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その21 大作家の遺言 2

 「ファンタジア祭」はどんどん盛り上がりを見せている。

 「幻想の国」で一番大きな中央図書館に通じる大通りは、さながら人混みとその喧騒で声も聞こえないほどであった。

 図書館東端。ロロ、エクス、如月の三名にもその熱気は伝わってくる。風に乗って人々の賑やかな声が聞こえてきた。


 ロロは人工芝に座り込んでいる。

 中庭であるため、陽光が非常に気持ちよい。過ごしやすい気温も相まってうとうとと船を漕ぎそうになった。


 「………………まぁだ帝国軍は来ないの。ふぁーあ……」


 何度目かこっくりこっくりと頭を動かし、その反動で双剣「クラゥディア」の一本を取り落としてしまった。

 すでに鞘を払っている。落とした拍子に、そのアメシストの刃に数本の芝が触れ、ぱらぱらと切り落とされた。

 もう一度ロロはあくびをする。どろりと不健康に淀んだ目の隅に涙が溜まった。

 

 全くロロの言う通りである。如月もエクスも、少々拍子抜けしていた。今か今か。敵国軍がやってくるぞ。そう言われて緊張していたのだが、ところが全く平和なものだった。


「おかしいなあ、ソラさんもセーラさんも言ってたんだが」


 エクスは椅子を踏み台にして、外壁の向こうを覗く。

 きょろきょろと周囲を探ったが、彼の万物を見通す「神眼」のステータスにも、帝国軍の「て」の字も映らなかった。


「ひょっとして襲うのをやめたんじゃないのか」


 如月もやはり肩透かしを食らったような顔をしていた。妖刀「疾風」の目釘は湿り、鯉口は切られている。

 敵が来たらすぐさま秘剣「燕返し」をお見舞いしてやるぞと意気込んでいるのだが、その実このざまである。遠くから屋台のいい匂いが漂って来て、空腹を覚えているほどだ。


「いやそんなはずはない。きっとくるぞ」


「油断させといてずどんとやるかもな。おいロロ! 寝るな! 今に襲われるぞ」


 その時である。帝国軍ではなく、エクスの携帯端末が震えた。

 取り出すと、ソラの番号が液晶に表示されている。


「もしもし、あ、ソラさん。いやあ聞いてください。あの、まだ帝国軍は来ないんで───」


 そこでエクスは言葉を切る。

 中途半端に会話を中断したので、隣で聞いていた如月は眉をひそめた。

 「おいどうした。ソラはなんて言ってる?」だが如月のその問いかけを、エクスは片手で制する。


 妙だなと如月は思った。

 ソラと通話する端末を持ったエクスの顔色が、どんどん蒼白になってゆくのである。

 一方エクスは、上ずった声でもう一度ソラの言葉を繰り返していた。


「な、なんですって? ソラさん? もう一回。え? 本当なんですか? 帝国軍を()()()()()《・》? た、たった一人で? う、嘘だぁ……」


***


「嘘なもんですか。もしもし? エクスさん聞いています? 攻めてくる帝国軍の幹部は〝移動要塞〟カトプシスでしょう? もう倒しましたよ」


 幻想の国郊外。

 荒涼とした荒地には、乾いた風がふき流れている。無数の砂埃が舞い、ソラはメタルフレームの奥の瞳をわずかに瞬かせた。

 「幻想の国」の国壁をはるか前方に見る位置に、ソラはいた。周りには数えるのが億劫になるほどの、帝国軍の兵の姿が。軍服に、剣、槍、機関銃、魔法杖ロッド、様々な武器で武装していた彼、あるいは彼女らは、ところが全員息絶えていた。

 濃密な血の匂いが周囲に満ちている。砂埃に乗って、それらが遠くまで拡散しようとしていた。ソラ以外に動くものはいない。象牙色のコートの裾が、血臭を運ぶ風に舞い上げられた。


「本当ですとも。カトプシスは、大きな飛空艦を所持していました。それを撃ち落としたんですよ。んで、今私はその撃墜した飛空艦に登っています。一番高いところにいるんですが、エクスさん、そっちから見えますかね。……そうですか見えませんか」


 端末を耳に当て会話しながら、ソラは狙撃銃「トルネ」のスコープを覗いている。

 燻って煙を上げる巨大な空を飛ぶ船───そのデッキの一番高いところにソラはいた。

 大空を飛ぶ源である羽が虚しく回転し、ところどころ黒い煙を上げる。もうこの巨大な帝国性の飛空艦は空を飛ぶことはないが、今スナイパーが狙撃する土台となっていた。


「それでですね。ええ、カトプシスを殺す前に、少々拷問したのですがね」


 幹部〝移動要塞〟カトプシス・エオネア。

 その部下600人。つまり合計601人を一人で倒した銀色のスナイパーは、しかし胸中穏やかではなかった。


()()()()が二人ほどいるのですよ。それも剣征会に。今すぐセーラさんと、……それから真打ち全員に伝えてください。よろしいですねエクスさん。剣征会に帝国軍のスパイがいます。人数は二人、名前は───」


***


「          

           な



           ん     



           だ



           っ



           て



                  」


 中央図書館西端。

 ドラセナ・アイスプラントは飛び上がらんばかりに驚いた。

 それまで携帯端末に表示されていたカトプシスの生命反応が消えていたからである。


「どうしたんだ」


 斬り合いを今か今かと待ち望んでいるドレッドが尋ねる。珍しくドラセナが狼狽している様子なので、声に少々の苛立ちが見受けられた。

 果たして、青い顔をドラセナは向ける。


「カトプシスが死にました」


「なんだそんなこと…………えっ、えぇ!?」


 がばとドレッドは体を起こす。


「どういうことだ! 死にやがった!? え、死んだ? 死んだのか? だって600人で「幻想の国」を攻め込むって、カトプシスの野郎言ってたじゃねえか」


「僕に言われても困ります。ほら、端末をごらんなさいよドレッドさんも。600人全員死んでますよ」


「そんな馬鹿な……あっ! ほんとだ! 一つも生命反応がない」


 隻腕であたふたとドレッドは携帯端末を見る。……いや、もうそれは見る必要がなかった。登録した相手が全員死亡したからである。

 ドレッドは携帯端末を放り捨てた。


「どういうことだ。まさか「じゃれ」でも動いたか」


「いやあ……その可能性はないでしょう。「じゃれ」なら今頃僕たちも生きていない……となると……」


「まさか……」


「ええ、そのまさかです……」


 その名を、

 ドレッド・ダークスティールとドラセナ・アイスプラントはほとんど同時に言う。












「「────────────銀色のスナイパー?」」











 そこで、ドレッドとドラセナもやはり同時に頭部に強烈な衝撃を感じた。


***


 一方。

 ソラは狙撃銃「トルネ」のスコープから目を離す。十字のレティクルの中央で、ドレッドとドラセナが倒れるのが見えた。


「……とりあえずこれで「幻想の国」の帝国軍は全員倒しました。一件落着……」


 帝国の幹部1人。

 その部下600人。

 剣征会に潜伏していたスパイ2人。


 全員たった1人で倒したソラは、そこでようやく銃を置いた。


「…………のはず」

あけましておめでとうごぞいます

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