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その11 剣征会最強11

「……未完?」


「そうです。「永遠の書」は完結していないんですよ。それはつまり、10巻構成ではないということです」


 もう一度ラミーは机の上の文庫に触れる。

 永遠の書。第10巻。簡素な表紙の中央には、幾何学的な模様が描かれて居る。ハードカバーの原本を持ち歩きやすいよう縮小したものだった。


 ───未完……


 考えてみたところで、しかし実感は沸かなかった。

 一通り読んだが、どう考えても続いてると思えないのだ。

 大まかなストーリーは自分が描いた物語の中に、自分がトリップしてしまうというもの。しかも、そのトリップする物語の方が「未完」なのである。

 書きかけの話の中に侵入し、作者である主人公が過去に自分が考えた主人公とともに冒険する。そうして作者本人ですら知りえない謎を解き明かしていく、というのが醍醐味であった。

 最終的に未完の物語を完結させるというのが、永遠の書の「完結」である。


「なぜ完結していないと?」


 内密にお願いしますね、とラミーは言った。


「そもそもファンタジア祭は、文芸コンテストです。作品を投稿させて、最高の新人作家を決めるのです。今回のファンタジア祭での賞品として、この11巻が出されるのですよ。極秘事項です」


 そう言ってラミーは第一巻を手に取った。

 慣れた手つきでページをめくる。ドラセナはその姿をぼうっと見ながら、脳裏では今の言葉を反芻していた。


 ────永遠の書、第11巻


 なるほど。

 剣征会と大陸警察、二つの大きな戦力を投入してまで警護する理由がようやっとわかった。


「幻想の国の運営によると、今回のファンタジア祭では、過去最も大規模なものになるでしょう、とのことです」


 例年、ファンタジア祭の褒賞は賞金だけであるという。

 しかし、今回はゼオン氏の没後50年。賞金の額も過去の追随を許さない。加えて、11巻だ。だからこそ警備も厳重、だからこそ……


「「帝国軍」も動きます」


 ラミーの言葉に、ピクリとドラセナの眉が動く。()()()。ドレッドの顔が脳裏に浮かんだ。


「〝移動要塞〟カトプシス。帝国軍の幹部が攻めてくる。ファンタジア祭の真っ最中を狙うそうです。いやあ、怖い怖い」


 ガラミティ・〝D〟・ジェーンという帝国にいる「喫煙所」の構成員から得た情報であった。───ということまでは、ラミーは言わない。

 持ち札を公開しつつ相手を弄するのは彼の得意技であったが、切り札は最後まで隠すことにしている。


「連中の狙いはなんなんでしょうね。確かに永遠の書の11巻は魅力的ですが、それはあくまで読書家と小説家についての話でしょう。侵略国がわざわざ幹部を投入してまで欲しいもの、とは思えませんが」


 ドラセナは勝手が分からぬという顔をしていた。

 内心失笑しそうになったのはいうまでもない。ドレッドとともに、帝国軍にスパイしているのが自分たちなのだ。

 ラミーは連中が幻想の国に攻めてくるぞ、などとのたまっているが、もう連中の一部は幻想の国にいるのである。しかも目の前に。

 当然ながらカトプシスとも繋がっている。〝移動要塞〟が何たるかも既知であった。


 無論、言わぬが。


 ドラセナは紅茶を口に含んだ。

 同時にそれとなく剣の柄……その紋章に触れる。急激に精霊を凍結させる冷気が真紅の紅茶を包んだのだが、無色透明のそれはラミーには見えなかった。


「そういうわけですので、警護の際はよろしくお願いします。いやはや、しかしさすが真打ちだ。頼もしい。()()()()()()()()()()な」


 ドラセナは差し出された手を握る。冷気のおかげで不自然に冷たい手だ。


「あなたこそ。現在先遣として、僕と朧とロロの、合計三人の真打ちが滞在しています。前夜祭が始まればアイリスが、本祭の期間中は真打ち全員で守ります」


 小国の祭りの警護としては、物々しすぎるほどだ。

 真打ち一人と副官一人で十分であろう。実にその7倍の人数を投入すると聞いて、ラミーは満足そうにうなずいた。


***


 魔法国家「フォーカリア」。同国プルプレア通り。

 西日が差し込む石畳の道の両側には、ケヤキの大木が植林されている。一番大きな老木の陰に隠れるように、その店は存在していた。


 古めかしい木製の建物だった。

 小さな階段の傍に植え付けられた手すりが滑らかに擦り切れている。

 木漏れ日の陰影によって茶と灰をたたえた看板には、魔力文字で「鉱物鑑定・販売 ※宝石ギルド未加入」と描かれていた。


 吹くそよ風がドア上部の鈴をりんと鳴らした。ちょうど古めかしいその扉の取っ手を握る人影があったのだ。「いかにも」魔法使いな三角帽子を脱ぐと、扉を開いて中へ。

 「フィンフィア様、いらっしゃいますか」若い男性の声である。


 ランプのオレンジ色に柔らかく照らされ、薄暗い。鰻の寝床のような縦に長い空間であった。

 足を踏み入れた瞬間、ほんのりとした木と石の匂が漂ってくる。棚という棚に収められた様々な鉱物、宝石から発さられていることはいうまでもないことである。


「フィンフィア様……あれっ」


 男は……ゼアム直属の賢者見習い、バロンボルトはそこで口を閉ざす。

 ちょうど正面─────これまた木製のカウンターの奥だ。魔法衣にローブという正装ではなく、カーディガンにロングスカートという出で立ち。

 フィンフィア・ジュエルコレクトは安楽椅子に座って俯きがちに静かな寝息を立てていた。小窓からの微風に、ショートの黒髪がわずかに揺れる。


 カウンターにはルーペと青色に輝く大きなサファイアの原石が置かれていた。

 仕事をしていて一息入れて、そのまま休息したといったところであろうか。

次回更新は→8月18日


でしたが・・・すみません。

体調が悪いので少し遅れます・・・

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