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その54 その後2

「……どうだった? ちゃんと謝ってきたか?」


 剣征会一番隊執務室。

 ロロがまず訪れたのはそこであった。遠慮がちにノックをして、これまた遠慮がちにそっと扉を開ける。控えめに部屋に入ると、まず開口一番セーラから尋ねられた。


「…………ん」


 ロロは頷いた。


「ソラは許してくれたか。……そうか。そりゃよかった」


「…………あの、セーラさん……」


 備えられた大きな樫の机にセーラは頬杖をついて座っていた。

 すぐ背後の壁には彼女の愛剣『エリュシオン』が立てかけられている。磨き抜かれた合銀の鞘、その中にあるオリハルコンの刃も、きっと手入れされ尽くしているのだろう。

 あれで自分を斬ってくれないだろうか。少し前のロロはそう思考していた。


「………………私のこと、嫌いになった…………?」


「え?」


 伏し目がちにロロは尋ねる。

 手で自分の剣装の裾をいじりながら、ともすれば消えてしまいそうなほどか細い声だった。

 セーラはゆっくりと立ち上がる。ロロはまた視線を床に落とした。


「ぜーんぜん嫌ってなんかないよ」


「…………ふぇ?」


「確かに悪いことをした。けど、私のことを思ってやってくれたんだろう? 嫌いになるわけないじゃないか」


 はっとしてロロは顔を上げた。

 笑いながらセーラはその頭を撫でる。自分の一番慕う剣士の手は大きく、そして暖かかった。


「これからも頼むぜ。六番隊隊長さんよ! ……後ソラのサポートもしてやってくれ。な?」


 …………はい。

 ロロは裾で涙をぬぐいながら、精一杯そう答えた。


「………………ねぇセーラさん、じゃあ今夜「いやそれは勘弁して」


***


「……しかしな」


 というわけでなんとかロロを帰してからのことである。

 セーラはまた仕事に取りかかった。数日後にある『幻想の国』での祭典『ファンタジア祭』の警備に関する書類作りである。

 再びガラスペンを取る。だがどうにも捗らない。少々気になることがあったのだ。


 結局、ソラがエレメンタリアにいることがなぜ大陸警察に知られていたのか。


 最初は逆恨みしたロロの仕業かと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 まあそうだろう。彼女は元囚人だ。それもアルカトラズに収容されていた凶悪犯である。大陸警察とつながりがあるにせよ、親しく密告するようなことはするまい。


「……大陸警察が独自に嗅ぎつけたか? いやそりゃないな。ソラは絶対そこんところヘマしないし……」


 うーむ気になる。これではとても仕事をする気になれない。

 セーラは立ち上がって伸びをした。ずきりと撃たれた傷口が痛む。もうかなり良くなっていたが、それでも全快とはいかなかった。

 少し散歩でもしようと執務室の外に出る。薄暗い廊下を歩いていると、その時であった。ちょうど対面から歩いてくる人影。


「いよう、大将殿。まぁた残業か。仕事熱心なこったな」


 白髪の混ざった汚らしい、伸び放題の黒髪。ボロボロになった漆黒の剣装に身を包んだ、セーラと同じくらいの年齢の、隻腕隻眼の女性。

 後腰にろくに手入れしていないであろう西洋剣を釣った一人の剣士───────第七真打ち〝剣帝〟ドレッド・ダークスティールである。

 ちょうど自分の同僚にあたるわけで。セーラも片手を上げて応じた。と、近づいて見てわかる。かすかに香る血の匂い。

 そういえば、7番隊は今日は『幻想の国』へ出張していたことを思い出した。先ほど帰還したらしい。


「何人か斬ったのか」


 セーラはドレッドを上から下までさらりと眺めてから言う。


「ああ。斬ったさ。アウトローどもを15人くらいだったかな。近々『ファンタジア祭』が開かれるからなんだろうが、賞金目当ての奴らがうようよいやがる。荒れてるぜ。

 まあその割には雑魚ばっかりだったか。ったく、剣の稽古にもなりゃしない」


 どうやら殺したらしい。セーラはわずかに眉をひそめた。

 その様子を見てドレッドは「心配すんなよ!」無造作に肩をたたく。彼女の動きに合わせて、()()()の袖が揺れた。


「『刃の十戒』は犯しちゃいねぇ。抵抗してきたやつだけ斬ったんだ。文句ねえだろう」


 刃の十戒。

 真打ちが守るべき十の取り決めのことである。ドレッドもまた真打ちだ。胸元にはオレンジ色のランプの光を受けて黒色に輝くオニキス。



  真打ちは強者であること

  真打ちは孤高であること

  真打ちは平等であること

  真打ちは七振りであること

  真打ちは剣石を身につけよ

  真打ちは全てを多数決に委ねること

  真打ちは多数決を拒否してはならない

  真打ちは決定に忠実であること

  真打ちは丸腰の者に剣を向けてはならない

  真打ち同士が決闘を行った場合、敗者は勝者に服従しなければならない



 その、9個目。《真打ちは丸腰の者に剣を向けてはならない》。



「しかしよぉ、大将殿。退屈じゃねぇか」


「ん?」


 セーラは首を傾げた。


「考えてみろ。オレら7人の真打ち、凄腕の剣士が集まってるんだ。多少なりともドンパチやりたくなるってもんだ。そうだろ?」


 欲を言うならオレはお前とも斬り合いたい。

 剣将殿、とドレッドはセーラの名を呼ぶ。彼女はしかめつらで首を振った。


「冗談言うな。あのなあ、真打ちの剣は人を守るもんだ。そうぽんぽん抜くもんじゃ……」


「わかってるよ! 冗談だ冗談!」


 もう一度どんとセーラの肩をたたくと、ドレッドは大きな声で笑う。

 それからもう一言二言話して、すれ違う。別れ際にドレッドは言った。「おおい、剣将!」


「なんだよ」


「……今度の『ファンタジア祭』は荒れそうだぜ。多分、賞金・()()目当てにアウトローどもが集まるだろうし。ひょっとしたら帝国軍もや……」


 くっくとドレッドは笑った。


「『銀色のスナイパー』も、動くんじゃねえのか」


「ソラが? いやあどうだろうな。というかそもそもあいつ幻想の国へなんか行くのかな……」


「そうか。はは、そりゃ残念」


 セーラは振り返る。ところがそこにはもうドレッドはいない。

 ちょうど奥の曲がり角を曲がって姿が見えなくなるところであった。


「……残念?」


***


 一方の7番隊執務室。

 他の隊長室に比べて幾分か閑散としているそこには、現在ドレッド以外にもう一人の人物がいた。


「おやドレッドさん。結構早かったですね。どうでしたか『幻想の国』は」 


 ドラセナ・アイスプラントはちょうど戻ってきたドレッドの姿を見ると言った。

 真打ちの三振り目。三番隊隊長である。前にアイリスを闘技場で止めたのが他ならぬ彼であり、そのことはドレッドも既知であった。


「物書きの国なんざもともと興味がねえ。アウトローの何人かも狩ったが、どいつもこいつも腑抜けだ」


 「おやそうですか」とドラセナは言う。

 どっかりと自分の椅子に腰を下ろしたドレッドをそのままに、彼も対面に腰を下ろした。


「……『銀色のスナイパー』の一味ですがね」


 ドラセナはそれから声を潜める。おそらくこの時間に聞き耳を立てている人間などいないだろうが、それでも周囲が気になった。

 空色の剣装が窓の外から照らされる月の光に照らされる。ちょうどその優男風の顔に陰影をはっきりと作り、するとドレッドは体を起こした。


「生き残りやがったか」


「ええ。〝剣魔〟と大陸警察の襲撃。両方を見事に捌ききりましたよ。ねえ、すごいじゃありませんか」


 へえ。と一見興味がなさそうにドレッドは頷く。

 だがその内心は別。それこそ『幻想の国』のことを話していた時よりも、その隻眼は爛々と光を帯びていた。


()()()帝国軍とも、張り合えるかもな」


 ドレッドは懐から鉄扇を取り出した。バタバタと仰ぐ。

 付き合うの深いドラセナはそれが重要な話をする時のドレッドの癖であることを知っていた。


「さあどうでしょうね。しかしどのみち『幻想の国』で明らかになるでしょう。ゼオン・シンビフォルミス氏の書いた『永遠の書』、その『11巻』を狙って、僕たちも動くのですから」


 ソラ達が『幻想の国』へ向かっていれば、必ず自分達と敵対することになる。

 ドラセナは思考した。確信していたと言ってもいいかもしれない。同じことをドレッドもまた考えており、くっくと喉を鳴らして笑う。


「銀色のスナイパーもまさか思わねえだろうさ。()()()()()()()()()()()()()()がいるとはよ」


 しかも二人も、だ。ドレッドとドラセナ。

 こんなにやりやすいことはない。ドレッドは一度鉄扇を閉じ、それからもう一度開いた。

 これまでのことを回想する。ちょうどソラ達に目をつけたのは、孤児院の一件の最中。つまるところアイリスともめていた時だ。

 より正確にはその時闘技場で。アイリスが如月に負かされた時のことである。


 強い剣士が居るな。

 それだけではない。強い殺し屋がいる。もっと言うならば、『喫煙所』と関わりがあり、今現在追われているらしいではないか。


「セファロタス(※大陸警察の一番エラいヒト)にタレ込んで見りゃ、案の定食いついてきやがった。んで『喫煙所』をよこしたが、あの狙撃手はそいつに打ち勝って……」


 あまつさえ、剣征会うちの〝剣魔〟と戦って生き残るか。

 そう、大陸警察にソラたちの居場所を告げたのは彼女──────ドレッド・ダークスティールだった。

 ロロでもない。魔法使いたちでもない。よりにもよって剣征会の第七真打ち。最後の真打ちが……


 彼女こそが、

 ソラの存在を密告した、今回の事件の元凶。


 それだけでなく、

 ()()()()()()()()()()《・》る。

 崩壊する三角形のような形状の模様。小さく小さく鉄扇の根元についたそれを、親指が撫でた。


 『帝国軍として』剣征会の内情をスパイし、

 かつ、『剣征会として』大陸警察に情報を渡す。


「……いいな」


 ドレッドは、


「…………いいじゃねぇか」


 〝剣帝〟は、嗤った。


「強ぇ奴とり合うために剣征会ここに入ったんだ。それがこうも早く達成されるとは、はは、嬉しいもんだぜ」


 敵は銀色のスナイパーだけではない。

 ()()にもいる。一振り目の真打ちから、その全て。自分とドラセナ以外の隊長たちの顔を思い浮かべた。


「ドレッドさん、試し切りしちゃダメですよ。全ては『幻想の国』で片付けるんですから。そのためにさっき、帝国軍のNo.19にも連絡しました。ちょうどファンタジア祭に間に合うように到着なさるそうです」


「わーってるよ! だけどここまで待ったんだ。『幻想の国』じゃ暴れさせてもらうぜ」


 言いながらドレッドは立ち上がる。

 窓の外を見た。偶然か必然か、ちょうどその方角に『幻想の国』があり。

 月の光がさあっと彼女の漆黒を照らす。











「いよいよ始めるか────────────『真打ち狩り』をよ……」











 再び月が隠れ、その表情を隠した。

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