その11 狙撃手と布の国
ガタガタガタガタガタガタガタガタ、
俺とソラさんと如月を乗せたボロい……じゃなくてアンティークな車は快調に林道を飛ばしていた。
左右には無限と錯覚しそうなほどの樹海が広がっている。この道から少しでも外れたら、途端に迷ってしまいそうだった。
「お……鳥だ。えらく大きいな」
如月の声が聞こえる。こいつはとうとう車中に入ろうとしなかった。『車体の上に』胡座をかいて座っている。
全く大したバランス能力だ。急カーブでも急ブレーキでも落ちるどころか、バランス一つ崩さない。身体能力の神様が大きくステ振りしてるんだろう。
俺たちは四つの国を超えたところだった。名前はなんといったかな……どれも取るに足らない小さな国だ。
当然、依頼はない。平和な国でいいもんだ。仕方がなかったから貯金を切り崩しながらなんとかここまで来ている。そろそろ稼ぎたいね。
「この道を抜けると……」
「ええ。見えてくるはずです。『レイトニー』。別名『布の国』」
……らしい。足元の地図を確認する。
うむ、間違いない。なんでも小さいくせに、特産物の反物のおかげで交易の盛んな国だという。
それにしても、布の国か。よしふかふかのベットで寝よう。
「あ……えっ! なんだあれは! おい! ソラ!! 運転手!! 上上!!!」
俺はソラさんに進路の確認をしようとした……ところを如月が騒ぐ。
俺は思わずハンドルを叩いた。
「だーっ!! うるせえ! おい、お前いちいち鳥ぐらいでそんなに騒ぐなよ! ガキかっ!」
「違う! よく見ろ!! 鳥じゃない―――――――」
「――――――――――人だ!!!」
***
俺はフロントガラス越しに『ソイツ』を見た。おいおいマジかよ!? 疑ってすまん如月。
人だった。正真正銘人だ。まだ遠くて姿が詳細に確認できないが、俺たちの進行方向、前方の上の方にいる。嘘だろ、浮いてやがるぜ。
ソラさんもそちらに視線を送っている。というか、ガサゴソライフルを入れているケースを漁り始めた。そして取り出すのはスコープ。ははあなるほど、望遠レンズ代わりにするってわけか。
俺はソラさんほど目は悪くない。近づくにつれてその姿が見えて来る。
少女だった。年齢18くらいだろうか。如月より少しばかり年上と思われる。
真っ赤っかなローブを腰に巻いている。その上は……おいおい随分と露出が多いな。へそだしの、どっかの民族衣装みたいなのだ。よく見るとでっかい腕輪みたいなのもしていた。
そして、もう片手には……なんだありゃ? 杖? 俺が会った神様が持ってた木製のやつじゃない。もっと細くて、身の丈ほどの長い金属製の杖だった。先端が「叩」の字の右側のような形になり、その中に大きな玉
ぎょく
が埋め込まれていた。あかあかと点滅していて、太陽を見ているみたいに目が痛くなってくる。
ウェーブのかかった長い髪は燃えるような紅蓮。なんつーか全体的に赤い女だな。
「あれは……」
スコープを覗きながらソラさんが呟く。その時だった。
「でてこおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!!!!!!!!!」
うおあっ!? うるせえ! あの赤い女が叫ぶ。
「出てこい幻術士!!!!! そしてオレと勝負しろおおおおおおおおおおお!!!! 『連合』の連中が許してもオレは絶対許さんぞおおおおおお!!!!!!!!」
幻術士? 連合? なにいってんだこいつ。
俺はアクセルを吹かした。さすがにもう運転も慣れたものだ。『運』で運転していた時に覚えたのだ。技術的に全く無問題だった。
と、車のスピードが二段階ほど上がった時。俺の手をソラさんが掴む。
「おっとと! な、なんですか!」
「エクスさん、止まって!」
ソラさんが言う。
「えっ、なにいってるんです。道の真ん中ですよ?」
「いいから止まって!!!」
??? 俺は頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべたまま言う通りにした。というわけで急ブレーキ。道路に帯状のブレーキ痕がつくのを感じる。如月は……いや言うまでもなく大丈夫か。
それよりも、ソラさんの今までにないくらい切羽詰った声のせいだ。最初に俺が助け出した時よりも焦っていた。こんなに険しい表情の彼女は初めて見るな。
「出てこい!!! 出てこい出てこい出てこい!!!! 大方その妙な術で隠れてるんだろう!!!!!!!!!
お前がその気なら!!!! こっちもやるぞ!!! 交渉決裂だああああ!!!!! いくぜえええええ!!!!」
あの赤いのが叫ぶ。うるせえ。
それと同時に、負けじとソラさんも言った
「エクスさん! 急いでUターンしてください! ハンドルを切ったら来た道を引き返して! 全速力で!!」
「いやいやなにいってるんです! 布の国が……後停止状態から急に全速力なんて出したら車が痛み…」
「言う通りにしろ!!!!!!」
ひっひい!!
俺は反射のスピードでアクセルを踏み込んだ。一気に最高速度。タイヤが高速回転し、ガリリリリ何て音が出る。絶対あとあと響くぞこれ……
だが仕方がない。ソラさんにあんなに怖い顔で怒鳴られて、しかもリボルバーまで突きつけられたらもう従うしかないだろう。
当然すぐに拳銃はおろしてくれた。そりゃあ本当に撃つ気なんかないよな……多分。
「あ、あの……ソラさん……? なんで急に」
「――――――――――〝プロミネンス〟!!!!!!!!!!!」
ゴッ――――――――――ゴオオオオオオオオ!!!!!!!!!
俺はまるで肌を食い破るかのような『熱』を感じた。
地震でも起きたかと思うほどの強烈な揺れ。なななな!!なんだなんだ!何が起こったんだ一体!!
ドアが開く。俺は揺れに振り落とされそうになった。珍しく如月がバランスを崩し、両手でがっちりと車体に捕まるのがミラー越しに見える。
そして、俺は自分の目を疑った。
「な………なんだこりゃああ!!??うわああっ」
「とにかく飛ばして!!」
先ほどまで青々としていた森が――――――燃えている。
あたり一面火が囲んでいた。どっちを向いても火、火、火、火。燃え盛る山火事の中に放り込まれたようである。
それまで通ってきた道が、目を凝らさないとわからないほどだ。黒々とした煙、紅の炎。爆音。大木が倒れる音。『火の海』なんて言葉があるが、まさしく今みたいなことを言うんだろう。
俺はあまりに突然のことに思わず叫び声をあげてパニックに陥りそうだった。ソラさんの強い声がなかったらきっと半狂乱になっていただろう。
それからソラさんは窓から顔を出す。如月を見た。
「お、おいソラ、どういうことだこれは!! うわわっ! 羽織が燃えるっっ」
「如月さん! 刀でどこでもいいから自分の体を切ってください! なるべく深く!!」
はあ? 俺は今度は目ではなく耳を疑う。
「ちょ、ちょっとソラさんなに言ってるんですか! 落ち着いて……」
ドンッ☆
銃声。なに……? 俺の視界の端が血が噴き出す光景を捉えた。
「うっ………」
「そ、ソラさん!!?」
今度こそ俺は悲鳴を上げた。『自分の肩を撃ち抜き』激痛に綺麗な顔を歪める相棒がそこにはいた。
そして、リボルバーを持つ手が俺に向けられる。え、ちょっと待って……? え、うそでしょ……?
ズドンッ!!
「い………ぎゃあああああ!!!!」
銃弾が肩にめり込むのが、いやにゆっくりに感じた。
ぬるいものが左手を伝わり、ついで赤熱した鉄を押し付けるような感覚。俺は恥ずかしいくらい叫んだ。
その瞬間だった。
グニャグニャグニャグニャと周囲の景色が歪み始める。えっえっ!? なにこれどういうこと!!?
じっと見ていると酔いそうだ。歪みはだんだん酷くなり、最後にはいろいろな色を溶かした絵の具をぶちまけたかのような光景が広がっていた。
やがてそれが、収束するかのように消える。するとそこには…………
「え………?」
街だった。
燃えさかる街。
逃げ惑う人々。ありとあらゆる建物が燃えている。原型を保っている建造物は一つもなかった。
地獄だ。俺は思った。さっきのが『大規模な山火事』ならここは『地獄』。
「ど、どういう………」
そのときだった。ギシシシシシシなんて奇妙な音を立てながら、車がストップ。
そーら言わんこっちゃない。アクセルをいくら踏んでも数ミリも進みそうになかった。
それだけじゃない。奇妙な光景は……全くさっきから奇妙続きだ。頭がおかしくなったのだろうか。
俺の達の車の前に――――なんと寝転ぶ人物がいた。腕枕なんかしている。
女だった。少女だ。如月より少し年上、先ほどの赤い少女と同じくらい。
濃紫の厚手のローブ、表面には何やら複雑な模様がびっしりと刻まれている。時折わずかに輝いていた。
栗色の肩ほどまで伸びたショートヘア。そして黒ぶちの眼鏡。おっと、瞳がゆっくりと開かれた。紫色だ。アメジストのように濃い。
少女は片手に……これまたさっきの赤い女のような杖を持っていた。ただし長さは半分ほどである。
俺と目が合う。いや、俺だけじゃないだろう。ソラさんも如月も彼女を見ていた。
「……―――――?」
緩慢な動作で首をかしげる紫。
「あれぇ……? 君たち…もしかしてボクが見えるの……? へー……」
「な、なんだこいつ………」
それから、これまたのんびりした動作で立ち上がる少女。うーんと伸びをした。
背中がポキポキなるのが聞こえる。
「あっつくるしいねえ……それにしても…………。火炎術士ってのはみんなこうなのかねぇ……?
あいつらの精神には知性のかけらも理性のけっぺんも見えない。ゴブリンと同じくらいの脳しか持ってないんじゃなかろうか」
手団扇で扇ぎながら、紫の少女は頭上を見上げていた。
そこにはあの赤い少女……火炎術士?の姿が。何事かを叫びながら、あたりを飛び回っている。
「あ………でも………」
紫の少女はそれから辺りを見回した。地獄を見ても、逃げ惑う人々を見ても、泣き叫ぶ子供を見ても彼女は顔色を変えなかった。
「こんだけ燃やされると………もう意味がないなあ……ボクの『幻術』は。
質感まで再現したすごくできのいい樹海だったんだけどなあ」
―――――――幻術
―――――――『幻』術
俺はソラさんを見た。青い顔で肩を抑える彼女は頷いた。
「ごめんなさい………」
「方法はこれしかありませんでした………。なるべく大きな『痛み』」
「―――――――魔法の才のない私たちが、魔術師のかけた幻影を見破る唯一の手段です………」
俺たちの車がつけたブレーキ痕。
その3cm前が街を横断する大きな運河だったことを知るのは―――――もう少し後になってからである。
読んでくださった方ありがとございました〜