その22 大作家の遺言3
銀色のスナイパーの狙撃。
額のやや下を狙った針の目を縫うような一撃に対し、ドラセナとドレッドがとった行動は各々異なっていた。
「いやあ、びっくりした。すごいな。さすがセーラさんの友達」
まずドラセナ・アイスプラント。
〝絶剣〟の名を冠する真打ちは、この瞬間十字剣「クリスタルロータス」の柄を握っていた。正確には、親指が刻印された氷山の紋様に触れている。
展開したのは、数十枚の重なった氷の壁である。一枚一枚は薄いが重なることでさながら鋼級の防御力を持つ氷壁は、ソラの狙撃をちょうど中程で食い止めていた。
ドラセナの足元に狙撃銃「トルネ」の弾丸が落ちる。それと同時に、浮いていた氷の壁が霧のように消えた。
対して、
「……なるほど、あれが「銀色のスナイパー」か。おもしれえ」
〝剣帝〟ドレッド・ダークスティール。
隻腕、隻眼のこの粗暴な女剣士は、「トルネ」の弾丸をその目で見切っていた。
狙撃銃「トルネ」の弾丸は、初速から亜音速に迫っている。ソラが超遠距離から撃ったと言うこともあるが、現在「幻想の国」の大気は乾燥しており、ほとんど弾速に変化はない。
音肥えの速度を宿したまま、銃弾はドレッドに肉薄しようとしていた。
いや、
事実として、まさに言葉通り肉薄した。
硬質な銃弾の、鋭角に尖った先端。その鋒がまさにドレッドの後頭部に触れた瞬間、彼女は回避したのである。
躱したのだ。
銃弾が自身に触れた瞬間、そこから反応して体を引いた。結果、ドレッドの足元に大きな弾痕が存在することとなる。
そういう身体能力を、ドレッド・ダークスティールは持ち合わせていた。
「……おい、ドラセナ」
「はい」
「真打狩りは一寸任せる。俺は、まずあの狙撃手を狙うからよ」
「まあた勝手なことを……いやいや、ドレッドさんは計画通りまずセーラさんを」
「なあに、戻って加勢してやるから。じゃあそういうことでな」
「あ、ちょ、ちょっと」
だがドラセナを無視して、ドレッドは歩法「神速」を遣った。その場から姿が搔き消える。
どうやら本当に銀色のスナイパーを殺りに向かったようである。おおかた「静の剣気」を用いて、場所を特定するつもりであろう。
「うーむ……僕はどうしようか。いや、こうなったらもう仕方がない」
本来はカトプシスと共に攻め込む手筈であったのだが、こうも計画が狂ってしまってはどうしようもない。
組んでいるドレッドもこう言う手合いだし、こうなると自分も単独行動を取るか───ドラセナがそう言う思考に至るまで、そう長く時間はかからなかった。
氷を一つ生成する。通常の氷ではない。魔力に反応するものだ。彼が使役する「精霊」による探知型の能力の一つである。
氷は赤色の光っていた。もっとも周辺に魔力が存在することを示している。
───「賢者」たちももう行動を開始したか。
ドラセナはそう結論づけた。本来「幻想の国」はそう魔力の多い土地ではない。明らかに外的要因によって、異常なまでに魔力量が引き上げらている。
帝国軍とは同盟関係にあるが、魔法使い連中とは手を組んでいない。それはすなわち、「賢者」になんらかの攻撃を加えられる可能性もあると言うことだ。
───とにかく……。
ドラセナはドレッドと反対方向に足を向ける。ちょうど幻想の国の東、一番人の多い大通りに背を向ける形である。
中央図書館を出てさらに進むが、さすがにこのあたりはほとんど人の出入りがなかった。そもそも路地裏である。通りを迂回して中央図書館の裏手に進み、そこから中に侵入するつもりであったのだ。
路地裏は陰気臭かった。
今しがた人通りのほとんどが中央図書館に続く大通り、特に「ファンタジア祭」の発表を見ようと、中央図書館正面に集中している。
遠間に人の声や雑踏を聞きながら、ドラセナは歩んだ。
その「異変」に気づいたのは、彼がやはり真打ちだからであろう。他の剣士、戦士ならきっと気づけないほどの些細なものだった。
ちょうどあと一歩で中央図書館裏手に続く細い路地に出るところである。まず、その一歩を踏み込んだ瞬間、ドラセナは「熱」を感じた。
「おっと」
異変の二は、すぐに起こった。熱が火炎に変わる。ドラセナの足元、たった今踏み込んだその場の、足元から真上へ。
赤々と光る火柱が吹き上がったのだ。途端にドラセナの視界が、紅一色に染まる。もう一歩体を捌くのが遅かったら、体が消し炭に変わっていたであろう、尋常の火力ではなかった。
きな臭い香り、肌に焼け付くような熱、水気を失い、乾いてゆく空気。最初は少量だったそれらは、少しずつ少しずつ、しかし確実に増殖してゆく。
それだけではない。轟々と立つ火柱が消えたが、炎はまだくすぶっていた。
いや、火柱だけではない。ちょうどドラセナの隣の壁も燃えているし、地面も無数の炎が走っている。通常燃えることのないレンガにも、火が灯っていた。
こういう芸当ができる人間を、ドラセナは1人だけ知っていた。
「おーほっほっほ」
その高笑が聞こえてきたのは、ドラセナが炎から顔を上げた時であった。
左手側の家屋。おそらくもともと本屋か何かに使われていたのだろう、煉瓦造りの二階建ての建物である。その屋根の上に彼女はいた。
「まさか真打ちの中に裏切り者がいらっしゃるとはねえ。セーラさんが聞いたら、大目玉ですわ」
「やあ……どうもアイリスさん……こんなところでお会いするとは」
その金色の髪は陽光を受けてきらきらと輝いている。綺麗に曲がった縦ロールに、アイリスは一度手をやった。
「残念ですが、中央図書館には行かせませんわよ。あなたを見つけたら即刻捕らえるようにと、言われていますから」
「おやおや、それは穏やかではないな」
だがそこでドラセナは慌てて十字剣の柄に手をやった。アイリスが腰の剣を引き抜いたからである。波刃剣「フレアクイーン」の、ルビーの剣身が露わになった。
揺らめく刃紋。そして刻印された、火山の紋様。炎を体現したかのようなそれをドラセナの青い目が捉えた瞬間、そこでアイリスが屋根を蹴る。
真紅のドレスと、紅蓮の剣装がはためいた。
「それと、こうも言われています」
跳躍したアイリスは、「フレアクイーン」を脇構えにおいたままドラセナに殺到した。
無数の炎の渦が、アイリスの周りを舞っている。周囲の空気がぼうぼうと不穏な音を奏で、その爆音が雑踏の声をかき消していた。
「捕らえるのは、首から下だけでも構わん、と」
落下の勢いを利用した縦斬りを、アイリスは放った。ドラセナの正面である。
「お、おおっと! うわわわ! あちゃちゃちゃ!」
業火を乗せた斬撃を、ドラセナは受け止めた。否、誤って受け止めてしまった。
鍔迫り合う接点から爆音が響く。音は突如として炎となり、ドラセナを襲った。形ある剣は受け止められるが、無形の炎は止めることはできない。
ドラセナの空色の剣装、蒼色の髪が見る見るうちに炎に包まれる。だがそれを見てもアイリスは全く攻め手を休めなかった。
「……白々しいことを」
「なーんて。あ、ばれました?」
炎が凍る。
それまで踊り狂うように燃え盛っていたアイリスの火炎は、次の瞬間には大きな氷の内部に閉じ込められていた。
ぴしぴしという甲高い音ともにその氷が割れ、鎮火される。
ドラセナは全くの無傷だった。鍔迫り合いの体制から引くと、間髪を入れない横薙ぎ。踏み込んで腰を乗せた、鋭い一閃である。
膨大な凍結属性を乗せた一撃だった。
「あ、あらあらあら?」
脇腹を低く狙うドラセナの剣自体は、「フレアクイーン」の根本で受け止める。だがアイリスの形の良い眉が揺れたのは、次の瞬間であった。
剣を持つ手に激痛が走る。アイリスの右手は、瞬間分厚い氷に覆われていた。
それだけではない。今この瞬間も氷は侵食している。剣を持つ手首、肘、肩口、見る見る厚い氷に覆われようとしていた。
その様子を見て、ドラセナはくすりと笑う。
「アイリスさんこそ、ノリがいいですね」
「おほほほ、冗談ですわ。さっきの、お返しです」
氷が燃える。
そのまま二、三打ち合うと、アイリスとドラセナは一度距離をとった。すぐさまアイリスは上段に、ドラセナは下段に構える。
今のわずかな斬り合いで、路地は様変わりしていた。ある場所は燃え、ある場所は凍っている。溶けている壁もあれば、霜が降り氷雪に包まれた地面もあった。
〝剣姫〟と〝絶剣〟。
何から何まで対照的な2人だった。
紅蓮の剣装、蒼色の剣装。赤色の瞳、青色の瞳。
「わたくしの炎は、絶対に溶けない氷でも溶かしますから」
攻撃に秀でた波刃剣、防御しやすい十字剣。
「僕の氷は、なんでも燃やす炎でも凍らせますけどね」
紅蓮、蒼氷─────────
※書籍(紙の本)はぽにきゃんbooksから3月17日に発売されます。
それとブクマ5000超えました。ありがとうございます。
なんか記念の短編でも書こうかと思ってるんですが、書いて欲しいキャラとかいますかね?
もしそういう希望があったら感想欄でも活動報告でもいいので教えていただけるとありがたいです。
短編だけじゃなくてこのキャラの裏話聞きたいとか、ここの設定秘話聞きたいとかそういうのでも構いません。
もしなかったら・・・僕の方でなんか考えます(適当)




