそ、ドラセナは無傷だった。自分へ突っ込んでくる弾丸に、正面から正確に同じ大きさの弾丸をぶつけたようなものだ。

 この場合弾丸ではなく、「炎」と「氷」であるが。唯一異なっているのは、「炎属性」「氷属性」。それだけである。


 そして、

 「炎」と「氷」。その属性的な性質の違いが、勝負を決した。


 ドラセナ・アイスプラントは無傷。

 アイリス・アイゼンバーンは右半身凍結。


「う……バカな……なぜ……」


 焔を宿したような紅蓮の目は、今驚愕に見開かれている。

 アイリスは身動きが取れなかった。地面から湧き上がった分厚い氷が、自分の半身をがっちりと捕縛しているのである。「フレアクイーン」を握った右手ごと、がっちりと凍結させられていた。

 驚愕の表情は、ドラセナに向けられている。一方のドラセナは、やはり、飄々と笑うのみ。異なっている点といえば、青色の剣装の裾に、わずかに霜が降りているくらいである。


「……レーヴァテイン」


 ドラセナはゆっくりと十字剣「クリスタルロータス」の冷気を払いながら言った。


「いやあ、恐ろしいものですね。さすがに肝が冷えました。氷属性使いが、肝が「冷える」なんて、ちょっとおかしいかもしれませんが」


「ふ……ふざけるな! いったいどんな手を使ったのです!」


「いやだなあ、アイリスさん、まだわからないんですか。僕とアイリスさんは全く逆の存在なんです。「レーヴァティン」の対の存在が僕の精霊「ヴァナルガンド」なんですから」


 最高峰の炎の精霊。

 その対、最高峰の氷の精霊。


「顕現した瞬間、範囲も、威力も、全くの同一なんです。誤差なく、数値化するとコンマ以下まで全く同じ値になるくらいに。唯一違うのは、炎か氷か、です」


「そ、そんなことはわかっていますわ! しかし、それならあなたも体の半分が燃えているはずでしょう! ど、どうしてあなたは……どうして、わたくしだけ……!」


「まあまあ、そう喚かないで、お姫様が台無しですよ、アイリスさん」


 ドラセナの軽口に、アイリスは憎悪の視線を向ける。どこ吹く風でドラセナは続けた。


「言ったでしょう、「炎」か「氷」か、です。()()()()()()()()()()なんですよ。あ、大事なことだから二回言いました」


「だから、それがどうして!」


「アイリスさん、「氷属性」というのは、全て均一の威力を持つという性質があります。これは、言うなれば僕の放った氷属性攻撃の、最初から最後まで全て均一の温度ということです」


 対して、とドラセナは言う。青色の髪についた霜を、ぱらりと手で落とした。


「対して、「炎属性」はどうですか? 攻撃に特化している分、威力に波がありますよね? アイリスさん、これは僕よりあなたの方がよくお分かりでしょう。もっと具体的に言うなら、外側の炎が一番高威力で、内側に行くにつれて威力が減退する。ほら、ろうそくやランプの炎なんかでも、外側の炎が一番高温でて、中側の温度がそれより低いそうです。外炎や内炎なんて言うそうですよ」


 アイリスは凍傷を起こし、ぼんやりしつつある頭でドラセナの話を聞いていた。

 癪に触ることに、ドラセナの解説は分かりやすい。あるいは、アイリスが十八番としている炎属性の話題であるからかもしれないが。

 それに、ドラセナの言葉は事実であった。「レーヴァテイン」は発動した瞬間、一番高威力の炎が、ドーム状に全方位に拡散してゆくのである。「レーヴァテインは」というより、これは全ての炎属性に共通する。


「まとめましょう。「レーヴァテイン」は外側が最高威力、ついで徐々にその威力が落ちてゆく。「ヴァナルガンド」は、最初から最後まで、均一の威力。あ、これも大事なことなので二回言っています」


 ドラセナは続ける。


「そして、前述の通り「レーヴァテイン」と「ヴァナルガンド」は誤差0で全く同じ威力です。つまり、「レーヴァテイン」の一番外側の炎さえ相殺してしまえば、あとは僕の「ヴァナルガンド」が威力で打ち勝てます」


「……」


「もうわかったでしょう。僕は、アイリスさんが「覚醒」するのを待っていたんです。わざわざ「アイリスさんが僕の攻撃を誘って動きを止めた」ように僕が見せかけて、ですね。いやあそれにしても、零距離で「レーヴァテイン」の覚醒を見るのは怖かった。コンマ一秒でも遅れたら僕が灰になってしまうのでね」


「……くっ! うぐっ!」


 氷から脱出しようと、アイリスは必死でもがいていた。全くの無駄であったが。青々とした氷は、鋼鉄の硬さでアイリスを捉えている。

 ドラセナの、男性にしてはいささか細い腕がアイリスの胸元に伸びる。それからドラセナは、アイリスの赤いドレスのボタンを一つずつはずし始めた。


「な、なにをなさるの!」


「いや、大きな声を出さないでください。人が聞いたら変に思うでしょう」


 それからドラセナは、アイリスのはだけた胸を弄った。

 それだけではない。ドラセナはアイリスのドレスの中に手を突っ込む。下着をずらされたので、アイリスは羞恥と憎悪で顔を赤く染めた。


「……ドラセナ……!」


「あはは、意外とちっちゃいんですね、アイリスさん」


「…………き、貴様……!」


「って、冗談ですよ冗談」


「ふざけるな! 一体なにを! ドラセナ! 貴様! 許さな」


 ぴきり、と言う音が響いた。

 ドラセナは胸から手を引き抜く。その人差し指には、冷気の残滓が残っている。


「「真打ち」の方々はやっかいなのでねえ。思わぬ方法で蘇生されるかもしれない。ですので、心臓を直接凍らせました。皮膚の上からやらないと、確実じゃないのでね」


 それからドラセナはアイリスに背を向ける。

 その氷のように蒼い目は、前方の中央図書館を見つめていた。


「いやあすみませんね、アイリスさん。少々乱暴な方法で通っちゃいますが。ですが、これも帝国のためなのですよ。では、そういうことで、失礼しますね」


 アイリスの返事はなかった。

 十字剣「クリスタルロータス」を鞘に収めると、ドラセナはまたのんびりと歩き始めた。

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