その53 その後
それから数日が経った。
「お二人ともお怪我は……もう大丈夫ですか」
「ええ。もともと俺はかすり傷でしたから。この通り!」
エレメンタリアの病院で診察を終えて、エクスは伸びをする。
もともと若いということもあり、あっという間に傷は回復した。如月もだ。
「しかし今回は災難だったな。こちらは完全にとばっちりだ」
刀を腰に差しながら彼女は言う。
これにはエクスも同意である。ちょうどもう少し前の────孤児院での戦いでは少なからず自分達も関係していたのだが、
今回ばかりは全くの無関係。にも関わらず巻き込まれた。序盤でゴブリン100体分のゴブリン率いる魔物の集団位襲われ、しかしそれは実は賢者〝大召喚士〟ゼダムとその部下、バロンボルトが召喚した『召喚獣』であり、
そうかと思えば今度は乱入してきた剣魔たちに勘違いから標的にされ。さらにさらに大陸警察率いる『喫煙所』がソラの首を取りに来る、と。
「最後以外完全に被害者だ。おまけにあのロロのやつ、謝罪も何にもない。なんでもソラをセーラの恋人と勘違いしてたらしいじゃないか。
しかも、セーラが撃ったのはソラだと思い込んでいたと。迷惑極まりないぞ」
「まあ……勘違いする気もわからんでもないけどなあ。あのセーラさんが撃たれるんだから」
結局のところ、あの後────つまりソラがワイアット・アープを撃退し、如月やエクスも戦いを終えてからのことだ。
援軍として駆けつけたアイリス率いる二番隊に全員が保護された。もっともソラだけは目立った負傷もなく、またアウトローである自分が自警団と一緒にいてはまずいだろうということから、一人で単独行動していたのだが(この段階が前話、つまりソラがアープに会った場面である)。
それからセーラがロロたちにわけを話し……たのだろう、多分。少なくともその後ロロは自分たちを襲ってくるそぶりは見せない。
「まあまあお二人とも。アウトローなんかやっていると、どうしてもこういう損な役回りも回ってくるものです。
それよりも気になるのは……どうして私がエレメンタリアにいるということが大陸警察に知られているんでしょうか」
宿に帰ってから、まず一番いソラが気になったのはその点である。
正直言ってロロや魔法使いやなんかより、彼女は一番気にかけていた。というのも今後の活動をどうすべきか、そこに密接に関わってくる。
連中に目をつけられているならば慎重にならなければいけないし、そうでなくともどうして情報が漏れたのか。
「そんなこと簡単だろう。ロロが告げ口したんじゃないのか」
「剣征会なら大陸警察に繋がりがあってもおかしくないですからね」
如月とエクスが言う。確かにそう考えるのが一番手っ取り早い。そうなると間違いなく自分たちはマークされているだろう。
とどのつまり今後より慎重に、水面下で活動しなければならず……。
と、そこまで考えた時である。
遠慮がちにノックの音が響いた。誰だろうか。今時刻は夜だ。人が尋ねてくるような時間でない。
「どうぞ」。ソラが言う。これまた遠慮がちに扉が開かれるとそこには、
そこには、
剣征会六番隊隊長、〝剣魔〟ロロ・ペヨーテの姿があった。
***
「あら……」
「……! 御主……!」
彼女の姿を見た瞬間、まず如月は刀に手をかけた。
ソラを守るように正面に立つ。エクスも扉を閉け放ち、ペンダント状にしていた神剣に手をかけた。
「な……今更何しに来たんだ! まさかまた斬りに来たのか!?」
「……らしいな。全くしつこい女だ」
一触即発の状況。
どうやってこの宿を特定したのか定かではない。しかし『真打ち』たちは一様に『静の剣気』という知覚能力を使えることを知っている。
如月とエクスはじりじりと間合いを詰めようとしていた。だが、まさに彼女は刀を引き抜かんとしたその時だ。
「おやめなさい二人とも」
「は……ええ? ソラさん……?」
「おやめなさいと言ってるんです。如月さんも」
ソラの言葉に、如月とエクスは顔を合わせる。だが当人がそう言っているのなら仕方がない。
それぞれ武器を収め一歩下がった。この段階で二人ともようやくわかったことだが、ロロは武装していなかったのである。
両腰に一振りずつ帯びているはずの双剣『クラウディア』は存在しておらず。それ以外は黒のワンピースに濃紫の剣装といういつも通りの格好だ。
「………………」
「どうかしましたか。ロロさん」
言ってはいるものの、ソラも気を許したわけではない。さりげなくテーブルの上のリボルバー拳銃『ランド』のグリップに触れており。
それを知ってか知らずしてか。ロロは言葉を紡ごうとしなかった。これまたいつものように寝不足の半眼、不規則な生活で淀んだ紫色の瞳をソラに向けており。
やがて。
じれったくなるほどの間を空けてから、彼女はポツリとつぶやいた。
「…………られたわ」
「え?」
エクスはとりあえず椅子をロロに勧めた。
ところが彼女はそこには腰掛けず。ちらりと彼を見る。身長差があるため僅斜め上から見下ろすような形になった。
「な、なんだよ……」
「………………怒られたわ。セーラさんに……」
怒られた?
エクスか如月か、はたまたソラか。ぽかんとして聞き返す。そのキョトンとした様子に、ところがロロはこっくりとうなずいた。
「…………公私混同して勝手なことしたから……あまつさえ、勘違いでソラさんを殺そうとした」
このときロロは初めてソラの名を呼んだことになる。
ちょうど『ソラさん』と名を呼んだところで、ばつが悪そうに伏し目がちになる。ソラ当人はそれを見て、そっと『ランド』に添えていた手を離した。
「ほう」
「………………ごめん、なさい」
長い長い沈黙から、ロロはようやっとその6文字を絞り出す。
蚊の鳴くような声だった。ともすれば聞き逃してしまいそうなほど、か細く小さい声だ。
戸惑う如月とエクスをそのままに、何度もなんども小さな声で謝罪の言葉をくりかえす。やがてその声色が震え、そうかと思えば涙声になり。
「う、ぅえぇ……ぐすっ…………ごめ、ごめんなさぃ…………」
「お、おいおい……」
「落ち着けよ。とりあえず座れ。な?」
大粒の涙が地面に滴る。
両手で拭っても拭っても、ロロの瞳から雫はとめどなく流れ。剣装とワンピースに点々としみを作っていった。
「ごめんなさい! ソラさん! ごめんなさい!! ぅええ……えっぐ……ごめんなさぃいぃ!! うわあああああああああんんんん!!!」
それまでのロロからは想像もつかないような態度に、いやさてどうしたもんだろうか。……と、エクスも如月も困っていた。
ソラはそんな二人を尻目にゆっくりと立ち上がる。わあわあ泣くロロの元まで歩み寄ると、視線を合わせるために屈む。
事実として、
ロロはソラが許さなければ、得物で首を掻き切って自害するつもりだった。
それほどまでにセーラからどやされたのだ。当然ながら彼女が死を勧めたわけではないが。
しかし『誠心誠意謝ってソラに許してもらえ』というセーラの言いつけを守れないならば、それはロロにとって死んだも同然であるのだ。
……と、そこまで考えた時である。不意にロロは暖かい体温を感じた。それが頭を撫でるソラの手と知ったのは、少し遅れてからである。
「……許します。ただ一つ条件があるのですが」
「…………ぐすっ……じ、じょうけん……?」
ええ。
彼女は頷いた。見つめていると吸い込まれてしまいそうなほどに銀色の深い深い色合いの瞳、淀んで暗い黒紫のそれと交わる。
ロロはソラの目を見つめていると、どういうわけか自分の中の不安や恐怖がゆっくりと消えていくのを感じた。体の震えも止まる。
「ずっとセーラさんの親友でいてあげてください。あなたと彼女、お似合いだと思いますから」
その理由はようやっと分かった。
自分は『勘違い』していたのだ。ソラというこのスナイパーの強さも。それから人間性も。
ソラはそれからふっと笑った。
ロロは無言でこっくりと頷く。ちょうど月が黒雲から現れ、彼女の濃紫の髪を明るく照らした時だった。
***
「やれやれ、これにて一件落着か。あぁ、どっと疲れが出た」
というわけで、解散である。
エクスは自分の部屋に向かうため暗い廊下を歩いていた。直後にロロからソラと同様に謝られる。
向こうが殺そうとしたのは自分ではなくソラであるため、本来ならば謝られる筋合いはない。しかし、副官のクリンに殺害を命じたのは紛れもなく彼女だ。
謝罪にはそういう意味もあったのだろう。だがエクスは別段責めるようなこともせず、ひらひらと片手を振った。
「ソラさんが許すなら俺も如月も許すさ。……まあ死にかけたけどな」
「………………そう」
ロロは口下手なのだろう。それからもう一度無言で頭を下げると、宿の玄関へ駆け出した。
ところがだ。ふと気になってエクスはその小さな背中を呼び止める。ロロはキョトンとした様子で振り向いた。
「なあロロ……ええとロロさん」
「………………呼び捨てでいい。…………なぁに?」
「あ、ああ。いやさ、俺たちがエレメンタリアにいることを大陸警察に言ったのはお前だろう? ええと、セファロだったっけ。大陸警察の最高権力、その人とつながりがあるのか?」
この問いは別段深い意味はなかった。しいて言えば雑談の延長である。天獄島『アルカトラズ』の元囚人でも大陸警察と話せるようになるのか、単純に疑問に思ったのだ。
エクスは思考する。聞いてはいるものの、ロロが自分たちがエレメンタリアにいることを大陸警察に伝えたのは明白であろう。
そこから『喫煙所』に伝わり、ワイアット・〝Q〟・アープが刺客としてソラの元へ派遣された、とこういうわけである。
ところが、
次いでロロから飛び出した返答は、エクスのその思考を根幹から覆すものであった。
「…………なんの、こと? …………わたし、あなたたちの居場所を大陸警察に伝えたりしてないわよ」




