その50 保安官ワイアット・アープ9
さて、その一方でソラとアープ。
セーラたちから離れた二人。再び隠れるソラを前にして、アープは『バントラインスペシャル』をぐるりと回す。
「どうした銀色のスナイパー! 逃げるだけか!」
「(……言われなくても……)」
アープの挑発に、ソラが動く。
ゆっくりと息を吐き、吸い、それからもう一度吐いた。
タイミングを計る。
3
2
チッチッチッチッ
1
─────今だ!
ソラは物陰から脱兎のごとく飛び出し、姿勢低く駆け出した。
銃使いが、自分から接近してくる────ほぼほぼ予想外であろう。そして、予想外であれば人は狼狽するはずだ。
大地を蹴り、ソラは疾走する。
お互いの距離はだいたい中距離程度であろうか。数値にすると大したことないが、それでも彼我にとっては長い距離だ。
アープは振り向いた。長髪を靡かせながらちょうどこちらに疾走してくるソラのその姿は、さながら銀色の弾丸。
だが、
彼は嗤う。
〝 遅 い 〟
「……っ!」
「俺の早撃ちの技量だけで『喫煙所』に抜擢されたんだ。舐めるなよ銀色のスナイパー」
ちょうど接近するその最中。
きっちりとこちらを見据えるアープ。その鷹のような目と、ソラの深い色合いの銀色の目が合一した。
***
撃たれる──────!!
この場にいた観戦者二人。もしもセーラとゴブリンは反射的にそう思考するだろう。
『バントラインスペシャル』の長銃身がソラの額をきっちりと睨んでいる。
睨まれていることはソラもまた分かった。
「(……この状況で狙いを……っ!)」
正確に自分に狙いを定めてくる。並の銃使いでは不可能な所業。
撃たれる。
『バントライスペシャル』の弾丸が炸裂した瞬間、その18インチの銃身から鋼鉄が放たれた。
発火炎と共に、一直線にソラの眉間へ。思う間もなく直撃するだろう。ゴブリン100体分のゴブリンは思わず目を背けた。
しかし、
代わりに響くのは金属と金属が打ち合った時のような、硬質な音だった。
「……!!」
「頑丈に作ってもらってて助かりました」
ソラの眼の前には自動拳銃『ボルト』。そして足元にはまさに今落下したと思われる、バントラインスペシャルの弾丸。
拳銃の銃身でこちらの銃撃を防いだのか─────と思う間もなく、もう片割れ。いや、銀色のスナイパーにとってこちらが主力武器。『ランド』の銃口がアープを睨む。
「クイックドロウですか。素晴らしい腕前ですね。あなたより早く撃てる銃使いは、一人しか知りません」
瞬間、
じわりとした圧力。それはほとんど無意識化で放たれる、銀色のスナイパーの『圧』であった。
なるほど、凄腕の殺し屋/賞金稼ぎと聞くが、それは頷けた。この威圧。並の人間なら狙われただけで竦み上がってしまうだろう。
だが、
『超人』であるのはアープも同じだ。『ランド』の『いかく』に動じることなく、彼は再び利き手を動かす。
「ほう、面白い! 誰だそいつは! 俺よりも早く撃てる人間など……」
そこで、
ワイアット・アープは違和感に気付く。
人差し指が空を切ったのだ。
あっけにとられる。慌ててそこを覗いてみると、ちょうどトリガーの部分が根元から折れてしまっている。
『ランド』の銃口からは白煙が上がっていた。
まさか……。
再びソラと……銀色のスナイパーと目が合う。
同時に少し前の彼女の言葉を思い出した。あなたより早く撃てる銃使いは……
「────────────私ですよ」
***
ソラが行った行動は──────『回転』。
ちょうどゴブリン100体分のゴブリンが顔を背けた瞬間のことであった。彼女は左足を軸足として、その場で時計周りに一回転したのである。
前回転の時点で、左手の自動拳銃『ボルト』。体に密着させるように持ち引き金を引き、真横から飛びくる弾丸に弾丸をぶつけることでアープのそれを弾き飛ばす。
そして後回転。ちょうど『ボルト』で弾いた瞬間に正面に現れるランド─────まさに相手にしてみれば引き金を引いた瞬間、それを覆い隠すように『ランド』の弾丸が発射される。
回転の遠心力を利用することで、通常より何倍も早くホルスターから『ランド』を引き抜くことができた。
「……な……」
ようやっとカラクリが分かったアープであったが、いや信じられない。
こちらが『正面から』『正確に』あの場で銃口を突きつけているにも関わらず、とっさに回転……すなわち背を向ける行為を選択する判断。
それだけではない。高速で飛来する弾丸に真横から弾丸を当てがう動体視力。そのタイミングを見極める身体能力に加え、
最後────ホルスターから抜き撃つ早撃ちの技量。
回転の力を加えてホルスターから抜き出す超高速。
そしてその高速をきっちりと相手の標的……それも正面から見たら『点』にしか見えない対象にきっちりと合わせる技術。
「……バカな……」
化け物。
思わずアープは呟いていた。自分より早く抜き撃つことのできる銃使い。出会ったのは初めてであった。
しかも、『ランド』の弾丸を掠らせるようにして当てているのだ。
大口径の回転式だ。正面から直撃させれば、トリガーが折れるだけでなく、グリップまで破損してしまうだろう。
針の目を縫うような、まさしく近距離での『狙撃』。アープは驚愕の瞳でソラを見つめている。
「これくらい大したことありませんよ。『スナイパー』ですから」
では、ご機嫌よう。
言いながらソラは『ボルト』の引き金を引いた。




