その13 狙撃手と魔術師
まずい、俺は完全にしくじったと後悔した。
こいつらから離れることばかり意識して、ひたすら『まっすぐ』進んでしまったのだ。
だがまあ仕方がないだろう。自分の背後で逆方向に撃たれた攻撃が跳ね返されて、それがさらにこちらに向かってくるなど誰が思うだろうか。
本当に俺は反射的だった。当たり前だ。レーザー光線の射出を目で見切ることができるか。
だが、
結果としてそれが功を奏した。俺は生きている。当たったら即死であろう攻撃を、避けられない距離で飛ばされたにも関わらず、だ。
俺は『力のみで』炎を弾き飛ばしたのだ。
純粋な筋力と腕を瞬間的に動かしたときに生じた『拳圧』によって、炎使いの攻撃はあらぬ方向に反らすことができた。
もちろん狙い通りだ。
すまん嘘だ。
狙ってできるはずがないだろこんなこと! 今回は本当にたまたま、それこそ運が良かったのだろう。
俺の運のステータスはちょうど平均だが、ひょっとしたら現状を見て哀れんだ運の女神様が、ちょこっとテコ入れしてくれたのかもな。
「あっ、あちちちち……うぁっちゃ!! フーフーッ!」
だが、無傷というわけではない。そりゃそうだ。炎だぞ炎。しかも触れてみて分かったが、あれ、やっぱりレーザーなんかじゃあない。正真正銘『レーザーみたいな』炎だ。
ワイヤーのように細く、夥しいほど大量の炎を集合させているらしい。
範囲を犠牲にして点に集約したその一撃は、貫通力と破壊力をひたすら追求しているというわけだ。いやはや恐ろしすぎる。こんなの生身に食らったらどうなることか。
そんなのを拳に受けた俺。一本引っ掻かれたようなデカイ火傷を負ってしまった。真っ赤な線が手の甲に入っている。
「なにぃ……?」
「へぇ……?」
魔術士共の攻撃がやんだ。2人とも俺の方に視線を向けている。
1人は訝しそうに、もう1人は興味津々、面白そうなのがいるぞという感じで。
「おい!! てめーらいい加減にしろよ! ちょっと待った!! 2人とも一旦ストップ!!! やるなら別のとこでやりやがれ! 俺たちを巻き込むな!!」
こちらに注意が向いてる、今がチャンスだ!
俺は大声で二人の間に割って入った。後ろの方でソラさんと如月が息を飲むのが分かる。大丈夫……大丈夫……いや、すくみあがるほど怖いし足も震えてるけどな!
すると、片方の魔術士、赤い方がつかつかと俺の方にやってきた。
「なんだお前、いきなり出てきて。邪魔邪魔」
「いき……いきなりじゃねーよ! あのなあ、だいたいお前らちょっと」
足元からいきなり吹き上がった火柱。その音に俺の声はかき消された。
「ガタガタうるせえな……それとも、やる気か?ひょっとして。
おもしれェ、三つ巴ってのもまた一興だ。おい、お前得意な術式はなんだ? 魔道具はその剣か?」
「えっ? いや俺は」
魔術士じゃねーぞ。
赤色は訝しげに眉をひそめた。
「な、なにィ!!?」
いやなにィ!? じゃねーよ! だいたいそりゃこっちのセリフだ!
あんたらみたいにボンボンやれるなら襲われた時点でやってるわ!
「う、嘘つけ!! 〝セントエルモ〟は大魔法なんだぞ!
対抗魔術以外で防げるかよ!? つーか魔導ならともかく『力』ってなんだ力って!? 嘘だろ!?」
「ふん、お前が何者か知らないがなあ、相手が悪かったぜ」
はっきり言って、俺は相当頭にきていた。そりゃそうだ。
死にかけたんだぞ。神様の力(「加護」とでも言うのかな)がなかったら間違いなく頭を貫通して死んでいただろう。
本来なら折り合わずに逃走したほうがいいのだろうが、どうしても言ってやりたかった。
「俺の名はエクス!!! 世界一『力の強い』男だ!!! 魔法かなんだかしらねえが、甘く見るなよ!」
ざまあみやがれ! 決まったぜ。かっこよすぎ。
と、天高らかに俺が口上を述べた瞬間、両脇をガシッと掴まれる。如月とソラさん。台無しだ。
「なにをやっとるんだ御主は!」
「でも、今のうちです」
ずるずる引きずられる俺。いやいや待て待て! 自分で歩けるって!
すると、背後で爆発するような巨大な音が響いた。もう音源は確認せずともわかる。
俺たちは思わず足を止めた。正直言ってもう逃げられる気もしない。ずーっと走っていたのだ。それも負傷しつつ。
月並みな表現だが足が棒のようである。
「……よくわからねえが……術士でもないのにオレの魔法を弾くとは、やるじゃねえか! 気に入った!!」
な……!!
ボボボボボ! という炎がはじける音とともに高速で俺たちの目の前に回り込む火炎術士。うっそだろ!? そもそも魔法使いって動きは遅いイメージがあるんだが……
「お前ら、魔法の才はねえのか!! なら教えといてやる!!
オレはファイラ! 火炎術士だ!! 火炎術士を表す術花は――――『蘭』!」
ジリジリと皮膚に食いつく熱気、そして闘気。
マジかよこいつ戦えるなら誰でもいいのか。俺は再び炎を弾くため両手に力を込めた……ってうまくいくかな。
「花言葉は―――――――『激情』!! さあ、熱くなれ!! ……行くぜえええええええ!!!」
来る――――俺は再び腕を振り上げた。
なんで『神剣』を使わないんだとか言わないでくれ、こっちも切羽詰まってたんだ。
が、結論から言うと炎が俺に飛んでくることはなかった。なにやら相当強そうな攻撃がきそうな雰囲気だったのだが、
割って入った濃紫ローブの魔術士。確か幻術士とか言ってたか。こいつがその炎を『消して』しまいやがったんだ。杖をかざした瞬間、『まるで最初からなかったかのように』でかい炎が消えた。
「その辺にしたまえよ火炎術士くん。これ以上やるならお互い血を見る。
『連合』に所属してる以上君は好き勝手できないだろう?」
「うるせぇ!! 退けイドロ! 打ち消し魔法か! 面倒なことしやがって! というかお前も燃やすっ!」
「まだ分からないかい。ならここまで言おうか。この件には『元老院』が絡んでいる。僕の独断じゃない」
その言葉が飛び出たときのことだ。
火炎術士…ファイラの顔色が変わった。嫌悪感のような、嫉妬感のような、そして恐怖心のような、
いろいろな感情が一気に吐露された表情。ごく一瞬だ。
「あんだと……?」
「君もボクも……ここで無益に血を流し魔力を消費するわけにはいかないと思うんだがねえ……」
「ちっ……」
ファイラの周囲でくすぶっていた炎がすうっと引いていくのがわかる。
俺は強がっていたが心中ほっとした。正直こっちはあんな連中とやりあいたくないね。やれやれだ。如月の言うとおり。こいつらイカれてる。
ファイラは杖を虚空に放り投げた。炎がたちまちそれを包んだかと思うと、次の瞬間パシュン! と音を立てて消える。
そして、同時に足元には光り輝く円。その中に星型に幾何学的な模様が内接している。魔法陣ってやつか……?
輝きが強まり始める。ファイラが俺の名を呼んだ。
「……覚えたぜ。その顔、その名前。んでお仲間もな……」
―――――――今度会った時は……
その言葉を最後に、魔法陣から炎が吹き上がる。
それが風に流れた時、あの火炎術士の姿はどこにも見当たらなかった。
***
一難去った。やれやれ……ったく冗談じゃねーよ。本当に災難だ。
俺はその近くの瓦礫に座り込んだ。俺だけじゃねえ。如月も俺の隣にドカリと腰を下ろしたし、ソラさんもぐったりとした様子でその辺に寄りかかっている。
俺はもう一人……幻術士イドロを見た。
「助かったよ。サンキューな」
「んー? んっふふふ……そりゃどうもね。ボクの方こそごめんよ。君たちまで幻術に巻き込んじゃったみたい……」
言い終わらないうちだった。ガチャリ、という音。
「!? ソラさん……!?」
「……あなたも……早く私たちの前から消えてください……」
リボルバー拳銃の冷たい銃口が―――――――幻術士の額に向けられていた。
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