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その10 剣征回最強10

「いやあ、ここまでうまくいくと、我ながらちょっと怖いな」


 携帯端末を切ってから、ラミーは静かにティーカップに手をつける。 

 大陸警察────幻想の国支部。小さな応接室だった。四方の本棚には無数の本が所狭しと並んでいる。

 図書館を詰所として借用しているのだ。

 たった今淹れたにもかかわらず、紅茶は冷たい。気づいた対面の人物は「ああ失礼」と手刀を切った。


「僕暑がりなので、精霊を完全に封じてないんですよ」


 第三真打ち。空色の剣装に身を包んだドラセナ・アイスプラントは腰の剣に触れた。

 霜の紋章を親指が撫でた瞬間、一気に周囲の気温が上がった。外気と同等になったのである。


「お構いなく。それよりドラセナさん。うちのジェシーが、今からドレッドさんと軽く一戦交えるそうです」


「はあ、そうですか」


 大陸警察が誇る最高戦力にして、有事の際にのみ投入される特殊部隊『喫煙所。』

 その一端が仲間と交戦するというのに、ドラセナは淡々としていた。彼も紅茶に口をつける。

 氷を入れた時よりもさらに冷たい感覚が喉を過ぎた。


「剣征会最強の剣士とねえ」


 全く運が悪い。ジェシー・〝G〟・ジェイムズだったか。同情する。

 何秒持つだろうか。その時再びラミーの端末が震えた。


「はい。ええ、あなたは……そうそう、ジェシーさんの従者の方。えっ、もう彼は負けたんですか。重症? そうですかそれはそれは」


 ドラセナはちらりと自分の懐中時計を見た。秒針は10を指している。54秒か。さすが『喫煙所』。長く持った方である。

 ラミーは端末を切った。


「いやあ、やっぱり『剣帝』はすごいな。ジェシーさんはああ見えて、喫煙所でも古株でね」


「でもその敗北も、あなたの予想通りなんでしょう」


 そもそも目の前のこの男は、これまで『予想外』の事態に見舞われたことがあるのだろうか。

 「もちろん」とラミーは頷いた。


「これで剣征会と戦う口実ができました」


「ほう」


「いやいや! 勘違いしないでください。今すぐ戦うなんて言ってません、というか、そんなことしようものなら僕はすぐ殺されてしまうでしょう」


 なんといったって今目の前に真打ちがいるのだから。


「そういう場合もあるかもしれません、ということです」


「僕にそれ言っちゃっていいんです? あ、そうか僕に聞かせるのも「予想通り」ですか」


「正確には、あなたとドレッドさんに、ですが」


 ぴくりとドラセナの眉が動く。

 そんなことどこ吹く風でところが、ラミーは机に積まれた一冊の本を手に取った。文庫本である。


「ところでドラセナさん。この本読んだことありますか」


「もちろん」


 『永遠の書』と題名されていた。作者、ゼオン・シンビフォルミス。イラスト、同。


「めちゃめちゃはまりました。僕の出身の……『氷の国』でも売られてましてね。ええ。ユリアが好きだったんですがね。

 彼女が裏切って、黒幕と判明する感を読んだ後、ショックでしばらく寝込みました」


 ユリアとは『永遠の書』に登場する女キャラクターの名前である。

 金髪の髪のエルフ族で、弓の名手。搦手と奇策を得意とする変速型の戦士という設定だ。

 当時の他のファンタジー小説ではエルフは剣士である場合がほとんどであり、ユリアはその固定観念を崩した画期的な登場人物である。

 作中では主人公たちの味方なのだが、のちに黒幕側ということが判明する。永遠の書の中でも重要なキャラクターで、当然ながら人気も高い。

 幻想の国では彼女を捩り、裏切り者や背信者を『ユリア』と呼ぶことがあるほどである。裏切り者の代名詞であった。


「結構。では作者の方は?」


「作者? ゼオン氏のことですか。さあ……」


 本は読んだのだが、作者まで注釈していなかった。高名な小説家というくらいである。

 同時に質問の意図がわからず、ドラセナは首をかしげる。


「実は、今日こうしてあなたと会う理由に関係しています。警備の概要をご説明しておこうと思いましてね」


 ゼオン・シンビフォルミス。

 今回開催されるファンタジア祭では、この天才作家が如実に関わっているという。ラミーは別の本を手に取った。『永遠の書・第10巻』


「ゼオン氏は幻想の国を代表する作家です。おそらく最も有名で、そして最も偉大。今後こういう存在は現れることはないでしょう。

 ハオルチアで『小説家』の代名詞といっても過言ではない」


 そうだろうなと思う。

 なんといったって自分のようなあまり活字に親しまない人間でも楽しく読めたのだから。ドラセナは思考した。


 ゼオン氏はまさしく天才だった─────というわけではない。

 むしろたたき上げの小説家であるという。これはドラセナが意外に思っていた。永遠の書を読んだとき、こんな素晴らしい小説がこの世にあったのかと驚愕したものだ。

 まさしく作者は天才であると思ったものだ。


「初期の作品はあまり売れていないそうです。今はどれもベストセラー、それぞれの作品に専属の研究者がいるほどですが」


 彼は若い頃いわゆる『売れない作家』だった。

 出す作品出す作品どれも初版止まり。幻想の国に作家は掃いて捨てるほど存在するため、必然的に競争率も高いのだ。


「売れない作家というのはねえ、悲惨らしいんですよ。特に幻想の国では」


 それはこの国の「闇」の面でもあった。ハオルチアの40パーセントの書物が刊行され、誰でも作家になれる国。

 しかし、出した本が読まれるとは限らない。文豪を夢見て本を書き、現実を突きつけられる作家は少なくなかった。


「作家以外の職はあまりありませんからねえ。幻想の国は。コネを持った商人や、我々のような────」


「職にできるほどの精霊や武力を持ってなければ、ですか」


 ドラセナの言葉にラミーは頷く。「その通り」


「ですから、書くことを途中でやめる人もいます。数巻だけ出してね。いや、そっちの方が圧倒的に多い。無数の本が出ますが、完結して最後まで刊行されるものは少ないのです」


 へえ。ドラセナは感心した。なるほどそういうものかもしれない。

 『作家を名乗ること』は可能だが、『作家であり続けること』は難しいのだ。自分たちはこのうち後者────すなわち売れている作家のみに目が行きがちである。

 実際に彼が手に取った本は、それこそゼオン氏をはじめとして超一流の作家のもののみだ。だが事実として、その背後には無数の『売れない本』が転がっているのである、

 売れず、読まれず、そして完結しない。そういう本が。売れている本の10倍……いや、1000倍は存在する。


 ゼオン・シンビフォルミスは新人作家の頃、その「売れない方」だった。


「しかし、彼は書き続けた。幸いにも絵が描けたので、そちらでなんとか食いつなぎながらね。どんなに売れなくとも、読まれなくとも、書き続けたそうです。

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「そういえばゼオンさんはイラストレーターでもありましたね」


「絵の方も価値がありますよ。それこそ売れない頃に描いたものは、今アンティークギルドで一枚五百万ツーサで取引されています」


 そこでラミーは紅茶に口をつけた。


「ちなみに、氏はスクール水着がお好きだったようです。そういう少女の絵をたくさん描かれています」


「ほうほう」


 作者と趣味が合いそうだなとドラセナは思考する。

 そこで彼もティーカップに手をつけた。が、中はすでに空だ。ラミーがおかわりの有無を尋ねると、遠慮なく頷いた。


「いただきます」


「ええ。それでですね。ところがですよ。未完を何よりも嫌ったゼオン・シンビフォルミス氏ですが、最近こういう調査結果が出ましてね」


 ラミーは話しながら紅茶を注いだ。


「『永遠の書』は未完なのではないか。つまり、10巻構成ではない、ということです」


 同時に、

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次の更新は→8月14日

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