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その12 『幻想の国』へ

 小窓からの微風に、ショートの髪が揺れる。カウンターにはルーペと青色に輝く宝石が置かれていた。

 仕事を一息入れて、そのまま休息したという雰囲気である。

 そっと覗き込んだ寝顔があまりにも気持ちよさそうだったため、さて起こすのも忍びない。出直そうか思案していると、ところが気配が目ざまし代わりになったのか、そっと目を開ける。

 わずかに充血した半顔を見ると、バロンボルトはクスリと笑った。「おはようございます」


「ああ。あなたは」


 黒縁メガネを押し上げて、それからわずかに伸びをする。バロンボルトは三角帽子をカウンターの隅に置いた。


「ゼダム様より手紙をことずかってきました。幻想の国へ攻め入る手はずと、「11巻」について」


「そこへお座りくださいな」


 傍らに立てかけていた「哲学者の杖」を一振りすると、サファイアの原石は踊るように宙に浮き、ひとりでに棚へと戻った。

 勧められるがままにバロンボルトは腰を下ろす。安楽椅子を動かし、フィンフィアは彼と向かい合った。


「して、フィンフィア様、今後のことですが」


「はい」


「賢者を二人も投入するとなると、これは大変なことです。我々魔法使いが「11巻」を狙う理由を、教えていただけませんでしょうか」


 彼の直属の上司であるゼダム・モンストローサはもう知っていることであったが、彼女は今フォーカリアにいない。

 伝言を渡すため、直属の部下であるバロンボルトがこうしてやってきたというわけである。


「それは無論のこと、「永遠の書」に価値があるからですよ。1巻から10巻ではなく、11巻まで含めて」


 フィンフィアは一度目をこすると、ようやっと完全に眠気を追い出したらしい。いつも達観したような、全てを見知ったような錬金術士の目に戻っていた。


「ほう。となると、フィンフィア様が昔から探している11巻は……」


「ねえ」


 バロンボルトははっとして言葉を切った。

 彼の手にフィンフィアが自分の手をそっと重ねてきたからである。


「フィンフィア「様」なんて他人行儀な言い方はやめて」


 すっと腰を浮かそうとしたフィンフィアを、バロンボルトは片手で制した。


「賢者見習い(※賢者直属の部下)と賢者は恋愛禁止だ。もし元老院に知られたら僕も君も……」


「元老院も今は()()よ。それに、周りは三重に結界を張ってあるから大丈夫。私の防御魔法陣を打ち消せるのは、それこそ賢者くらいのものよ」


「……しかし……」


「それとも……」


 安楽椅子がくうと揺れる。フィンフィアが立ち上がったのだ。彼我の距離が縮む。

 ほのかに香る彼女の甘い香に付け加え、控えめながらも端正な顔立ちに見つめられる。バロンボルトはどぎまぎした。


「私のこと、嫌いになった……?」


 耳元で囁かれると、それまで抑えていた気持ちが沸き立つのを感じる。

 ここへ来るまでしっかりと抑制したつもりだった。だが目の前の恋人の顔を見ていると、とてもそんなことが不可能であったと、ひしひしと思う。

 我ながら厄介なものだなと思うが、しかし一方で、いや、むしろこちらの方が多い。その厄介さを彼も歓迎する。


 絡めた指に力がこもった。

 「そんなはずないだろう」囁き返すと、フィンフィアはバロンボルトにしなだれかかった。


「……「永遠の書」はね……」


 ちょうど肩を抱くと、フィンフィアは気持ちよさそうに眼を細める。眼鏡を外してカウンターに置くと、それから話し始めた。

 体はバロンボルトに預けたままだ。


「11巻。それ自体に価値はないわ。小説家と読書家にとっては喉から手が出るほど欲しいんでしょうけどね。重要なのは、1巻から11巻。それらが全て揃って存在していること」


「ほう」


 そういえば、ゼダムも似たようなことを言っていたのもを思い出す。

 11冊どれが欠けても意味がないのだ。無論のこと、本来完全版と称される全集でも、魔法使いにとっては意味がない。


 ()()使()()()()()()()

 重要な点はここである。フィンフィアは顔を上げた。下からバロンボルトを見上げる状況。普段の彼女からは想像もつかないほど、艶やかで。

 わずかに上気した頬は、久方ぶりに最愛の人間に会えたことで珠が差している。


「「永遠の書」は、11巻構成の「魔法書」なのよ」


「……「魔法書」?」


「そう。11巻揃って初めて意味をなす、たった一つの呪文のために作られた魔法書。ラウィが10巻分確かめたから間違いないわ」


 言いながらフィンフィアは自分の同僚の賢者……ラウィ・リンゼアナの言葉を思い出す。

 『これは自分が魔法使いであると気づいていない人間が書いた、「偶然出来上がった魔法書」だ。

  時々いるんだよ。賢者級の魔力を持ちながら、その才に気づかず一生を終える、非凡な凡人が』


「……となると、大作家ゼオン氏は魔法使いだったと。それもゼダム様やフィンほどの魔力を持った……しかし当人は……」


「ええ。気づかなかった。一度も魔法を放つこともなく、寿命も人間並みで息絶えた。しかし、たった一つの魔法書を、()()()()書き上げてしまったの。「永遠の書」というね。

 彼の場合、魔力を打ち出す媒体は杖ではなく万年筆だったというわけよ」


 魔法使いは何か物を介して魔法を放つ。これが唯一の弱点だ。だからこそ連中と対峙したらまずその得物を狙うこと。

 その「得物」に当たる部分は、術者によって千差万別だ。大部分は杖であるが、バロンボルトのように剣であったり、それからゼオン氏のようにペンであったり、ということも当然あり得る。

 フィンフィアは言い終えると、もう一度バロンボルトの胸に顔を埋めた。


 ────そういうことか。


 彼女の黒髪を手で優しくすきながら、ようやっと合点がいったというように彼は頷く。

 なるほど魔法書であれば、確かに魔法使い的に価値がある。

 おそらく「11巻」の存在に最初に気づいたのは、ラウィであろう。10巻まで鑑定してその「不完全さ」を見抜いたのだ。

 同時に後一巻あれば「完成系」であるということも分かったということ。そうしていま賢者を総動員して、フォーカリアの元老院は全11冊を奪取しようとしている。


「……となると、永遠の書で発動する、その呪文は……?」


 一般的に魔法書の量が多ければ多いほど、対応する呪文は強力なものになる。

 フィンフィアはくすりと笑った。そう、問題はそれだ。


「ハオルチア大陸を動かす」


 彼女は言う。


「そういう呪文と推測されてるわ。もっともこれは予想。国そのもの……いや、大きな混成大陸を「動かす」ということが何を表すのか、定かではないけれどね。

 そのままの意味か、それとももっと裏があるのか……」

復活……!! とまでは行きませんが、休載するのはつまらないので更新!


次回更新は→9月7日(予定)

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