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その6 剣征会最強6

 魔法使いの弱点は何か?

 魔力を持ち、人間より長い寿命を意のままにし、のみならず物理的に不可能な事象ですら再現してしまう。

 高い戦闘力から事実上万能に見えてしまう彼(あるいは彼女ら)であるが、それでも弱点が存在していた。


 その前に、魔法使いの共通点を述べておこう。

 彼(あるいは彼女ら)の共通点は必ず一本の杖を所持しているということである。それもかなり長く、1mを超えるものがほとんどだった。

 用法は言うまでもなく、体内の魔力を体外に術として放出する、その媒体とすることである。材料は魔力抵抗が低く、親和性の高い銅素材、あるいはにれで作られていることががほとんどだ。(例えばフィンフィアの持つ『哲学者の杖』は、真鍮(黄銅)の芯を楡で加工している。)

 全ての魔法は杖を介して放たれる。体内の魔力を杖で任意の魔法に変換し、そして放つ。


 この共通点こそが、弱点でもあった。


 杖である。

 魔法使いは杖を使用しなければ、魔法を扱うことができない。それこそが最大の短所。体内の魔力を外に顕現させるためには、媒体は必要なのである。それが杖だ。

 そして魔法使いと相対した場合、攻略すべき点。連中の攻撃が全て杖由来である。

 使う術はさまざま、いや、その姿形ですら魔法で如何様にもできる場合が多く、そして寿命ですら軽く人間を超越していることすらある多様な種族・魔法使い。


 杖を壊されれば魔法使いは弱い。どんなに強力な魔法使いでもそれは同じだ。だから得てして彼らは頑丈で質のいい杖を使う傾向にある。

 例えば防御魔法を重ねがけしたり、はたまた転移魔法で壊されそうになったらすぐさま異空間に移したりなど、当然対策は取っている。


 ()()()()

 魔法使いと相対する場合、まず言われることであった。アープもちょうど知り合いの……もう殉職した保安官から聞いていたことである。


「な……!!」


「アネッタ!」


 駆け寄るアープ。彼を片目で見つめながら、ようやっとフィンフィアは立ちあがった。

 黒いローブの裾が揺れ、『哲学者の杖』がこつりと地面を叩く。抑え込んでもまだ溢れる膨大な魔力の一端が、粒子状にフィンフィアの周囲を渦巻いていた。「接近戦なら勝てると思いましたか」


「……──────『賢者』を舐めないでいただきたい」


 似つかわしくない甘い匂いが周囲に漂っていた。

 アネッタ・バントラインの右手より。彼の利き手は肩から先が外れて……まさしく目がそむけたくなるものだが、あめ色のよく焼けたケーキとなって床に転がっていた。

 グロ中尉どころの話ではない。慌ててアープが駆け寄ったものの、しかし痛みはないようで。呆然と肩から先を見つめる。我に変えるとフィンフィアをにらんだ。


「てめぇ……!!」


「いや、失礼」


 落ちた拳銃を慌てて拾う。にらみ合うアネッタとフィンフィア。

 ところがアープは別のことを考えていた。今目の前のこの少女、一体なんといった?


  ───賢者だと……


 『ペンタグラムの五賢』。

 広大なハオルチアに五人だけ存在する、比嘉と隔絶した実力を持つ魔法使い。

 膨大な魔力を自由自在に操り、優に数千年を生きるほどの寿命。()()()()()()()()()()()()()ことすらあるという。その存在は、ほとんど伝説上のものとなっていた。


「……賢者がどうして……」


 なぜ賢者が、幻想の国にいるのか。

 それだけではない。一介の小説家の作品を、なぜ賢者自ら赴いて探すのか。


「いいえ」


 おそらくアープの思考がわかったのだろう。フィンフィアはくすりと笑った。


「『永遠の書』はただの小説ではないのですよ。表向きはそうですが。そして、ゼオン=シンビフォルミスという作家もまた」


 ただの小説家ではない。

 フィンフィアはそう言って言葉を切った。


***


「……おい、まずいぜ、賢者が相手なんて聞いたないぞ」


「俺だって同じだ。手をケーキに変えられるなんて思ってもみなかった。後でお茶する時に食うか」


 なんて軽口を叩いてみたものの、絶望は軽くならない。

 そう、それはまさしく絶望だった。どうやったって乗り越えられない巨大な壁のようなものだ。才能、そして魔力の壁である。


「俺たちをどうする気だ」


 アープはフィンフィアを見つめながら問いかける。幸いなことに彼の両手はまだ無傷。だが拳銃はホルスターに収められていた。

 ほとんど丸腰に近い状況────に、フィンフィアからしてみれば見える。しかしなぜだろうか。このガンマンの目には、警戒の色こそ見えど、焦りや恐怖を伺うことができないのである。


「私が幻想の国を荒らしていると元老院にバレたら、色々と面倒なので」


 まあ、どーでもいいか。


「死んでもらいます」


 言いながらフィンフィアは『哲学者の杖』を再び掲げる。なるほどやはり、アープの中に予備知識としてあった魔法使いそのものだ。

 大きく、そして質のいい杖。先端の水晶にフィンフィアの魔力が渦巻き、煌々と輝き始めた。


「……そうか。それを聞いて安心した」


 一方のアープは、

 そう、彼は今だ恐怖していないのである。激昂するアネッタと対照的に、心は水のように冷静だった。近づけない、構えて撃った銃撃も阻まれる。万策尽きた状況に見える。


 それでも、

 彼にはまだ……彼だけの『武器』は、この場に存在していた。


「は?」


「お前、」


 訝しげなフィンフィアを、この段階で初めてアープは睨む。それまで収めていた彼の闘志が、その瞬間初めて炸裂した。

 ワイアット・アープ。後に大陸警察の特殊部隊『喫煙所』で〝Q〟を名乗る彼の唯一の、そして最大の『武器』とは、


「悠長に喋りすぎだ」
















 ────────────早撃ち(Quick draw)
















 アープは相手を観察していた。

 フィンフィア・ジュエルコレクト。錬金術士は確かに相手を圧倒していた。飛んできた弾丸は空気をダイヤモンドに変えることで防ぎ、

 殴られようものならその手を甘い菓子に変えて無力化する。構えて撃つ。近づいて振りかぶって殴る。『事前にわかる』攻撃には滅法強かった。


 しかし、


 『分からない』攻撃はどうか。ホルスターに銃を収めたこの状況、フィンフィアが拳銃に詳しくないことが幸いする。

 格納した状態からすぐさま構えて撃つ。そしてアープのその技術はまさしく見えないほどに早い。弾丸だけが急に襲い来るかのような錯覚を受けるほどだ。


 アープは待っていた。

 アネッタがこちらに近づく瞬間、そして魔力を練るその瞬間を。

 こちらに攻撃の手段がないと高を括り、のんびりと魔力を練るであろうその瞬間、彼はもう撃ち終わっていたのである。それも、一発ではなく四発。


「……?」


 フィンフィアの表情が、ここへ来て生まれて初めて曇った。

 彼女からしてみれば奇妙である。ホルスターから銃を抜き構えた(ように銃が素人の彼女には見えた)にもかかわらず、もう銃口から白煙が上がっている。

 銃声が先に響いたように聞こえたのも、きっと気のせいではない。銃とは『構えて撃つもの』という彼女の常識は、『構えた時には撃ち終わっている』早撃ちをすぐには認識できなかった。


「お……」


 狙いは『哲学者の杖』だった。魔法使いと対峙したら、まず杖を狙え。連中は魔力を外に放出する媒体がなければ、魔法を用いることはできない。

 リボルバー拳銃『N.A.A.』から放たれた弾丸は、研ぎ澄まされたアープの狙い通り、フィンフィアの杖を叩き壊していた。ちょうど杖の先端、鳥かごのように編み込まれた楡の、その中央。クリスタルを的確に撃ち抜いていたのだ。

 三発がクリスタルを囲う楡を破壊し、一発がその中央を討つ。


 甲高い音が響く。

 固められていた魔力が空気中に散ると共に、ガラスが割れるように水晶が砕け散った。


「おやおや……」


 今度狼狽するのはフィンフィアの番だ。

 粉のように足元に散る賢者の膨大な魔力。クリスタルの破片。初めて色濃い戸惑いの表情が浮かび上がる。


「アープ! 受け取れ! 左手じゃ打ち損じるかもしれん」


 アネッタは左手で自身の拳銃を投げ上げる。真珠の装飾がグリップになされたそれは、ランプの光を受けてキラキラと輝きながら親友の左手へと到達した。

 もうアープが持つ拳銃には弾が存在しないのだ。最初に二発、今早撃ちで四発。N.A.A.は六発使用である。そして、自分の親友がこうすることも、アープの算段のとおりだった。

 フィンフィアが上ずった声を上げる。ほとんど癖で壊れた『哲学者の杖』を振った。魔法は発動しない。


「……ちょ、ちょっと待ってください。ああ、これは予想外。あんなに早く───」


「もう一度言うぞ」


 アープの左手がアネッタのリボルバーを受け取る。間髪入れず、彼は引き金を引いた。


「早く撃つとは……いや、私は最初、ちょっと待って! 仕掛けたのはそちらが」


「喋りすぎだ」


 弾丸は、フィンフィアの眉間を撃ち抜いた。

 大量の血液を撒き散らしながら、『賢者』は仰向けに倒れる。周囲の書物、そして壊された自身の杖を、真っ赤に染め上げ、ピクリとも動かなかった。

次回更新は→7月27日

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