その10 狙撃手と用心棒
俺はなんともいわれぬ浮遊感を感じている。
ゆっくりと目を開けると、ピンクの靄が周囲に溢れている奇妙な空間に出た。
あれ、見覚えあるぞ。
「あーあ……神剣をこんなにしてしまったのか。全く世話の焼けるやつじゃのう」
俺の目の前にはこのあいだの『運の神』と似た服装の女がいた。
ただし前のあいつよりはずっと若い。十二、三才くらいだろうか。俺より背もずっと低かった。
「運の神がお礼を言っておったよ。十分なデータが取れたそうな。もう十分ということで、お主があの剣士を突き飛ばした瞬間にステータスを平均まで引き下げておったな」
…なるほど。そりゃ『普通の運』だったら『運悪く』弾が当たるわな。
なんてこった。せめてもう少しだな……。
後ほんのちょっとでも下降させるのを遅らせてくれれば、こんな痛い思いしなくて済んだのに。
というかビックリした。撃たれてそのまま死んでしまったのかと思った。
どうやら腹に弾丸を受けた瞬間、たまたま神様がてこ入れしてここに飛ばされたらしい。
最後の最後で本当に『俺自身の』運がよかったのだろうかね。
「……で、」
「あんたはなんの神様なんだ」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた」
そういってなんかの神様は俺にかるーくデコピンした。
……猛烈な勢いで吹っ飛ぶ俺。だが不思議なことに痛みはない。
「な……な……!!」
「『力』を司る神じゃ!!」
というわけで、
次俺は『力のステータス極振り』で転生するらしい。うーむ運の方がよかったな……
いつのまにか治る神剣。そして白い光に包まれる。
「あ、そうそう」
「ん? なんだ?」
「お主、ハオルチア大陸で殺し屋の運転手をやってるそうじゃな。
いいか、危ないことをして死ぬんじゃないぞ。せっかくの実験体だ。神様連中も失いたくないからな。
死んでしまえばステ振りも何もない。行く先は『無』だ」
光はもう俺の全身を包んでいた。
「お、おう。って、運転手じゃねーよ! ったくどいつもこいつも…」
「まあいい。あの剣士が心配しておるじゃろう。さっさと戻ってやれ。
特別に腹の傷は直しておいてやろう。あんまりステ振り以外で干渉したらいかんから…いいか! 今回だけじゃからな。ではでは……」
「『力全振り』のステータスを試す冒険に――――――――――いってらっしゃい♪」
こっちの言葉も待たずに――――激しく輝く光。俺の意識が暗転した。
***
「うーん……むにゃむにゃ……」
俺はむっくりと起き上がる。どこだここは………?
散らばる死体。飛散するガラス。見覚えのあるエメラルドの指輪。あっそうかここは……
「運転手!!??」
目の前に如月の顔が殺到した。鼻と鼻がくっつくほどの距離だ。いや近い近い。
それから彼女は俺の肩を掴んでゆさゆさ揺すった。
「だっ! 大丈夫なのか!!? ……おい!! 私だ!如月だ! 分かるか!!」
「あばばば、だ、大丈夫大丈夫!! 大丈夫だから離せって!!」
俺は適当に言い訳した。直撃の瞬間にうまく顔を反らしたんだ、なんていう。
明らかに血を吹いて倒れたようだが、そんなことは些細なことだ。よく見ると傷も消えているではないか。ありがとう神様。
「それより出るぞ。もたもたするとまた追っ手が来るかもしれねえ」
「あ、ああそうだな。しかし、ほんとに大丈夫なのか……?」
「よおし、今度は『力』か」
俺は神剣を構えた。
「如月、お前高いとこから落ちても平気か?」
「ふぇ……? あ、ああまあ高さにもよるが……。どうした? 出口はこっちだぞ」
俺は満足げに頷く。それなら結構だ。
どうせまた降りたら残党どもと戦わなければならないだろう。これ以上無用な戦闘ははっきりいってごめんだ。
かといってこのままでは逃げるのは不可能。ここから飛び恐らく下で待ち伏せされているはずだ。
ならば―――――――取るべき手段は一つ。
俺は神剣を思いっきり『地面に』振り下ろした。
――――――――――ズドオオオオオオオオオオオオオオンンン!!!!!!!!!!!!!!
轟音が響いた。こりゃすげえ! どこにこんな力があるっていうんだ。
床が抜ける。そればかりではない。闇ギルドの建物全体がグラグラと、まるで強力な地震でもあったかのように揺れていた。
「な………!!」
俺たちは真っ逆さま。如月もまた落ちながら、今までで一番驚愕した表情で俺を見ていた。
そりゃそうだろう。ムッキムキの山のような男ならともかく、俺は中肉中背だ。どこにそんな力があるんだって話だ。いやムッキムキの山のような男でも無理か。
「ばっ……馬鹿か貴様は!! こういうことをやるならやるといえ!! というか、運転手……御主一体何者だ……!!」
真っ逆さまに落ちる如月は言った。
真っ逆さまに落ちる俺は答える。
「だから運転手じゃないって言ってるだろ!!」
「俺の名はエクス―――――――――この世界で一番『力の強い』男だ!!」
***
「さってと……行きましょうか」
「荷物は全部積みましたかね」
車のトランクを開けながら、俺はソラさんに言った。
全く今回の依頼は肝が冷えた。死ぬかと思ったぜ。いや、一度死んだか。
あの後、ギルドの崩壊、その混乱に乗じて悠々と逃げた俺たちは、今まさにオプツーサを去ろうとしているところだった。依頼を遂行した国に長くいるのはあまりよろしくない。ソラさんの考えである。
ちなみに、あの後現地の自警団が合流し、残ったギルドの残党どもは一網打尽にされたという。これでもう、不必要な悪事は起こらないはずだった。
いろいろあったが、全て丸く収まったのだ。おそらく……
如月はどこに行ったのか知らなかった。ギルドをぶっ壊した直後だ。ぶっきらぼうな礼と共に、俺と反対の方向に走って行ってしまったのだ。刀が戻ればあとははいそれまでよってな具合である。あいつらしいとえいばあいつらしい。
俺は運転席に乗り込んだ。
「さてと、次はどこに行きますかね?」
「東へハンドルを切ってください。ここは北西の辺境。大陸を横断しましょう」
と、ソラさん。
「東か。ちょうどいい、そこの角を曲がれば近道だぞ」
と、如月。
「りょーかいりょーかい」
…………ん?
と、『如月』?
「って、なんでてめえがいやがるんだ!!?」
俺は窓から顔をだす。見上げると……いたっ! あの時みたいに車の上に、どっかと腰を下ろしていやがる。
唯一違っている点はその左腰だ。黒塗りの鞘に収められた彼女の愛刀『疾風』が、確かに差し込まれていた。
「ふっふっふ……お前たちどうせ思っていたのだろう。『ああ……今後の旅不安だ。強力な近接戦闘能力が欲しい』。『そういえば……あの出会った名も知らぬ剣士、あの居合い、あの技術……うちに居てくれたらなんて安心なんだろう』」
「そこで!!!」
彼女は続ける。
「喜べ運転手!! 私が御主らの『ぼでぃーがーど』となってやろう。殺し屋だって……いや、殺し屋だからこそ命を狙われることもあろう。
し・か・し!! 私がいればもう安心だ!! そんなやつらまとめて叩き斬って……って、あれれ……?」
俺は車から降りて如月の羽織りの首根っこを掴んだ。
ぷらーんと吊るされる彼女。なるほど力にステ振りしただけある。如月が何キロか知らないが全く重くない。
「なぁーにが『あの出会った名も知らぬ』だ。てめー自分から名乗ってたじゃねえか!! というかなあ、ボディーガードなんていらねーんだよ。
こっちはただでさえお前の刀買い戻したせいで金がないんだ。この上さらに付属品まで養えるか」
「な……!! 付属品とはなんだ付属品とは! というか私が本体で刀が付属品だろうそこは!!
はっはーん、分かったそういうことか。水くさいなあ運転手。遠慮することはないぞ。私はそもそも修行のために流浪していた身。死線はどんとこいだ!」
そう、現在俺たちは一文無しに近い。
闇市に流れそうになった如月の刀を、なんとかその前に買い戻したのだ。本来の売値の3倍という目の回るような値段で。
俺は反対した。どうせ如月の手元にあるのだ。そのまま持ち逃げすればいいじゃないか。ところが、反対したのはソラさんである。
「闇ギルドの連中は相当しつこいですよ。きちんとした手続きで買い戻しておかないと、あらゆる手で追いかけられます』
…らしい。なるほどそういうものかもしれない。
だからこそ、3倍という値段だ。これでもだいぶ負けてもらった方である。もちろんQさんが仲介してくれた。
彼がいなかったらおそらく、10倍とかいう値段が付いたかもしれないという。全く恐ろしい話だ。それだけ『疾風』がいい刀ということなんだろうが。
それにしたって、『全額負担』である。ここで鬼になりきれないあたり、俺もお人好しなんだろう。
「ち・な・み・に」
俺にぷらぷらと釣られたまま、如月は言った。
「御主の主人はもう了解済みだ。運転手よ」
なっ なんだって……!? 俺はソラさんを見た。
「……ええ。いいんじゃないですかね。ボディーガード兼戦闘員ということで。彼女なら信用できますし」
「はっはっはっは!! それ見ろそれ見ろ!! よっしゃ決定。さて元の場所に戻してもらおうか」
勝ちほこる如月。完敗する俺。
まあそういうわけだ。ソラさんが言ったのなら仕方がない。俺は如月を車の上に放り投げた。
なんとかスペースを作るから中に入れというのだが、聞かないのだ。よほど俺たちの車の上が気に入ったらしい。
まあそれに、
俺もソラさんの考えには賛成だ。
よくよく考えるとーーーーーーーーーーーいっしょに戦った如月なら信用できる。
それこそ、その辺のボディーガードを雇うより。
「なあ、二人とも……」
運転席に乗り込んだ俺。すると如月が言った。
「…………………本当に……」
ん? 俺は不審に思い。サイドミラーを傾けた。下の方にギリギリで如月の顔が映る。
本当に……
……ーーーーーーーーーーーありがとう
サイドミラー越しの彼女はそう言った。消え入りそうな小さな声だった。
というか、ミラーで口の形を見ないととても分からない。勘の鋭いソラさんは雰囲気でわかったようで。
ソラさんは目を合わせ、意味ありげに笑う。そうだよな、
「え? なんだって?」 「なにか言いました?」
俺は彼女と共に聞こえないふりをすることにした。
「い、いやいいんだ! なんでもない。そんなことはいいから早く出せ運転手!」
予想通りの反応に俺は思わず吹き出しそうになる。というか運転手じゃねえよ。
如月の反応を楽しんでから、俺は言った。
「では、次なる目的地に向けてしゅっぱーつ!!」
バキッ!!!
その瞬間、
俺が握っていたギアチェンジのレバーが音を立てて中程から真っ二つになった。
「………………………」
やっべ、しまった。
すっかり忘れてた。
――――――――――今俺は、すごく力が強いんだったぜ。
読んでくださった方ありがとうございましたー