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その8 剣征会最強8

 話はこれで終わりだ、とアープは言う。

 それからいつのまにかカンロが用意していた冷水に口をつけると、ふうと息を吐いた。


「それで……? それでどうなったのであるか?」


「言っただろう。話はこれで終わりだ、と。アネッタは死んだんだ。

 フィンフィアはおそらく生きてるだろう。死体が見つかっていない。」


 抑揚のない声で彼は答えた。

 注釈すると、少し前に『春のない国』で行われた対帝国会議。あの場でフィンフィアはフォーカリアの代表として、

 そしてアープは大陸警察代表のラミーの護衛として参加している。ところが彼は対策会議そのものには出席しておらず、結果フィンフィアと顔をあわせることはなかった。

 くだんの賢者があの会議に参加していたと知ったのは、喫煙所に戻ってからのことである。


「つまりその銃は……」


 抜き去った活性剣『ワルキューレ』をそのままに、黙って話を聞いていた例であったが、ふと言葉を挟む。

 そのエメラルドグリーンの瞳はアープが弄ぶあまりにも長い銃『バントラインスペシャル』に向けられていた。


「ああ」


 ところが、その先を紡いだのはアープではない。

 はちみつをひとすくいしたカンロは、断定的にこう述べた。


「二つの銃を一つに合わせたのだろう。だから銃身が長い。おおよそ一般のそれの倍以上というわけであるな」


 鋭いな、とアープは素直に感心した。その通りである。

 『バントラインスペシャル』はもともとアネッタの愛銃であった。保安官に就任した際、記念として送られたものだ。

 ゆえに実用性とは対極に位置するパールグリップ、かつ長銃身となっている。


「俺はアネッタのその銃に、自分の銃を複合した。腕のいい流浪の銃技師が一度幻想の国に来てな。そのとき無理言って作ってもらったんだ」


 その長い銃身に、アープは自分が持っていた銃をくっつけたのである─────そう銃技師に頼んだ。

 外見はアネッタのものをベースに、そこに一度ばらした自分のものを組み込む形だ。

 結果として、威力は通常のN.A.A.の二倍ほど。そして銃身長が実に16インチもある。あまりにも大きな銃が生まれた。


「アネッタが死ななきゃならなかったのは、俺の力不足が原因だ」


 アープは自嘲気味に笑う。


「そうだろうか? 話を聞くにその錬金術士は、個人が戦えるレベルではないではないか。君がどんなに強かろうと、結果は変わらなかったと思うがね」


 例のその言葉を聞いた瞬間、ところガープはまた笑った。自分を嘲るような笑みである。「違うな」


「俺の早撃ちが後0.3秒早かったら、アネッタは死なずに済んだのさ。フィンフィアは倒せなかったけどな」


「と言うと……?」


「フィンフィアはもともと戦闘向きの魔法使いじゃない。ゆえに、自分の魔力の乱れを知るのに若干の時間的な誤差があるんだ」


 これは賢者、フィンフィア・ジュエルコレクトが作成したホムンクルス。その残骸を見聞してからわかったことだった。

 例えば何らかの魔力的精製物があるとして、それが破壊されたとする。戦闘型の魔法使い──────例えばゼダムなどの場合なら、破壊されれば即座に分かる。召喚した生物が破壊されたとして、それを知るためにタイムラグは存在しない。

 破壊されれば『その瞬間に』わかるのだ。


「しかし、あの錬金術士はその限りじゃない。もともと戦闘型じゃないらしくてな。ホムンクルスに危機が迫ると、0.4秒後に術者に伝わる」


「逆に言えば0.4秒以内に倒せば、そのホムンクルスの死は伝わらないということか」


 続きを述べたカンロに、アープは頷いた。


「当時の俺の早撃ちは、0.7秒だった」


 もしもあの時──────フィンフィアの作成したホムンクルスを狙ったあの早撃ちが0.3秒早ければ……アープは思考する。

 もう何度後悔したかわからない。未だに夢に見て、うなされるほどだ。

 アネッタを、自分の親友を殺したのは、ほかならぬ自分自身かもしれない。


 これが彼がただ一つ……早撃ちを極めるに至った理由でもある。

 もう後悔しないためにも、そして出来ぬ贖罪のつもりでもあった。彼はひたすらクイックドロウの腕を高め、結果として『喫煙所』に勧誘される。


「……これで終わりさ」


 やはりアープは力なく笑っていた。3度目の自嘲である。「そんなに楽しい話でもなかっただろう」


「確かにな。だが、すべて聞かせてもらった。その銃に関することも、そして宿った魂も」


 レイは断定的な口調で続ける。


「なら次はそっちの番だ」


 言いながらアープはホルスターに収めたバントラインスペシャルを取り出した。

 「さあ治してくれ」。ところが、その言葉は中途で消える。


「な……」


 もう、アープの愛銃は『治療』されていた。


「約束は守る。剣石のエメラルドにかけてな」


 漆黒の瞳を驚きに揺らしながら、アープはレイを見つめていた。

 治っていたのだ。彼の愛銃『バントラインスペシャル』は。はっきりとアープの指がトリガーに引っかかる。折れたはずの引き金は、まるで最初からそこにあったかのように復活しており、周囲のヒビや欠けも完全に取り除かれていた。


「……一体どういう」


 アープは愛銃をホルスターに収めた。

 ほとんど同時に、レイは自分自身の剣の柄、そこに彫り込まれた『薬草』の紋章に触れた。






「────────────覚醒。『エイル』」






 アープは一瞬だけその姿を見た。

 精霊使いは自身の精霊を呼び出す際、一瞬の味噌の姿を顕現するという。

 彼の目に飛び込んできたのは、薄い衣をまとった色白長髪の女であった。ハオルチア大陸西部を思わせる顔立ちである。

 衣が風もないのにふわふわとはためいていた。とはいえそれは一瞬のこと。次にアープが瞬きした時にはもう消えていた。


「僕は医者だ」


 レイは言う。黒縁メガネを一度押し上げ、白衣の裾をわずかに揺らす。


「そして僕の精霊も、医者だ」


 者(物)に宿る魂を『見て』『治療する』。

 そういう医者だ、と彼は続けた。


***


 レイと別れてから、アープは帰路についていた。

 再び剣征会の長い廊下を歩く。その腰のホルスターには確かに復活した『バントラインスペシャル』が収められている。


「よかったであるな」


「ああ。感謝してもしきれない。さすが銀色のスナイパーが銃を任せるだけのことはある」


 カンロは彼と共に歩いていた。セーラに用事があるのだという。


「お前には悪いことをした。あの、本当に……」


「なに気にするな」


 一緒に歩きながらカンロはヘラリと笑う。

 「私が挑発したからである」その薄い胸にはレイと同じ、大粒のエメラルドが光っていた。本来真打ちのみが身につけるそれを、副官である彼女も身につけているのである。

 どういうわけなのか気になった。そういえば、結局彼女はどういう存在なのかわからずじまいである。曰く「剣士ではない。」曰く「参謀」だが、その実力は未知だ。


「それじゃあ俺はこれで。レイ隊長によろしく」


「うむ」


 ちょうど階段を上がろうとしていたカンロに別れの言葉を述べてから、さてアープは小玄関から出ようとした。

 ところがだ。妙に騒がしい。それだけなら無視しだのだが、すれ違う隊員のある言葉が彼を引き止める。「おい、喫煙所が……」


 ────何……?


 今なんといった? 「喫煙所」?

 彼は踵を返した。ちょうど騒ぎは正面玄関で起こっているらしい。歩を早めると、その時だ、見慣れた同僚の姿がアープの視界に飛び込んでくる。

 セーラと言い争いしてるではないか。


「あのなあ、勘弁してくれよ。そんな話聞いてないぞ。同盟として幻想の国に向かうのは明後日の話だろう」


「おうおうおうおうおうおう! 事情が変わったって言ってるだろうが! セーラ・レアレンシスさんよ! いいから早く第七真打ちの面を貸せっ! 今から一緒に幻想の国に行くんだ」


「ダメだ。ドレッドは今エレメンタリア東部の見回りに行っている。こっちの警備に支障が出るじゃないか」


 「じ……ジェシー……?」アープは呟いた。

 自分の同僚が従者を連れてセーラと何やら言い争っている。お世辞にもいい雰囲気とは言えなかった。

次回更新は→8月4日

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