その9 剣征会最強9
どうしてジェシー・〝G〟・ジェイムズが。
アープは思考した。喧騒と人だかりが自分をうまく隠しており、どうやら向こうが気付いていないようである。
「とにかくドレッドを出せえ!」
「ダメだ」
セーラなにべもなく言う。ジェシーはむぅと低く唸った。
興奮で赤らんだ顔は、もう銃を携帯していたら抜き打ってしまいそうな危うさがある。
だが幸いなことに、あの個人が扱うにはあまりにも大きすぎるガトリングガンを、彼は今もっていない。
「出せと言ったら出せ」
「ダメだって言ってるだろ。というか、今あいつはここにはいないぞ」
エレメンタリア東部の見回りをやってるんだったなと、アープは先ほどのセーラの言葉を思い出す。
その時である。「ウルセェなあ」という小さな声を、アープは確かに聞いた。寝起きのような間延びしたものである。
「……?」
振り返ろうとして、ところが彼は突き飛ばされた。くだんの声の主が、強引に人だかりをかき分けたのである。
「ドレッドはオレだが。なんだてめーは」
ばんと鉄扇を開く音が響いた。
アープはそちらを見る。漆黒の剣装に身を包んだ、隻腕隻眼の剣士─────最終真打ち、ドレッド・ダークスティールは、まだ見える左目でジェシーとセーラを見つめていた。
***
「えっ」
おい、なんでお前がここにいるんだよ。
セーラは問う。ジェシーよりアープより、誰よりも彼女が困惑していた。
「またサボったのか」
「いいじゃねえか。どうせ世界は平和なんだ。退屈なことにな。おい、そこの! そこのでかいの。オレに何か用か」
反論しようとするセーラを無視して、ドレッドはジェシーに言う。ことを説明すると、「は」彼女は口をへの字に曲げた。
「なんだそんなことか。断る。ただでさえそこのオリハルコン女にこき使われてるんだ。この上仕事を増やされてたまるか」
さっきまで寝てた口が何を言うんだ、とアープは思った。
「剣征会の面々はどいつもこいつも……」
それまでいきり立っていたジェシーであったが、それから大きくため息をついた。ぐるりと周囲を見回す。
────おっと。
アープは前の野次馬の背に隠れた。今見つかったら面倒だ。
それからジェシーはドレッドに片手を差し出して待たせると、小型端末を操作する。2メートルを超える筋肉の塊の彼が使うと、まるで子供のおもちゃのようだ。
「もしもしラミーか!? おうおうおうおう。俺だ! ドレッドに会ったんだがよ、あの野郎こんな横着なことを……
え? 本当か! そりゃあ話が早くていい」
アープはギョッとした。ラミーも絡んでるのか。
これはいけない。あの切れ者に自分がこの場に出くわしたことが知れると、ジェシーに話しかけられるよりもっと面倒だ。
ひっそりとアープは踵を返した。そのまま小玄関の方から幻想の国へ戻る算段である。だが彼は又してもその足を止めていた。一発の銃声が響いたのだ。
***
「少々手荒なことをして連れていってもいいそうだ」
真上に撃った大口径拳銃の弾丸が、ちょうどアープの足元に落ちる。
場が静まり返っていた。ジェシーの言葉に、まるでみてはいけないものでも見たかのように人が一人、また一人と減っていく。
少なくなった剣征会の隊員の中には、アープが見知った顔もあった。
「……仲間割れ?」
ゴブリン百体分のゴブリンである。
ジェシーよりも長身で、小山のような肉体。その魔物は今、真新しい剣装に身を包んでいる。
「ほっとけ。ドレッドさんだろ。いつものことだ。行こうぜ朧隊長がお呼びだ」
同じ三番隊の仲間であるガースは言う。二人はちょうど通りかかったところであった。
約1章ぶりの登場である。風の精霊「シルフィード」の使い手の、逆立った髪の少年。初めは魔物が入隊したと聞いて驚いたものだが、ゴブリンの屈託のない性格に、すぐに打ち解けた。
────あの会話を聞くに……
ドレッド・ダークスティール。相当に素行が悪いらしい。アープは思考する。
「手に負えぬよ」
「やっぱりそうか。見るからに凶悪そうな……って、お前か」
「セーラさんはあんなところにいたのであるか」
いつのまにか戻ってきたカンロがため息をつく。ドレッドが面白い……そう呟いて口角を上げたところであった。
「……ちょうどいい」
無造作に後腰に釣った剣─────柄布も切れ切れ、鞘も傷だらけのそれを叩く。
鍔鳴りのような音が響き、呆れていたセーラは表情を変えた。
「退屈してたところだ」
「おい、ちょっと待て。ダメだ。ジェシーさんも引いてくれここは」
ジェシーとドレッド。二人の間に割って入ろうとする彼女は、ところが阻まれる。
同時に二人からだ。彼女はまたため息をついた。
「……剣征会最強」
「ん?」
アープは隣を見た。カンロが蜂蜜を舐めようとしている。
ペロリとした先に乗せると、彼女は続けた。
「誰であると思う?」
「……そりゃあ……」
少し考えてみる。
オリハルコンの剣で、万象を断つ剣士、セーラか。
理論上傷つけることは不可能とされる剣術を扱う朧か。
絶対零度すら燃やすといわれるアイリスか。
爆炎すら凍結させるといわれるドラセナか。
狙われれば生存不可能と名高いロロか……
「手前は真打ち7人の精霊の詳細、身長、体重、流派、癖まですべて記憶しておるのだが……」
論理的に考えて。
ちょうどドレッドが一歩踏み出した時、カンロは続ける。従者二人がかりに持ってこさせた巨大なガトリングを、ジェシーも片手で持ち上げていた。
「剣征会最強は────」
聞かずとも、
その先の言葉を、ワイアット・アープは推測できた。
次回更新は→8月9日




