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その44 剣魔7

 ロロは振り返る。

 気絶した如月の首筋に剣を当てがったまま。そこに現れたのは、


「…………アイリス……!」


 緋色のドレスに、鮮やかな紅の剣装を羽織った一人の剣士、アイリス・アイゼンバーン。

 その紅蓮を思わせる真紅の瞳とロロのどろりと濁った紫色の視線が交錯する。

 二つ結びにした流れる濃紫の髪をそのままに、彼女はこの場に現れた新しい真打ちをにらんだ。


「…………二番隊が何の用、もう業務の時間外でしょう」


「おーほっほ、ええ、そのつもりだったんですがね、急用が入ったんですよ」


 ()()()()()()()()()

 アイリスが言うと、ロロは半眼を驚いたように開いた。

 帝国軍。セーラたちが評議会で議題にしていた、目下の剣征会の敵そのものだ。『春のない国』で言われていた追加情報としては、

 その規模は少数精鋭で100人。強い順にランク付けされており、特にナンバー1からナンバー7は凄まじい実力を図りますよ、と。


「…………第86位の方でした。今クロウたちが評議会の方へ連れて行っていますわ」


「…………そう(無関心)」


 知るか。

 今この状況は帝国軍なぞ知ったことか。

 兎にも角にもセーラ、セーラさんだ、セーラさんを……! そのためには如月(この剣士)を──────


「……おや、聞こえませんでしたかねえ」


 剣を下げろと……ロロの双剣『ダーインスレイヴ』が如月の首を掻き切ろうとした瞬間、

 それよりも早く間に入ったアイリスの剣『フレアクイーン』が食い止めたのだ。『神速』で強引にロロのすぐ手前まで近づいたのである。

 ルビーで構成された、波打った独特の刃を持つフランベルジュの刀身と、ロロの剣がかち合う。


「帝国軍を倒したらそのまま帰ってシャワーでも浴びようと思ったんですけど……どうやらもう一つ急用が入ったようですわね」


「…………邪魔をするならお前も……」


 ロロの放った二本の剣の刺突を、アイリスの『静の剣気』は如実に捉えていた。

 激突するルビーとアメシスト。ちょうど如月の頭上で、鍔迫り合いのような状態に……


「火傷しますわよ」


「!!」


 ならない。

 フレアクイーンから放たれた火炎がロロを包み込む──────瞬間、彼女は剣を振り火炎を払いながら後退した。


「(…………最上位の炎属性……くっ)」


 その隙に、アイリスは気絶した如月を抱えた。

 これからの戦いに巻き込まないよう、隅の壁に寄りかからせる。持ち合わせていた液体型の回復薬を傷口にかけるた。

 とりあえずこれで一命は取り留めるだろう。


「如月さん……」

「今度はわたくしが助けますから。しばらくお休みになっていてくださいな」


 瞬間、

 強力な殺気を感じて振り返る。

 アイリスは剣を一振りした。赤色の太刀筋が暗闇に浮かび上がり、やがて消える。

 一陣の風が真紅の剣装をバサリと揺らし、『剣魔』と『剣姫』は相対した。


***


「(……ダーインスレイヴ)」


 確か『痛み』を司る精霊。その最上位だったと記憶している。

 フレアクイーンを構えながら、アイリスはゆらりと剣気を練り上げていた。


 なるほど。

 濃紫の剣装に身を包んだ双剣使い。その二つの斬撃は、表面を触れただけでもまずいのだろう。

 奴隷時代、痛みに慣れていたアイリスであるが、どうやら()()で斬られるのはご遠慮願いたいな。


「…………あんたも」


「!」


「…………死ぬか、剣姫!!」


 最初に動いたのはロロ……剣魔だった。

 紫色の弾丸のように、鋭角的にアイリスの元へ突っ込んでくる。

 アイリスは牽制で炎の斬撃を二つは夏。牽制とはいえ、容易く人一人を溶かせるほどの熱量だ。まともに食らえばひとたまりもない。

 ロロは地面を蹴った。地面を蹴り、壁を蹴り、その場で『神速』を用いて直角にターンする。火炎を最小の動きで躱すと、そのまま剣姫の土手っ腹に刃を走らせようとした。


「…………消えろ」


「お断りしますわ」


 フレアクイーンを跳ね上げる。

 ちょうど双剣が交差した瞬間のことであった。下から上に接点をずらす。結果としてロロの両手は真上に伸び、のけぞるような形になった。

 ギラリと、その紅の双眸が光る。動の剣気が刃一閃に練り上げられ、その余波が周囲に小さな火花となって散った。まるで暗闇に花が咲いたかのようだ。


「……では、ごきげんよう?」


 縦一閃が来る……!!

 ロロはぞくりと背筋を震わせた。剣気を付加した、練りに練り上げた振り下ろし。名前を持たない、技とも言えない技だ。

 しかし、『剣姫』の手にかかればそれすら……


「ふん、『当たれば』ね」


 柔らかい体を生かし、素早く真後ろに手をつく。

 そのまま一回転。バク転だ。紙一重で剣姫の紅蓮の切っ先を躱すと、彼女はすぐさま正中線を右側にずらした。


 ちょうどすぐそばを、業火が舞った。空気の燃えるやかましい大音響とともに、ロロの視界が真っ赤に染まる。

 練りに練り上げた縦一閃。地面を溶解させ、空気を焦がした。そのあまりの熱量にアスファルトの地面がどろりと流れ、ロロの靴をかすめる。

 浅く当たっただけでも確実に戦闘不能になってしまうだろう。

 周辺全てが紅蓮に塗り替えられるような錯覚。後隊するするロロと、前進するアイリス。双方の視線が交錯した。


「(……()()()()()()()()でこの威力……!!)」


「(外しましたか……しかし……)」


 今度はこちらの番だ。アイリスはさらにもう一歩踏み込んだ。振り下ろした剣からさらに刺突、そこから横薙ぎを放つ。

 まさしく一条の炎。攻めに次ぐ攻め。もともとあまり防御は考えない性格なのだ。収めた剣術もそういう代物である。

 超攻撃型の、『攻撃は最大の防御』を地で行く剣術。アメシストとルビーは双方激しく打ち合い、暗い路地裏にいくつもの火花を散らしていた。


***


「ぐっ……」


 二刀を持ってしても攻めに転向することができない。

 自身のアクロバティックな多角的な動きに、濃紫の剣装が揺れた。フレアクイーンから放たれる熱波に当てられ、ロロの額には玉の汗が浮いている。


 まずい。

 如月との戦闘で疲労したこの体で、さすがに万全に『真打ち』と相手するのは得策ではない。

 というのもこの後銀色のスナイパーと戦わなければならないし、もたもたしていると逃げられる恐れがある。


 かくなる上は────

 ロロは静かに『動の剣気』を練った。加えて、『神速』を放つためにゆっくりと隙を伺う。

 一瞬アイリスが剣を返したその瞬間、ロロ・ペヨーテは……


***


 アイリスは唐突に、ロロの剣の腕が鈍るのを感じた。自分の剣を受け止めてぐらついているし、先ほどからちっとも攻めようとしてこない。

 猛攻を仕掛けながら内心首をかしげる。明らかに目の前の敵の剣は精彩を欠いていた。このままでは押し切って切り捨てることができそうだ、が、


 何かがおかしいぞ。

 先ほどまで防戦一方とはいえ、完璧にさばいていたではないか。にも拘らず、突然こうも剣速が落ち、あまつさえ斬られそうになるなど。

 アイリスは思考した。このまま愚直に攻めていいものか。いや、確実に何かある。ロロの知っている限りの戦法、そして『真打ち』の保有する業を思い浮かべた。これは……


「……『双つ身』ですか」


「!?」


 アイリスは口角を上げる。と同時にロロは舌打ちした。

 残像に『動の剣気』を付加し、ある程度自立して動かせる業──────言うなれば簡易的な『分身』だ。

 当然ながら本体よりも剣の腕や身体能力は落ちてしまう。つまり今アイリスと戦っているこのロロ・ペヨーテは分身で、


「本体は……!!」


 アイリスは鍔迫り合いから思いっきり相手を突き飛ばすと、その後方。すなわち路地裏の奥へ『神速』で駆け出した。

 分身に自分の相手をさせながら、本体は銀色のスナイパーを狙う作戦だろう。アイリスは分身との戦いを不意にし、『本物』のロロ・ペヨーテを追って路地裏を走る。

 やがて前方に濃紫の剣装が見えてくる。さらに『神速』を重ねがけし、アイリスはその背中に迫った。


「剣魔!! 双つ身なんかでわたくしを欺こうなんて……!!」


 刺突。

 紅蓮をまとった高速の斬撃が、まるで矢のようにロロの背中に降り注いだ。

 直撃。手応えを感じる。フェンシングのような姿勢から、矢のように放った炎の突き。そのうちの一撃がロロの背中を貫いたのだ。

 急所は外してある。おそらくこれで戦闘不能くらいには……


 消える。


「!?」


 刹那、突き刺したロロの姿が虚空に消えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()


「な……!! まさか……!!」


 しまった。

 ()()()が本体か。

 振り返ろうとしたその瞬間、ところがである。


 アイリスは脇腹に、強烈な痛みを感じていた。

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