表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/190

その20 大作家の遺言1

これより終盤突入。

少々長いですが、クリスマスということで。

しかし幻想の国はメリー苦しみます(激寒)

 そして、一週間が経った。快晴の某日。

 「幻想の国」街中が異常な活気に包まれていた。路地裏の最深部にいても雑踏の活気が聞こえ、通りという通りには露天商や流浪の商人が店を広げている。その全てはいうまでもなく、本に関していた。

 屋台や出店も通常の倍以上軒を連ねていた。とくに幻想の国最大の図書館につながる大通りは、「ファンタジア賞」の発表を見ようと大量の人が行き交うため、稼げるポイントである。


 「ファンタジア大賞」発表まであと2時間を切っていた。

 場所は幻想の国で最大の図書館。その屋上からばらりと受賞作品の名を書いた垂れ幕を下ろすのである。その瞬間が、本祭の興奮が最大になるといえよう。

 「剣征会」の真打ちたちも、諸々の場所に配置されていた。彼、あるいは彼女らは受賞の瞬間ではなく、「帝国軍」の襲来を待っている。


 まず「図書館正門および大通り」。

 帝国軍襲来の場合もっとも混乱が予想され、かつ民間の被害が出やすいであろうこの場には、第一真打ち、セーラ・レアレンシス、および第二真打ち、アイリス・アイゼンバーンが配属された。

 ともに身体能力を強化する「動の剣気」の達人である。攻撃的な真打ち二人を前面に置くことにより、帝国軍の先遣を牽制すると言う意図があった。


「へえ、お前、菓子作りなんかが趣味なのか」


 大通りを歩きながら、セーラは尋ねる。突風が吹き、濃橙色の剣装の裾が揺れた。


「ええ。実はこの間もそこの図書館で本をお借りしましてね。クッキーを焼いてみたのです。今も持ってるのですが、一ついかがですか? セーラさん」


 言いながらアイリスは剣装の内ポケットから包みを取り出した。

 真紅のドレスに、紅蓮の剣装。二つ名剣姫に違わず、さながらどこぞのお姫様然としている。無論のこと行き交う人々はチラチラその気品溢れる姿に視線を送っていた。

 そういう高貴な姫が全く真っ黒なクッキー(?)らしき物体を差し出したので、セーラは首をかしげる。


「なんだこりゃ。「クッキー」と言う名前の木炭を作ったのか」


「いやあ……お恥ずかしいのですが、どうも火加減が難しくて……」


 アイリスの得物、波刃剣フランベルジュ「フレアクイーン」、

 セーラの得物、正長剣クレイモア「エリュシオン」、双方ともにその鯉口は切られている。これは周囲6mほどに「静の剣気」を張り巡らせ、常に怪しいものがいないか探るためだった。

 現にクッキー(?)を興味深げに見つめるセーラは、全く注釈していないものの後方の人間の動きまで手に取るように分かっていた。


 これとは別に、アイリスをこの場に配置したのはもう一つ意図があった。

 アイリス・アイゼンバーンは万一セーラの体内の「歌姫」が暴走した際の保険である。もしもこのオリハルコンの使い手が見境なく人斬りを始めてしまった場合、それこそ渡り合えるのはアイリスくらいのものだ。

 当然ながらこの目的はセーラには知らされていない。カンロからアイリスに通達された際も、万事秘密裏に行うようにと釘を刺している。


***


 続いて、「図書館内部」。

 今回ファンタジア祭の賞品となっているゼオン氏の「永遠の書・第11巻」が保管されているこの場は、もっとも堅牢な防御を必要とする。

 第四真打ち、〝剣星〟朧 月夜、ゴブリン100体分のゴブリン二人が警備に当たっている。

 理由は言うまでもないことだった。朧は剣征会随一の「静の剣気」の達人である。彼女の広範囲の静の剣気にかかれば、飛ぶ小虫の羽の振動回数まで測れるほどである。

 そのレーダーとでも言うべき防御網を、朧は球形にして図書館全体まで広げている。三階建の図書館の隅から隅まで、一階に居ながら知ることができた。


「この金庫の中に、第11巻が入ってるんですか」


 ゴブリン100体分のゴブリンは、警備を任された堅牢な金庫を見つめている。なんでも四重にガードされているとかで、なるほど彼の怪力をもってしてもビクともしなかった。

 丸太のように太い腕で扉を叩いてみるが、金庫には傷一つつかない。


「こらこら、壊すなよ」


 色を抜いたような真っ白の長髪を通風口からの風に吹き流しながら、朧は言う。

 着流しに、月色の剣装。その傍らには金剛で作られた刀「月光」が、番犬のように鎮座している。利き手である左手で持ち、いつでも抜刀できるよう警戒して居た。


「ちょっと見て見たらだめですかね」


「いいわけないだろ。つーかお前、ファンタジー小説嫌いって言ってなかったか?」


「いや嫌いではないんです。納得がいかないんですよ。大体の作品でゴブリンが弱く書かれてるのでね」


 図書館内は閑散としている。ファンタジア祭の開催中は、この場が表彰式に使われるのだ。一般の客は利用不可能である。

 より正確に言うなら、今から2時間後、つまり大賞受賞者が決定してから、改めて解放される。華々しい流行作家誕生の場に、本が大量に存在するこの場は相応しいだろうというわけである。

 図書館の要人及び審査員は、まだこの場には居ない。今から1時間半後に到着する予定だった。「帝国軍」襲来の懸念を少しでもなくすためである。

 つまり、広い図書館には朧とゴブリン100体分のゴブリンしかいない。無数の本であふれた広大な建物に、たった二人である。


「隊長、本当に帝国軍はくるんでしょうか」


「間違いなく来る。セーラ殿は「春のない国」で聞いてきたんだ。情報は確かだろう」


***


 内部でそう言う会話がなされている頃、「図書館東端」。

 東と西には中庭が存在している。人工芝に数本の木が植えられた、狭くも広くもない場所だった。

 図書館と通りを分ける壁はあまり高くない。加えてこの一番大きな図書館が「幻想の国」のちょうど中央に位置して言うため、このように敷地の両端も警備しなければならなかった。


「………………なんで私じゃなくてアイリスがセーラさんと組んでいるの」


 六振り目の真打ち、〝剣魔〟ロロ・ペヨーテの機嫌はあまり良くない。打ち捨てられた樽を椅子がわりにし、不機嫌そうに足をぶらつかせている。足を動かすたびに、両腰のアメシストの双剣「クラウディア」がかちかちと音を立てた。

 ツインテールにした濃紫色の髪をいじりながら、いつものように濁った視線を中空に彷徨わせている。いらいらと落ち着きのないこの真打ちをなだめるのに、エクスと如月は苦労した。


「………………全く納得できないわ。私こそセーラさんの相棒にふさわしいのよ。よし今から正門まで行ってアイリスに文句を言って来る」


「ま、待て待てそりゃまずい。ソラさんに持ち場を離れさせないよう固く言われてるんだ。おい如月お前もなんとか言ってやってくれ」


「そうだロロ、落ち着け。見張りを放棄したらセーラに嫌われるぞ。文句は今から来る帝国軍に言ってやれ。連中のせいでそもそもこうなったんだから」


 そのまま走り出そうとしていたロロを、エクスと如月で抑えていた。

 だがロロとて本当に持ち場を離れる気はないようで。待ちきれないと言った風に双剣を抜き放ち刃と刃を打ち合わせる。


「………………む、それもそうね。さあこい帝国軍。全員殺してやるわ」


 一方のエクスと如月は、さてそのロロの様子を頼もしいやら恐ろしいやらで見つめている。

 この二人ももちろん戦力に数えられており、エクスは「神剣」を、如月は妖刀「疾風はやて」をそれぞれ蓄えていた。


「……しかし、ソラさんは」


 エクスが如月に耳打ちする。


「そうだな。こんなときだというのに一人でどこかに行ってしまった。いったいどこで何をしているのだろうか」


 如月はぐるりと周囲を見回した。どこにもソラの姿はない。彼女が「自分は少し寄るところがあるから」とエクスたちと別行動したのは、もう数時間ほど前のことである。


***


 そして、その反対。すなわち「図書館西端」。


「……おいドラセナ、帝国軍からの連絡はまだか」


「もうそろそろでしょう。〝移動要塞〟カトプシスから連絡があるはずです。「今から幻想の国を襲うぞ」と。そうしたら僕たちは混乱に乗じて、他の真打ちたちと斬り合うことになるでしょう」


 〝剣帝〟ドレッド・ダークスティール。

 〝絶剣〟ドラセナ・アイスプラント。

 表向きは「剣征会」の真打ち、裏では「帝国軍」の彼女らも、当然ながら警備を任されている。とはいえドラセナたちの目的は、この図書館の守護ではない。それとは逆である。


 〝真打ち〟の抹殺。


 それがドラセナとドレッドに与えられた任務だった。帝国軍の幹部が一〝移動要塞〟カトプシス・エオネア、彼の指示があれば、すぐさま図書館内部に切り込む算段である。

 すぐさまドラセナの携帯端末に連絡が入る計画であり、血の気の多いドレッドは今か今かとその瞬間を待ち望んでいた。

 大義そうに壁に寄りかかるドレッドに、ドラセナはクスリと笑みを漏らす。


「「計画」を確認する必要はもうありませんね? ドレッドさん」


「「全員殺す」それだけだろう」


***


「……という真打ちの配置を考えたのが、手前である」


「ふうん、やはりそういうのは参謀が決めるんだな」


 最後に、「図書館屋上」。

 ファンタジア賞発表の際に垂れ幕を下ろすこの場では、「幻想の国」所属であるアープが指揮権を与えられていた。

 屋上からファンタジア祭の賑わいを見下ろしているのは三人である。ワイアット・〝Q〟・アープ、カンロ・アラニアクローバー、そしてアニー・〝C〟・オークレイリ。

 「喫煙所」は本来三人、すなわちジェシー・〝G〟・ジェイムズも屋上の警備に加わるはずだった。だが彼はドレッドに重傷を負わされたため、ラミーが直前で外したのである。


 三人が二人に減るというのは、なかなかの打撃であろう。アープと世間話をしながら、その傍らでカンロは思考した。

 にもかかわらず、「喫煙所」の参謀は全く動揺する様子はなかったようで。それはすなわち「幻想の国」の警備をそこまで重要視していないか、

 あるいは、()()()()()()()()()()()()()()

 ファンタジア祭自体非常に知名度の高い催しである。すなわち前者はありえない。つまり、幹部級の人間が負傷しても全く動じない理由は後者。


「なあアープ殿、お主は確か「喫煙所」で新米だったのであるな?」


 カンロは尋ねる。蜜色の剣装が乾いた風に揺れた。


「ああそうだ。まだ入隊したばかりだ」


 となると、ラミーが全権の信頼を置いているとは考え難い。そうなると、残りはただ一人。

 カンロはちらりとそちらに見る。二人で世間話をしているその傍ら、アニーは少し離れて大通りを見下ろしていた。


 ───あいつが鍵か。


 カンロは思考した。

 アニー・〝C〟・オークレイリ。聞くところによると「喫煙所」でもかなりの古参であり、経験もかなりのものであるという。

 半袖にロングスカート、赤毛の縮れた長髪を片手で押さえるアニーの隣には、一挺の古めかしい長銃が立てかけられていた。

 妖銃「フランクバトラー」と呼ばれるそれは、一見ライフルのように見える。しかし本来あるべきスコープが取り付けられていない。

 カンロは屋上へ上る途中一度そのことを問いかけだのだが、アニー本人は、


「私は「狙撃手」ではないのでね」


 と言うのみ。だが「喫煙所」で彼女が〝西部最強の狙撃手〟と称されていることは、実のところアープから聞いて既知であった。

 狙撃手であるとしたら屋上に配置したこともうなずける。しかし、やはりアニーは首を振るのみであった。


 ───おそらくアニーというこの少女が……。


 カンロは結論づける。帝国軍の幹部に対し、単身でも打ち勝てる戦力であるろう、と。


***


 以上がファンタジア祭の中核となる図書館及びその周辺の警備状況である。

 これ以外にも厳重な警戒態勢が敷かれているのは言うまでもない。町中の保安官、自警団が総動員され全通りや路地裏を見回り、入国審査も通常の数倍の時間をかけて丁寧に行われている。旅人に扮した帝国の人間が入国することを防ぐためだった。

 しかし保安官も自警団も、それから剣征会の真打ちたちでさえ、一羽のみみずくと一匹の黒猫がこっそり「幻想の国」に侵入したことは気づけなかった。

 いや、気づいていたが気にも留めなかった、と言った方が適当であろうか。


 大きな白色のみみずくは、幻想の国の南端に羽を下ろす。無人の路地裏であった。

 直後、魔力がその体から溢れ、一羽は一人に姿を変えていた。


「わっはっは。うまく言った。動物にも入国審査を行うべきじゃな」


 ゼダム・モンストローサは勝ち誇ったようにその萌黄色の髪をかきあげる。大杖「エメリア」を振り、通信魔力を起動させた。通話が自動で何重にも暗号化され、膨大な魔力をもってしないと解析も盗聴もできないものである。

 通話の相手は「幻想の国」の北端にいるであろうフィンフィア・ジュエルコレクトである。黒猫に返信していた彼女も、北で同じく通信魔法を起動した。


「にゃあ。……冗談ですよ。ゼダムさん聞こえますか」


「おう。ファンタジア祭盛大にやっておるようじゃな、全く阿呆どもじゃ。さっさと中止すればいいものを」


「ではもう一度確認しましょう。目標は魔法書「永遠の書・第11巻」。その元本です。活版印刷されたものではなく、大元を狙うこと。いいですね?」


 フィンフィアは念を押すような口調だった。もう何度も確認している。うるさそうにゼダムは相槌を打った。


「わかっておる。邪魔する奴は容赦なく消して良い。しかし全力は出すな。理由は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からじゃろう」


「そうです。「賢者」が全力で呪文を放てば、魔力汚染でその周囲は二百年ほど誰も立ち入れなくなってしまいます。それでは永遠の書もなにもあったものではないのでね。これは元老院の命令です。そのために杖に拘束具もつけたんですから。お願いしますよ」


「わかったわかった」


 うるさそうに言うと、ゼダムは通信魔法を切った。

 大杖「エメリア」の先端の水晶には、三角錐系の透明のカバーがかけられている。無尽蔵に魔力を喰らい尽くし、また魔法に関して妨害する波動を放つ代物だった。

 本来は魔法使いの処刑に使われるものである。熟練の術師でも、近くにいるだけでまるで魔法を放つことができなくなり、昏倒してしまう。

 それでもゼダムにとっては少々かゆいくらいなのが、「賢者」の恐ろしいところである。


「さて始めるか」


 すっとゼダムは「エメリア」を掲げる。力を抑えられていてもなお、有り余るほどの膨大な魔力が集まり始めた。周辺の景色が歪み、地面に無数の浅い亀裂が入るほどである。


「お、おおっと」


 杖の拘束具がその魔力の収束に耐えられず軋む。あわててゼダムは杖を振った。使っていた魔力の幾分かを散らしたのだ。


「はは……しかし、()()具を壊さないようにしなければならないとは……。うーむ面倒じゃ」


 同じことを、「幻想の国」北の端の某路地裏でも行おうとしている。

 フィンフィア・ジュエルコレクトは通信魔法を切ると、自身の得物「哲学者の杖」を抱いて壁に寄りかかった。


 ───遅れてバロンがやってくる。


 これからの流れを、フィンフィアは確認する。とはいえそれはほとんど大したものではない。バロンボルトと合流し、第11巻を渡すのである。

 後ほど帝国軍と交戦することになる、その前に第11巻のみ魔法国家「フォーカリア」に持ち帰るのだ。


 フィンフィアは「哲学者の杖」を掲げた。

 ゼダムがそうしているように、その先端に大量の魔力が集まり始める。

 フィンフィアはぼんやりとその様子を見つめていたが、直後人の気配を感じた。


「こら、お前こんなところでなにをやっている。見たところ魔法使いだな」


 「幻想の国」の自警団一人である男性であった。

 だがフィンフィアは応じない。男の方を見ようとすらしていなかった。

 腹を立ては自警団員は、腰のサーベルに手をかける。そのままフィンフィアに近づいた。


「おい、魔法使い、身分と名前を……」


「あまり近づかないほうがいいですよ」


「え?」


「ああ、もう遅いか。御愁傷様」


 だが男からの返答はなかった。

 彼はもう事切れている。大量の魔力、その余波に当てられただけで絶命したのである。虚をつかれた表情のまま、バッタリと倒れた。


「うーむ、拘束具の意味があるのかなこれ……」


 やはり見向きもしない。

フィンフィアの眼鏡越しの漆黒の瞳は、自分の杖の先端、その三角錐系のカバーに向けられていた。


「まあいいでしょう、さて、始めますか──────」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ