その57 その後5
一振り目の真打ち。剣征会一番隊隊長〝剣将〟セーラ・レアレンシス。
現在『歌姫』の呪いは彼女の中に存在している。そして今この瞬間も『善』を『悪』へと錬金しているのだという。
より正確に言うならばバロンボルトの剣から如月に移され、そこからセーラにさらに移された。
フィンフィアは視線を景色から外す。
振り返って再びゼダムを見た。
「正常に機能するかどうか確かめるために、一人『歌姫』を仲介させる必要がありましたからね。
もし『歌姫』が不良ならその段階で不発になります。セーラ・レアレンシスまで到達するか見る必要があった」
「ふん、だからこそバロンボルトの剣でまず最初に如月 止水に打ち込んだわけか。銀色のスナイパーの仲間に」
そう、
考えてみると面倒なことをしている。直接セーラに打ち込むならばまだしも、わざわざ間に一人介しての術の行使。
しかし必要なことだったのだ。現にこうして呪いが任意で移動できることが証明された。
「ええ。そして、この前あった『春のない国』での帝国軍対策会議。あそこでセーラ・レアレンシスと話した時確信しました。さりげなく探知の魔法を使ったんですがね」
セーラは『歌姫』に感染している。
評議会で彼女と話したのはそれを確認するためであった。
「つまるところ、私が操作すれば『歌姫』は人から人へ受け渡せるんですよ。重要なのはここです」
「というと?」
ゼダムは首をかしげる。
「ある程度『悪』を増幅させたら次の人へ、またその人の『悪』を……そしてまた、という具合に一つの歌姫だけで任意の人数術にかけることができる。
しかも伝染させるような場合と異なり、どれくらい悪の心を増幅させられるかこちらが選ぶことができる」
現在セーラのところに『歌姫』が存在している。
繰り返すが如月を介したのはこの『人から人へ受け渡せる』という点を試すためであった。如月に『歌姫』を打ち込んでからすぐさまセーラに移す。
如月の体内に残存していた時間は極めて短いため、結果として如月自身に全く影響はない。しかし、セーラに写っていることからこの『受け渡し』の効果は証明された。
「なるほど……術を量産せずとも……」
「ええ。時間差の魔法は魔力を消費するんですよ。賢者級の魔法であればなおのこと。ですがこの方法なら『歌姫』を一つ操作する魔力だけで、いかなる人数も効果を得られる。
例えどこかで『歌姫』が壊されたらその時初めて次の歌姫を作成すればいい」
ふーむとゼダムは唸った。
いやはやよくできている。改めてこの同僚の錬金術士の顔をまじまじと見た。
「『歌姫』に感染した証拠は体のどこかに痣ができることです。現在術をかけられてたら濃く、移動させられた後なら薄く……」
「ということはつまり……」
***
「体のどこかに痣があるはずだぜ、嬢ちゃん。『脱げ』って言ったはそういうことだ」
それから主は続けた。偶然にもフォーカリアでの話題と全く同じことを如月に話しており。
ここでようやっと『歌姫』の全容が明らかになったということになる。
安物の煙草をふかしながら、彼は言った。「バロンボルトの剣を受けたんだろう」
「……な、なるほど」
如月は青い顔で頷く。主の話を聞いていたが、どうやら大変なことが自分の身に起こっているらしい。
「刀で受けようがなんだろうが、おそらくあいつの剣に触れたならそこから『歌姫』が嬢ちゃんの体に侵入してたはずだ」
これはいけない。しかしあまりいい気分はしないのだ。如月は顔をしかめた。
『主』の話を聞く限り『歌姫』は今自分の体に……如月は慌てて浴衣の帯に手をかけた。羽織どころの話ではないぞ。
「……おい、ちょっと待った。向こう向いててくれよ」
「え? あ、ああ悪い。いいか、卵型の痣だ」
言いながら主は後ろを向いた。
聞こえてくる衣擦れの音。やがて少しして、『あっ!』と如月の声が上がる。
「あったか!?」
「へその下にな。ってこらまだ着替えてないんだから見るなっ!! ……けど薄いな」
ようやく許可が下りてから主は振り返る。
ちょうど如月が襟元を直していた。
「……薄かったか。はあ、それなら大丈夫だな。『歌姫』は嬢ちゃんの体を通過して別な誰かのところにいるってわけだ。
やれやれ良かった。嬢ちゃんのところに止まってたらどうしようかと思ってたところだ」
「まったく物騒な話だな。これだから魔法使いは嫌いなんだ」
如月はまた椅子に座り直した。こちらもこちらで一安心。水差しからグラスに水を移す。
そもそも魔法使いにいい思い出はない。最初旅に出た時刀を取られたのも魔法使いに、であるし。
そのあと『布の国』の一件で死にかけたのも魔法使いが絡んでいる。
と、グラスを傾けかけていたその手を止めた。
「……ちょっと待て、ということはソラかエクスに『歌姫』が宿ってる可能性があるってことか!?」
「いやその二人の可能性は低いだろう。連中は『歌姫』は若い武人で試したいと言っていた」
「ソラは一応武人じゃないのか」
銃術家とでも言うのだろうか。現に武術じみた得物裁きである『双銃術』という流派(?)を体得しているし。
「まあそうだけどよ」
とにかくソラには『歌姫』は付いちゃいねえよ。
いやに断定的な口調が気になったが、ともかくそういうことらしい。如月は一応納得した。
ソラの師匠である彼が言うんだから間違いないのだろう。
「『歌姫』の解除条件は?」
「それが分からねえんだ。だからこうやって焦ってやってきた。嬢ちゃんに付いてたらどうしようかと思ってな」
なるほど。
いや待てもう一つ気になることがあるぞ。
「いやに詳しいな御主」
改めて如月は主の顔を見た。
そのサングラスの奥の瞳はどのような感情が宿っているのか計り知れない。すると、なんということはないというように伝説の狙撃手は言った。
「ああ。ペンタグラムの五賢の一人に知り合いがいるんだよ。そいつから聞いたんだ」
***
「……なるほど」
ソラは不機嫌だった。
『主』が絡むと彼女はいつもこうなる───────と、エクスも如月も同じことを思っていた。
イライラと部屋を歩き回ると、やがてピタリと足を止めた。
「真打ちの誰かに、『歌姫』が感染しているとみて間違いないでしょうね」
再びソファに腰をおろす。
「本当にお前は大丈夫なんだな? 如月。妙な感じとかしないか」
一方のエクスはまず最初に如月を心配した。
ところが彼女は首をふる。少なくとも善の心を置換されるかのような感覚はない。
「私の痣は薄いんだ。ほらこの通り」
「ってことは本当に真打ちの誰かに……」
『若い』『武人』。
両方同時に満たしており、かつ如月が接触した人間となると間違いなく剣征会の面々であろう。
如月自身が接触したとなるとさらにその数は限られてくる。
「とにかく」
ソラはもう一度エクスと如月を見た。
それだけではない。あのゼダムという召喚士が言っていた。これから幻想の国に用事がある、と。
ソラが言わんとすることはわかったが、それでもエクスは尋ねる。「どうします?」
「決まってるでしょう。ねえ如月さん」
「うむ。魔法使いのせいとはいえ、私から『歌姫』が移ったとなれば、後味が悪い」
「ええ」
もう結論は出ていた。
「行きましょう。『幻想の国』へ────────────」
作家、そして物語の国。
そこで、全てのケリをつける。
三章これにて終了。読んでくださった方ありがとうございました!
引き続き感想受付中ですのでお気軽にどうぞ。また、設定秘話や小話なども活動報告に投下します。
新章は近日中に投下します。




