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その48 保安官ワイアット・アープ7

 ソラが地面を蹴るのと、アープの腰だめの『バントラインスペシャル』が火を吹くのはほとんど同時だった。

 ソラのブーツを鋼鉄メタルが掠める。再び家屋の裏に隠れた。ちょうど浮き出たサビに足を取られそうになる。


「(……まず足を取ろうって算段ですか。ふむ……近づけません)」


 月光がサァッと周囲を照らす。ソラの銀色の髪を、象牙色のコートを浮き上がらせた。

 双銃術の速さにきっちり合わせてくるアープの技量。やはり、並の銃使いではない。


 それだけではない。

 ちらりとセーラとゴブリンを見る。彼女らがアープの近くにいるのも非常にやりにくかった。

 アープが彼女らに手を出さないという保証はない。危害を加えられることだけは避けたかった。


 となると……。

 ソラは左手の拳銃『ボルト』のダイヤルを調節した。威力重視の『ランド』と異なり、一撃のダメージは低い代わりに様々な属性弾丸を放つことができる。

 ダイヤルの番号は『3』─────合わせた瞬間、『ボルト』全体が一度ぼうっと発光する。


 再びアープの前に姿を現した。

 撃ち合いとなった。だが、アープの方がやはり速い。ソラは大きく体を反らす。本来当たるはずだった弾丸は肩を掠めた。


「ぐっ!」


 一秒にも満たない銃撃。

 ソラのボルトがアープに向けられる。だが、すでにそこに彼の姿はなく、脇へ避けていた。


 アープの次弾。


 否、


「……!」


 激烈な音響と閃光。

 暗い路地裏に光が満ちる。「うわっ!」「ぎゃあ!」セーラとゴブリン100体分のゴブリンは思わず目を背けた。

 月の光と壊れた街灯のみが光原である路地裏が、明らかに必要以上に白んだのだ。


「(……閃光弾か……くっ! これはいけない)」


 アープもまた顔を目で覆う。

 ソラから撃たれるかもしれない。いや、もしも撃つならその前の足音で分かるはずだ。彼は耳を澄ました。

 だが、足音が遠ざかる。は? 遠ざかる? やがて閃光が晴れ、ぼんやりとした月の光、薄汚れた廃墟群。全てが視界に復活した。

 ようやっと両目が効くようになると、ところがだ。そこには銀色のスナイパーの姿は存在しなかった。


 なるほど。

 逃げるとは考えにくい。となると戦う場所を変えようということか。


「……いいだろう」


 薬莢が地面に落ちる硬質な音が響く。

 からりからりとそれは転がり、うち一人がセーラの足元へ転がる。

 視線を向けることなく新たに6発リボルバーに納めると、再び歩き出す。こつこつというその足音は、死神の足音のようにも聞こえ。


***


「……行っちまいましたね」


「ソラのやつ大丈夫だろうな」


 やがて、その足音が遠ざかる。周囲を見回すが、ベストに黒いジャケット、アープの姿はない。

 セーラは呻いた。四肢を動かそうとするも血を流しすぎており、おまけにアープに麻酔弾を撃たれたため全く動けなかった。

 かろうじで『静の剣気』で止血しているためなんとか意識は保てている。彼女は隣のゴブリンを見た。彼も彼で、持ち前のスタミナでなんとか意識を保っている。

 追われていた時に自警団にやられたらしい傷跡、そこから流れる血が身に纏ったボロボロの獣の皮を濡らしていた。


 これはいけない。

 セーラは濃橙の剣装を脱いだ。止血しなければ命に関わるかもしれないからだ。

 下に着ている道着を大きく破る。上半身が露わになり、黒い下着がゴブリンの視界に入る。彼は慌てて目をそらした。


「……お前なあ、腐っても魔物だろう。しかも賢者に召喚された。なんで違う種族の人間に欲情してどうするんだ」


「い、いやそうですけど。大丈夫です見てませんから」


 お前なら別に見てもいいよ。

 言いながらセーラはゴブリンの患部を思いっきり縛った。これでそのままほっといたら血は止まるだろう。

 もう一度結び目を確認すると、今度は自分の傷口が痛む。「情けねえなあ……これでも真打ちなのに」

 ぼやきながら再びゴブリン100体分のゴブリンの巨体に寄りかかる。外壁はゴツゴツして冷えており、傷口に響くのだ。


「……気になるな。ソラのやつ」


「大陸警察に追われてる理由ですよね」


「それもだがな……どうしてあいつがエレメンタリアにいることが、『喫煙所』の連中にバレてたんだろう」


 そう、セーラ・レアレンシスが気がかりなのはそこである。

 大陸警察の幕僚、ラミー・ヤーミ。他にも『喫煙所』のワイアット・アープ。そしてセーラを狙撃した他の面々。

 『銀色のスナイパー』に懸賞をかけるのはわかる。しかし、どうして彼女はエレメンタリアにいるということがピンポイントで分かったのか。

 ソラは流れである。大陸中を転々とする典型的なアウトローだ。

 大陸警察に目をつけられないよう細々と依頼……それは賞金稼ぎであったり、要人の殺害であったり、そのような殺し屋家業を行いながら生計を立てていた。


「つまりな、本来あいつは連中(喫煙所の皆様)に目をつけられるような人間じゃないんだよ。腕は超一流だが、ただのアウトローだ」


「そういえば……確かに」


 ソラは用心深い。

 いたずらに自分の場所を公表するわけもないだろう。それに何より、彼女がエレメンタリアに来たのは本当に偶然なのだ。

 もともと目的としていた国が『じゃれ』に消されてしまったせいで、そして偶然セーラと出会ったせいで、いわばたまたまやってきたのである。


 その急遽決定した『偶然』を、

 喫煙所、もとい大陸警察の人間たちは知っていたのである。本来ならほとんど知りえないはずの情報を、なぜだが知っていた。


「…………」


 なぜか。

 考えてみたところでその理由は分からない。いや、『推測』はできなくもないのだが、彼女はその推論をあまり信じたくなかった。


「……ロロが……」


 自分と同じ真打ち、〝剣魔〟ロロ・ペヨーテ。

 彼女がソラの情報を大陸警察に売ったのではなかろうか。どうも話を聞く限りソラのことを恨んでいるようだし。

 連絡して問いただしたいところだが、生憎と端末はアープに持って行かれてしまっている。それに同僚を疑うようなことは、彼女としてもしたくない。


 とにかく、全てはこの事件が終わってからだ。

 ゴブリン100体分のゴブリンに寄りかかったまま、彼女はゆっくりと目を閉じた。


***


「……やべえよ……やべえよ」


 強すぎる。

 エクスはがっくりと膝をついた。身体中が痛い。あるところは斬られ、あるところは貫かれ、いつの間にか満身創痍である。


「君さあ、さすがに弱すぎやしませんかね。それでも銀色のスナイパーの仲間かい」


 その前方。

 埃にまみれ、あるところは朽ちた長椅子。そのちょうど中央に座っているクリンはため息をついた。

 こちらは全くの無傷だ。それこそ、影を落とし込んだかのような艶消しの剣装もったく乱れておらず、呼吸の一つも同様に乱れていなかった。

 周囲にうごめく影、影、影。クリンは自分の得物を弄んだ。彼の剣に憑いている精霊は『影縫い』。あらゆる物の『影』を使役する精霊である。


「う、うーむ……」


 これはいけない。

 というか今更ながら気がついた。あまりにもこの場所、すなわち夜の廃教会。あまりにも影が多すぎる。

 これでは周囲全部クリンの武器みたいなもんじゃあないか。そしてその真っ只中にいるちょっと目がいいだけの元ニート────『俺』。


 これはきつい。

 いやいや分が悪い。分が悪すぎる。とてもじゃないが勝てそうにないぞ。

 かといってもう一つの彼の武器、そう逃げ足だ。こちらも使えそうになかった。

 踵を返して、そのまま出口へ走ろうとする。だがダメだ。もう何度も行おうとしたのだが。


「行っただろう。『逃がさない』と」


「く、くそー……」


 足が動かないのだ。

 正確には移動はできるのだが、この教会からは絶対に出られないようになっているらしい。

 でなければとっくにこの廃教会|《不利な間合い》から離れて戦うというのに。


「……『影踏み』。君の影はもう僕のものだ」


 体を縛らずして、クリンはエクスを拘束していた。

 じわじわとそのままいたぶって殺すつもりらしい。エクスは唸った。


「弱点はわかってるんだ。この目で……弱点となる部位は見抜けている。それなのに……」


「体の弱い部分がわかっても、近づけなければ意味はないだろう。さてと……」


 さらりとしたクリンの髪は、吹く風に流れた。

 


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