その4 剣征会最強4
「……空賊?」
「ああ。護送中に脱走したらしい。まったく迷惑な話だ! いくぞ!」
ちょうど同僚の保安官が駆けていくところであった。そういえば、幻想の国の近くで大規模な空賊の摘発があったと。
かなり大きな一団の、ちょうど一角で会ったらしい。地方の国の自警団で処理するのは些か危険であると。その身柄は大陸警察に引き渡されることになった。『守護の国』という、本部のある国まで護送される手はずだったのだ。
『幻想の国』はその道中となっていたのである。と、ここまで説明を受けたアープとアネッタであったが、全く同時に一つのことを考えていた。
「親玉が奪還しに来たんじゃないのか」
「規模がでかいなら十分考えられるな。あ、あそこだ!」
幻想の国の保安官たちは、周りの住人を避難させているところであった。
人混みに逆らって、彼(あるいは彼女ら)をかき分けるようにして前へ出る。ちょうど見知った後ろ姿があった。自分たちの所属する幻想の国自警団の長だ。
「アガーさん」
「おお、アープにアネッタか。いや面倒なことになった。図書館を陣取って籠城してるんだ」
大きなどんぐり眼が印象的な、初老の男性……自警団長のアガーは顔だけこちらを向けるという。
ちょうど到着したアープとアネッタ。その正面には、遠巻きに場を見守る自警団、そして少数の大陸警察の構成員。
そしてそのさらに前方。『幻想の国指定中央図書館』。物々しい看板によって銘打たれたその場所は、ところが今は閑散としている。
いつもは多くの人で賑わう、所蔵率ナンバーワンの図書館。敵5人は護送中の大陸警察の人間を殺すと、我先にこの場を目指したという。
「人質は?」
アネッタが問いかけた。アープも聞こうとしていたことだ。
もし人質がいる状況で籠城しているのなら─────言うなれば立て篭りだ。相当厄介なことになる。まず優先するは人質の命。なんとしても……
「いや人質はいない。なんでも司書の話じゃ、全員丁重に外に出るよう促されたらしいんだ」
「ほれみろやっぱり! 罪のない善良な本好きを人質にとるたあ何事だ! 見てろよ必ず……ええ!?」
リボルバーを引き抜きブンブン振り回しながら興奮していたアネッタであったが、そこで素っ頓狂な声を上げる。
「……人質を取っていない?」
ちょうど大陸警察の一人が拡声の魔導で呼びかけたところであった。出てこい! 周りは包囲されている!
アープもまた僅かに眉をひそめる。もう一度……拡声の魔導にかき消されかけたが、アープはアガーに問いかけた。「一人も?」
「一人もだ。暴行されたり、脅されたりなんかもなし! 向こうに司書がいるから聞いてみるといい」
アガーがが指差した方向を見ると、なるほど確かに。女性の保安官に保護されている一人の人物が見えた。
「聞いてみよう」アネッタとアープ。どちらからともなく言う。丁重に挨拶しながら、女性の元へ向かった。
「あ、あの、私がいつものように本の整理をしていたら」
司書はまだ若い一人の少女であった。
白のエプロン。度の強い大きな眼鏡を掛けている。こんな時に些か失礼だが、とんぼのようだなとアープは第一印象をとった。
いかにも本好き、本の虫というような人物だ。途中恐怖と興奮で言葉が詰まりそうになったのか、傍らの婦警に背中をさすられる。
「突然! そう、突然です。大きな音ともに……」
「壁を壊して乱入してきたんですね」
アネッタがその先を紡いだ。ところがだ。司書は首を振る。
「いえ、玄関から入って来られました。それで、あの、その場にいた人に……」
「危害を加えた。武器は? 剣ですか銃ですか」
ほれみろやっぱり空賊だ。アープは険しい表情で問いかける。
しかし司書は首を振った。
「いえ、古い本を検索するにはどうすればいいか、と聞いていました。あの、ご存知と思いますが中央図書館は幻想の国のすべての本が最低1冊は収容されています。公開書架だけでも膨大になりますから。
で、私のところにも……あ、その時はカウンターにいたんですけど。私のところにも男の方が一人やってきました。そして……」
「脅された。なるほど一般人に扮しているわけか。狡猾なやつらだ」
「いえ。閉架書庫を見せて欲しいとおっしゃいました。あと『面倒をおかけしてすみません』とこうも謝られました」
「……本好きの空賊なのかな」
アープとアネッタは顔を見合わせる。
いやはやよくわからん。空賊が乱入したと思ったら普通に図書館を利用しているだけじゃないか。もうそれは賊ではなくただの客である。
しかし、先ほど手配書を見た。いや客ではない。確かに空賊だ。『DANA』(Dead or Alive No Ask:生死問わず)の賞金が掛けられている。
「じゃななんであなたは、いや、……図書館にいた人は全員避難したんですか」
そこで、
アープのその言葉に、初めて司書の女性は押し黙った。一度アープから目をそらす。
再びアネッタとアープは顔を見合わせた。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
すると、ようやっと長い間とともに司書の少女は言葉を紡ぐ。「……りません」
「え?」
「分からないんです。全く自分でもわからない。ただ、その人達を見た時に自然と足が動いたんです。この場から離れなければならないと。
私だけではないと思います。図書館にいた人全員がそうでした。全く同時に。理由はわからない。しかしそうしなければならない。気がついた時には私たちは外にいました」
***
「敵は5人。おまけに人質もいない。突入するぞ。こんなのまた捕まえてくださいと言っているようなものだ」
アガーの指示で全員が位置についた。
当然ながらアネッタもアープも持ち場に着く……と思ったのだが。
「えっ俺たちは待機!?」
「そうだ。なあに俺たちに任せろ。銃撃戦になってもこっちは多勢だ」
流石に新入りに突入、および制圧という大役を任せるわけにはいかないということであろう。
アネッタは不満げであったが、アープはまあそんなものかなとため息を漏らす。やがてアガーの鋭い掛け声とともに、全隊が素早く図書館の門をくぐった。
舞う土けむり。それが済めばもう、アネッタとアープを残し場が静寂に包まれる。その場にいても手持ち無沙汰であるため、先ほどの司書の隣へ。
無論のことこれは、万一突入後に何らかに要因で危害が加わることを防ぐための理由もあった。
「隣よろしいですか」
「あっ。どうぞ」
司書の少女はアロエと名乗った。
彼女は……アロエは言う。本来なら避難すべきかもしれないが、自分は司書。少しでも図書館の近くにいたいという。
「本がお好きなんですね」
「そりゃあもう! 好きです、大好きです。本さえあれば生きていけます」
一番好きな本は?
アープは尋ねた。少しでも恐怖を和らげるための世間話のつもりだ。
目はおそらく今戦闘が行われているであろう─────戦場となった図書館に向けられている。
「んーそうですねえ。やっぱりゼオン先生の『永遠の書』でしょうか」
「おお、嬢ちゃん奇遇だな。俺も好きなんだ」
「えっ本当ですか!」
なるほど流石は幻想の国一番の作家。ゼオン・シンビフォルミス。そしてその最高傑作『永遠の書』。
しばらくアネッタとアロエは読書談義を続けていた。『好きなキャラクターは?』『えっ私も!』そんな他愛もない会話が聞こえてくる。
あいにくとアープは本に明るくないため蚊帳の外だ。そのまま警護するように、図書館に視線を送っていた。
のだが。
「…………」
妙だ。
彼は思考する。なんなのだろうか。この違和感。敵は5人。人質を取っていない、空賊の下っ端たち。
対してこちらはその倍以上の戦力をぶつけている。いずれも歴戦の自警団員たちだ。普通に考えれば、鎮圧できないはずがない。
しかし、
アープの妙な胸騒ぎは形になろうとしていた。そろそろ短期制圧が終わる頃であろう。突入してから管理の時間が経過していた。
ところが、である。未だ静寂。それは不自然に、そして不気味にアープとアネッタ、それからアロエを包みこもうとしていた───────




