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その52 保安官ワイアット・アープ11

ネット小説大賞、最終選考通過&書籍化が決定しました。

以下ページ下部から応援コメントを投稿できますので、もしよかったらよろしくお願いします。


http://www.cg-con.com/novel/

 なぜ自分はまだ生きているんだ。

 アープが目を覚ましてまず思ったことは疑問である。どういうわけか瞼を動かすことができた。 

 身体中がズキズキと痛む。吐き気にも似た感覚が体の中でのたうっており、思考を巡らせようとすれば頭が痛んだ。


「……俺は……」


 乾いた空気が頬を撫ぜる。

 静寂が場を包んでいた。セーラやゴブリン100体分のゴブリンの姿もなく……ところがだ。人の気配。ちょうど自分の正面。

 むき出しとなった廃家屋の階段にソラが腰掛けていた。アープはそちらを見る。銀色の瞳と自分の黒い瞳が合うと、彼女は呟いた。「目が覚めましたか」

 左手の持っていた銀色の自動拳銃『ボルト』。くるくると器用に回すと、やがて象牙色のコートの内ポケットに戻す。


 麻酔弾である。

 あの時どうやら自分は低威力の麻酔弾丸を打ち込まれたらしかった。なるほど、それならばこの気分の悪さも気だるさも納得がいく。

 現にソラは攻撃力の高いリボルバー拳銃『ランド』ではなく、属性弾丸を始めとして様々な種類の銃弾を放つことができる『ボルト』を使っていた。


「……なぜ殺さなかった」


 アープはうなった。まかりなりにも自分はソラを殺そうとしたのだ。にもかかわらずこの女は、銃のトリガーを撃ち抜くなどという面倒なことを行い、

 そのあとトドメを刺そうともしない。アープは自分の心の中に、少しずつ少しずつ屈辱感が広がっいくのがわかる。


「依頼ではなかったので」


「ふざけ───」


 言いかけて銃を引き抜こうとしていた手が止まる。無い。得意の早撃ちは中途半端な姿勢のまま停止した。

 彼の目当てのものはソラの手の中にあった。


「……『バントラインスペシャル』。ふーん。それがこの銃の名前ですか」


 そりゃそうか。殺しはしなかったものの、武装解除させずに放っておくわけにもいかないだろう。

 曲がりなりにも自分は殺そうとしたわけだし。そこまで考えたところで、さらにソラから声が飛んだ。


「光が反射して相手に見つかりやすい短所のある真珠のグリップ……おまけに長すぎる銃身。これ、扱い難くないですか?」


 この女……アープは思考する。

 先ほど撃ち合いをしていた時とは全く異なる雰囲気であった。

 『銀色のスナイパー』のあの殺気、そして『ランド』を向けられた時のじわりとした威圧は存在しない。まるで世間話でもするような口調であった。

 『バントラインスペシャル』を返される。だが目の前の狙撃手に向かってそのトリガーを引くことはできない。前述の通りソラに綺麗に撃ち抜かれ、根元からポッキリ折れてしまったからだ。


 アープはため息をついた。


「よっぽど大事なんですね、その銃が。パーツは古いにも関わらず手入れもされていましたし。弾丸も旧式の手に入りにくいものです」


 まあ、自分の『ボルトランド』も相当古い銃であるのだが。アープの銃はそれより古い。

 彼は黙っていた。

 ところがである。ソラが再び階段に腰を下ろした時ポツリと言うのだった。


「……知り合いからもらったものでな」


 なぜだろうか。


「そいつと約束したんだ。その銃で保安官になる。そして絶対に負けないとな」


 なぜ自分は敵である、そして負かされた人間に向かってこんなことを話しているのだろう。

 親しい友人にすら話したことのない内容を、気がつけばアープは喋っていた。

 理由は自分でもわからない。しかしそれは自分へ言い聞かせているのかもしれず。


「約束は守れなかったわけですねえ」


 ソラはこれまた雑談でもするかのように言葉を紡ぐ。その通りだ。命は取られなかったにしても、この状況、確実に自分の『負け』である。

 いや、いっそのこと殺してくれた方がどんなにいいか。


「セファロは元気にしていますか」


 そんなアープの心情などどこ吹く風でソラは尋ねた。

 セファロタス・フォリキューラ。大陸警察の最高権力だ。

 幕僚長のラミー・ヤーミとともに、喫煙所に直接指示を出せる唯一の人物である。


「ああ。元はと言えば俺を刺客に送り込んだのはあいつだ。今アルカトラズの脱獄の件と()()()()でてんてこ舞いしてるがな」


 脱獄の件───これに関しては後々公表されるため、アープは口止めされていなかった。

 注釈するとセーラは他言無用とラミーに口を刺されていたが、無論の事それは彼女に事の重大さを印象付けるためである。


「ほう。脱獄。天獄島から脱獄者が出たんですか」


「ああ。ソフィア・ルールレイドと言う人物だ。セファロは目下あいつを追っている。そして……」


 そして一方で、お前を殺したがってもいる。

 アープはソラに言う。その時ちょうど月が陰り、月光が路地裏からさぁっと引いていった。

 ソラの表情をうかがうことはできない。彼女は一言だけ「そうですか」とこれまた世間話のように述べるのみであった。

 これでもう聞くべきことは聞いた。やはり、セファロタス……大陸警察最高権力の意向で自分を狙っていたのか。

 そして、おそらくこれからも狙われる。アープが起きるまでその場にいたのは、その裏付けが撮りたかったからにすぎない。

 ソラは踵を返した。もうこの場にいる理由はないからである。


「なあ、銀色のスナイパー」


 だが、ふとその足が止まる。


「どうしてお前は『喫煙所』をやめたんだ。それだけじゃない。正義組織を抜けて、なんでアウトローなんかやってる」


 その問いかけに対しやはりソラは無言だった。

 彼女は元々『喫煙所』に所属していた。これは如月やエクスも知らないことである。他ならぬアープも、セファロから聞いたのだ。

 もっとも『喫煙所の主』の弟子であるのだから、まあ推測はつきそうものである。その『主』自身ももう喫煙所は脱退しているわけで。

 やがて少しの間の後に呟く。小さな声だったが、しかしアープの耳にはっきりと届いた。


「あそこに正義はありません。……あなたもいずれわかることでしょう」


「悔するぞ。俺をここで殺さなかったことを。ガンマンとして」


 ガンマンとしてもう一度必ずお前に挑戦する。

 『バントラインスペシャル』を腰に戻しながら、アープははっきりと言う。その漆黒の瞳と空の銀色の双眸が交錯すると、彼女は小さく笑った。


「…………お待ちしてます」


 もしまた撃ち合うことがあったら────────────また、いずれ……─────

 それだけ言うとソラは歩き去る。


 残ったアープもまた立ち上がると、帽子を拾い上げ、ゆらりとその姿を夜の闇に消した。

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