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その51 保安官ワイアット・アープ10

「……ん、むにゃむにゃ」


「おや、お気づきになりましたか如月さん」


 一方の路地裏。

 如月はゆっくりと体を起こす。自分はどうしてここに……ああそうか。ロロに負けてそのあとアイリスに助けられたのか。

 どうやらそのままずっと気絶していたらしい。起きようとしたのだが、傷口が疼いて顔をしかめた。着流しの上から傷を抑える。もう血は止まっていた。

 アイリスに応急処置してもらっていたが、他ならぬ『ダーインスレイヴ』にやられたのだ。今だにシクシクと痛む。


「いたたた。む、そうだエクスは……。すまんアイリス、ここ頼む」


 傷口を押さえながら、如月は歩き出す。刀を杖代わりにしていた。

 確かこっちの方だったよな。多少物音がしても良いのだが、あるのは静寂のみ。

 左右に続く建物の高い壁、誇りと泥にまみれた暗く細い路地。なるほど連れ去られた後らしく、人を引きずったような痕跡がてんてんと伸びている。


 やがて見えてくるのは教会─────ではなく、

 教会()()()()であった。


「な……!」


 如月は自分の目を疑った。

 場所的に確かにここらで間違い無いだろう。しかしそこにあるのは一面の瓦礫、瓦礫、瓦礫。

 まだうっすらと土煙が漂っている。つまずかないように崩壊したそれに近づき、慌てて彼女は周囲を見回した。


「こ、これはどういう……! エクスがやったのか……? おーい! あいつ……!! 無事なんだろうな……」


 周囲の邪魔な障害物をどかす。何かの石膏像であろうか。魚の尾ひれのようなそれを払う。

 だがいくら探そうとも彼の姿が見えず。

 如月は腰を折った。がっくりと自分の周りに絶望が支配するのが感じられる。これだけの破壊。無事とは考えにくい。

 負けたのか? エクスが。

 剣征会のあの六番隊の、あいつがやったのだろうか。それならば納得がいく。


 人の気配。

 如月は刀に手をかけながら振り返った。ちくしょうふざけるな。こうなったら私がエクスの仇を……


「おい、人を勝手に殺すなよ」


「あれ?? え、エクス??? えっ? 本物?」


「に決まってるだろ」


 ふらふらと如月のところまで歩くと、そこで彼は手近な残骸の上に腰を下ろす。


「勝ったぜ如月、約束通りな」


 そう言って彼はニヤリと笑った。


***


 教会の崩落。

 それこそがエクスの狙いだったのだ。事前に神像の裏へ影を誘導し、背中から相手を攻撃する──── 一連のそれは全てフェイクである。

 真の狙いは、教会そのものを壊すこと。

 普通なら不可能だ。しかし、物には全て『弱点』となる部位がある。硬いものでもある部分をつけば壊しやすかったり、人間においても体の『弱点』は存在し───それは例えば『急所』などと呼ばれている。

 エクスの神から授かった目……『神眼』は、この弱点を『見る』ことが出来た。クリンのその部位に攻撃しようとしたが、影に阻まれてできなかったのだ。ところが、


「教会の『急所』も見えてたからよ、そこにうまく相手の攻撃を誘導してやった。まんまと引っかかってくれたぜ」


「し、しかし御主……教会がいざ崩れるときに巻き込まれるんじゃ……」


「ところが、だ。『落石が落ちる場所』もこの目で『見えて』た。なんとか避けられたよ」


 俺は目がいいんだ。

 エクスは得意げに言った、のだが、その実かなり危なかったことには変わりない。内心冷や汗ものである。

 現にこの程度ではクリンは戦闘不能になった程度であった。死亡していないだろう。どこかで気絶しているらしいが。


「で、如月、そっちの方はどうだったんだ? まあお前なら聞くまでもなさそうだけど……」


「う……ああ、わ、私は……」


 しどろもどろになる如月。この時ばかりは彼女は自分の未熟さを呪う。

 もうロロの精霊『ダーインスレイヴ』の能力は消えているものの、エクスに問われることでずきりとその部位が傷んだような気がした。


 負けたんだ。

 負けたのである。私は。如月は思考した。あそこでアイリスが駆けつけてくれなければ、確実にロロに殺されていただろう。

 悔しさよりも劣等感よりもまず、不甲斐なさが自分を襲った。自分で自分に腹がたつというものだ。曲りなりのも用心棒。それなのに……

 と、そこまで考えてエクスに正直に話そうとした時である。「な、なんだお前……?」彼のいぶかしんだ声が聞こえてきた。


「ん?」


 エクスは自分ではなく自分の背後を見つめていた。

 振り返る。ちょうど如月もそちらに目をやれば、今まで自分たち以外誰もいなかったその廃教会。崩れたいちばん大きな瓦礫の上に一人の人物が腰掛けていた。


「……御主は……」


 如月の琥珀色の瞳に写った人物。

 時折吹くそよ風に黒衣の裾をなびかせる少女の周囲からは、膨大な魔力の片鱗を感じ取ることができた。


「あなた方が、『銀色のスナイパー』のお仲間ですか」


 少女は言いながらエクスと如月を見比べる。

 黒縁眼鏡の奥の瞳が自分に向けられるたびに、エクスは息苦しくなるような奇妙な感覚を覚える。

 ほとんど同様のことを如月も感じているらしく、鋭い視線のまま刀の鯉口に手をかけた。


「何者だ」


「お、おうそうだ。誰だ一体」


 ぽかんとしていたエクスもそこで慌てて神剣を構える。

 ところがだ。フィンフィアは動じた様子がなかった。代わりに彼女も、それこそまるで武器を手に取るかのように、ゆっくりと傍に立てかけていた杖を手に取る。

 それまでにエクスたちが出会った魔法使いが持っていたものとは異なり、金属製であった。


「……フィンフィア・ジュエルコレクト。といっても分かりませんか」


 元老院の『賢者』です。

 こちらの方が伝わりますかね。少女は……フィンフィアは言いながら立ち上がった。


「……やはり……」


「あ、あの召喚士(※ゼダムのこと)の仲間かよ! どうしていつもいつも……」

 

 綺麗に切り揃えた黒髪、いかにも頭の良さそうな顔立ち────なるほど、如月はようやっと合点がいったというように頷いた。

 『賢者』。ハオルチア大陸最強の魔法使いの一角となれば、この馬鹿みたいに膨大な魔力も頷ける。


「……魔法使いが何の用だ。私たちを殺しにでも来たのか」


「まさか。他の魔法使いといざこざがあったのかもしれませんが、私をそういう野蛮な連中と一緒にしないでいただきたい」


 フィンフィアは如月たちから視線を外した。

 まかりなりにも二つの刃が自分に向けられているにもかかわらず、魔法使いは全くの無警戒だった。

 その無防備極まりない背中は、『斬りたければいつでもどうぞ』そう暗に物語っているようで。そしてだからこそ、エクスも如月も動けない。


「ところであなた方。『ゼオン=シンビフォルミス』という人物をご存知ですか」


 フィンフィアが唐突に紡ぐその言葉に、如月もエクスも無言だった。

 どうしてそのような話題が今ここで成されるのだろう。そしてそもそもゼオン=シンビフォルミスって誰ですか。当たり前ながら疑問符が頭に浮かぶ。


「作家ですよ。『幻想の国』のね。数多く物書きがいるあの国で、おそらく一番名のしれた小説家でしょう。代表作である『永遠の書』という本は、幻想の国では聖書のように崇められています」


 まあもう彼は亡くなりましたが。

 フィンフィアは付け加える。


「へえ……で、そんなすごい作家と御主に何の関係があるんだ」


「幻想の国……って確か……今度大きな式典があるとかいう」


 これは剣征会の面々から聞いたことであった。エクスは思考する。

 近い日に、物書きの、物書きによる、物書きのための国家『幻想の国』。

 実にハオルチア大陸の書物の40%が刊行されているこの国で、物書きの、物書きによる、物書きのために行われる祭典『ファンタジア祭』。

 「よくご存知ですね」とフィンフィアは言う。それからようやっと振り返った。


「例年ファンタジア祭では、その年最高の作家を決めます。賞金は莫大。ですが、今回に至ってはそこにもう一つ。ゼオン氏に関する『ある物』が賞与として付け加えられるそうで」


「だから! それがいったい何の関係があるんだ!」


 如月はイライラと刀の鍔を叩く。その様子に何も分かっていないというようにフィンフィアは首を振った。

 エクスは一方で彼女が言わんとすることが理解できており。


「……その『ある物』を、お前ら魔法使いは狙うっていうのか」


 どこか遠くで野良犬が鳴いた。エクスの視線の先の魔法使いは、ところが肯定しなかった。()()()()()()()()()()

 これは少し前にゼダムも言っていたことである。あの召喚士の賢者も、『我々は『幻想の国』に用事がある』とこういうことを話していた。


「それに、()()()つ」


 言うや否や、フィンフィアの足元に魔法陣が広がった。

 ……のもつかの間、次の瞬間に彼女の姿が消え、そう思った時にはもう、如月の背後にその姿を現していた。


「な……!」


「私は『錬金術士』でしてね。フォーカリアでは宝石鑑定業を行なっています。錬金術とは『卑金属いしころ』を『貴金属ダイヤ』に変えること」


 素早く一歩下がり、互いの距離をとる。

 一触即発の状況であったが、ところが奇妙なことがある。先ほどから警戒している如月と、それからこのような戦闘に関して素人であるエクスですら思うのだ。

 目の前のこの錬金術士、それらしいこと言っているものの全くこちらに危害を加えようとしないのである。今までの魔法使いは状況がどうであれ即攻撃してきたため、これは些か奇妙に思えた。


「……私が貴金属から精製した『歌姫』は……」


 フィンフィアは如月を見ていた。

 直視されているとまるで周辺に渦巻く『賢者』の膨大な魔力に押しつぶされるような感覚に陥る。現に如月はある種の息遇しさのような、酔いに似た感覚を覚えていた。

 

 一方のエクスは視線を外されてるため、ある程度冷静に、客観的にフィンフィアを見ることができる。

 ちょうど彼女が『歌姫』と発言した時のことだ。その中にごく一瞬、ほんの一瞬である。それまで宿らなかった感情────言うなれば「好奇心」。

 まるで新しい玩具を与えられた子供のような、純粋な好奇心が見て取ることができた……ような気がした。


「……バロンボルトはうまくやったようですね。流石です」


 エクスがそう思考した瞬間、ところがである。フィンフィアはポツリとつぶやいた。「では私はこれで」

 再び足元に魔法陣。如月が逃すまいと詰め寄る間もなく、まるでその場にいなかったかのように姿が消える。

 後に残ったのは強大な魔力の残滓ざんしのみ。乾いた風に吹き流れると、今度は待ちわびたように静寂が訪れる。如月はため息をつき、親指で押し上げていた鍔を戻した。


「なんだったんだ今の……。わざわざ俺たちに魔法使いどもの動向を教えてよかったんだろうか」


「…………さあな。連中が考えてることはさっぱりわからん」


 言いながら如月は踵を返す。

 はっきり言って『幻想の国』もファンタジア祭も興味がなかったが、ところがある言葉だけ、ほんのわずかだが気になっている。


「…………歌姫……?」


 そういえば、あの召喚士もそんなことを言っていたな。そしてその部下であるバロンボルトも。

 如月は先ほどまでフィンフィアが座っていた瓦礫に目をやった。当然ながらそこには錬金術士の姿も、展開された魔法陣も存在しなかった。

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