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その55 その後3

「よかったですねえ。とてもよくお似合いですよ」


「やっぱりお前はその格好が似合うぜ、如月」


 さて場所は変わって精霊国家『エレメンタリア』の某宿。

 如月は初めて袖を通すと、そのなめらかな肌触りに頬が緩んでいた。


「そうかな? はは、そりゃよかった。寸法もぴったりだ」


 電灯の光を受けて輝くのは落ち着いた色合いの濃い深緑。黒みががっているにも関わらず、その中に初夏を思わせる鮮やかさも見て取れるから不思議だ。

 如月が一度くるりと回ると、ふわりとその裾が広がる。まるでラメでも通したかのごとく、時折キラキラと輝いていた。


「しかし運がよかったなあ。まさか剣征会の中に布を仕立てられる奴がいたなんて」


 嬉しそうにする如月を尻目に、エクスは言う。灯台下暗しとはこのことであり。


「私の『ボルトランド』を調整してくれたのも彼でしたから。よくよく考えるともっと早く聞いてみればよかったですね」


「ほんとそうだな。ええと、確か五番隊の隊長だったか。五振り目の真打ちとかいう……」


 〝剣零〟。

 それがあの人物の二つ名であった。如月は数時間前のことを思い出す。

 彼はセーラの若い頃の友人であるらしい。

 真打ちの例に漏れず、見るかぎり相当の変人であったが……提案したら実に快く了承してくれた、とこういうわけである。

 通常羽織なんぞ完成まで数週間かかりそうなものであるが、あの真打ちは実に短時間で事を成してくれた。


「ゴブリンも無事に勤め先が決まったし、これで全部丸く収まったな。一時はどうなるかと思ったが……」


 もう一度羽織の袖口を確かめながら如月が言う。まだ仕立てて間もなく型が付いていないため、慣れるまで少々時間がかかりそうである。

 ソラは頷いた。結局のところゴブリン100体分のゴブリンは、剣征会に入隊することになっていた。四番隊、すなわち四つ目の真打ち、〝剣星〟朧 月夜の部下の一般隊員としてだ。

 つまるところ如月の言う通り。丸く収まった。〝剣魔〟ロロももう危害は加えないと約束したし、これ以上飛び火することはあるまい。


「さて、今後の予定を立てますか。まず、大陸警察の意向ですが」


 ソラはエクスと如月を見ながら言う。本題はこれだ。

 『喫煙所』が今回動いた以上、自分たちは目をつけられていると見ていて間違いはないだろう。より慎重にならねばならない。

 ところが、三人が三人とも気になっていることがあった。結果としては『丸く収まった』と表現したが、その過程の中にひとつだけ不明な点があるのである。


「そもそもどうして俺たちの場所が連中にバレてたんだろう」


「問題はそこです。ロロさんが言ったのかと思っていましたが、どうにもそうでないと」


 最初は自分たちを狙っていた剣魔と大陸警察が繋がっていたのかと思った。

 すなわちロロを通して自分たちの居場所がエレメンタリアであることが連中に筒抜けており、そこから『喫煙所』が動いたと。

 だが、これは破綻している。他ならぬロロが否定したからだ。さらにセーラ曰くロロは元『アルカトラズ』の囚人。とてもじゃないが大陸警察に口利きできるような身分ではない。


「現状大陸警察は」


 ソラはインスタントの紅茶を一口飲むと続けた。


「天獄島『アルカトラズ』から脱獄したソフィアという囚人を追っています。それもセファロタス(※大陸警察で一番エラいヒト)自ら動いているらしいじゃないですか」


「アルカトラズから脱獄か……」


 つまり、自分たちに戦力の全てを集中させることはできない、ということだ。

 これは利点であるように思える。喫煙所が総出で向かってくると、さすがの銀色のスナイパーでも手を焼くというものだ。


 それに、ソラが気になっているのはこれだけではない。

 セファロタス・フォリキューラ。すなわち大陸警察最高権力。自身も『精霊』を所持しており強大な武力を持つあの人物が動いている。

 ソフィアという人物は一体どれほどの力を持っているのだろう。そもそもアルカトラズから脱獄するあたり……


「あの……」


 と、そこでおずおずと聞こえてきた声で、ソラは思考の海から現実に引き戻された。


「アルカトラズ? から脱獄ってそんなにすごいことなんですか」


 当たり前のことであるが、いわゆる『異世界人』であるエクスはそういう情報に疎い。

 もちろんとソラは頷いた。


「ギルドに賞金首の等級があるのはこの前お話ししましたね」


 討伐・及び捕縛が難しい順にⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ級である。


「アルカトラズに収容される人物は、このうちⅠ級のみです。正確には、指定されて2年以上経過した賞金首の中から、大陸警察が指定した人物のみ。

 生け捕りにされた後アルカトラズへと送られます。はるか天空にぽっかりと浮いた、監獄島にね」


「えっ。アルカトラズって浮いてるんですか」


「浮いています。だから『天獄島』なんて言われてるんですよ」


 Ⅰ級とは『国家に影響を及ぼす規模』を単体で有している個人のことだ。この場の全員が知っている例をあげるなら『主』であろう。

 彼はⅠ級の賞金首。捕まればおそらくアルカトラズ入りは免れない───────らしい。ソラが説明するのをエクスはうなずきながら聞いていた。


「つまり、ソフィアとかいう人もそれくらい……」


「ええ。危険人物であることは間違いないでしょう。それに……」


 そこからソラはわずかに考えるそぶりを見せた。


「アルカトラズ島には『死天使』という牢屋番代わりの化け物がいます。あれがいる以上、そう簡単に脱獄できるなんて思えないんですがね……」


「そうなんですか……というかソラさん、やけに詳しいんですね」


 エクスが言うとソラは『まあ、いろいろありますから』と曖昧に言葉を濁す。

 ともかく、ハオルチア大陸のはるか上空に浮かんでいる監獄。つまり『浮いている』ということそれ自体が天然の要塞となり、

 それだけではない。さらに内部には『死天使』なる牢屋番代わりの魔物が存在しているというのだ。なるほどとても脱獄なんぞ出来そうにない。

 そこまでエクスが考えた時だ。真新しい羽織を着た自分たちの用心棒は、ポツリと独り言のように言った。


「『剣聖』なんて呼ばれているらしいな」


 剣聖ソフィア。

 彼(あるいは彼女)が、脱獄した囚人の通り名である。


「如月さん、探して勝負を挑もうなんて思わないように。よしなさい。腕試しの相手としてはあまりにも危険過ぎます」


 「わかってるよ」うるさそうに如月は言う。ポニーテールの頭をカリカリと掻いた。図星だったのだ。


「さて、以上を踏まえて今後の話なんですけどもね……」


***


 如月が自室に戻ったのは、もう零時を回っていた。

 あれから───つまり今後の予定を立ててから、夕食をとり、それから軽く剣の稽古をして、である。

 部屋のシャワーを浴びると、寝間着である浴衣に着替えて水を一杯飲む。しっとりと湿った黒髪を串できながら、ぼーっと今後のことを考えていた。


「……強くなりたいな」


 ソラは『喫煙所』のアープに勝った。

 エクスは満身創痍になりながらも自分との約束通り、剣征会六番隊副官・クリンに勝利した。


 負けたのは自分だけだ。

 用心棒という名、それから飛燕一振流という流派が泣くことになる。不甲斐なさに腹が立つ。それにしたってここ最近黒星が多いのだ。

 「うん」と如月は誰に言うでもなく頷いた。羽織も新調したことだし、これからももっと頑張っていきたい。これを機にもっと……


 と、そこまで考えた時である。

 コツコツ、という異音が響いた。如月は最初聞き間違いかと思い、反応が遅れる。というのも、音は部屋の入り口ではなく窓の方から響いてきたからだ。

 ここは3階である。鳥かそれともコウモリでもぶつかったのだろうか。


「……なんだ……?」


 鳴り止まない。

 占めていた鍵をひねると、勢い良くガラス窓が空いた。サッシが額に激突しそうになり、慌てて仰け反る。


「な……!」


「よっこいしょっと……よう、侍の嬢ちゃん。上がらせてもらうぜ」


 現れたのは黒のジャケットにサングラス、筋骨隆々の山と見間違わんほどの大男。

 そう──────『喫煙所のあるじ』であった。


「なんだ御主こんな夜遅くに……! お、おい! ソラはここにはいないぞ」


「バーカ騒ぐな! ソラに用があるんじゃねえ! 嬢ちゃん、あんたにだよ」


 なぜか正面からではなく、窓から入ってくる主。

 どうやら壁伝いの排水管を伝って登ってきたらしい。この巨体で器用なことだ。呆れるような身体能力である。


「……私に用事?」


「おう、極めて大事な話だ。単刀直入に言うぞ」


 『主』は戸惑う如月を前に、どっかりと腰を下ろした。



「────────────嬢ちゃん、脱げ」

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