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その42 剣魔5

「んな……!」


 危ない。掠った。

 いや、掠ったのではない。相手の剣の切っ先が軽くこちらの肌を撫でただけだった。

 如月は咄嗟に刀から手を離したのだった。結果相手の攻撃を紙一重で回避できると踏んでいたのだが。

 まるで骨を折られたかのような激痛が、全身を襲う。


「うぐ……」


 思わず如月はふらふらと数歩後退した。そのまま患部を抑える。

 いや、患部と言ったものの、その実全く怪我などしていない。文字通り相手の剣が一瞬撫でただけなのだから。


「コブジュツう?? 武術がどうかしたのかしら??」


 ロロはけらけらと笑っていた。

 激痛。

 斬られたこともある、骨折したこともある。常人よりはるかに痛みに慣れている如月 止水であったが、今利き手に感じているそれは堪え難かった。

 先ほどの斬撃で、いったい何をした……? いや、『覚醒』と呟いていたな。となると……


「……精霊か」


「ふふふそうよ。……魔剣『ダーインスレイヴ』。あんたが古武術で戦うなら、私は精霊で戦うわ」


 ヒュンとロロは一度双剣を振った。

 覚醒したものの、見た目の変化はほとんど無い。強いて言うならまるで拍動するかのように、時折輝いているということくらいであろうか。


「……くっ」


「…………もう無理ねぇ……あなた……。ふふふ…………くくくく……」


 妖刀『疾風はやて』を……。

 嗤うロロを目の前にして、如月は舌打ちした。一向に痛みの引かない右腕、それも厄介であるが、真に面倒なのは得物を手放してしまったことだ。

 刀はちょうどロロのすぐそばに落ちている。そちらに視線をやると案の定、ロロは思いっきり蹴り飛ばして真後ろへとやった。


「……この剣を抜いちゃったら、もう無理なの。加減が効かないわ。まあもともとするつもりもないんだけどね」


「……そう……かっ!」


 如月は駆け出した。だが当然ロロがそれを許すはずもなく、

 ゆっくりと双剣を下段へ。如月は眼を細める。あの構えは……


「……斬空ざんくう────『四』!! ぃひひ♪ ほら! いけぇ!!!」


「(……飛ぶ斬撃……っ!!)」


 左足を軸として、ロロはその場で2回転した。

 一回転につき二発。紫色の刀身から振り飛ばされる剣気の塊。まだ距離があったが、計4つの斬撃波はすさまじい勢いで殺到する。


「くっ!」


 正面から応じない方がいいことは明白だ。肌を撫でただけなのにギリギリと痛む右腕。

 そこに明らかに『何か』あるのは明白で。精霊の能力すら分からない現状、それこそ触れるのすらまずい。

 まず体をひねり一つ回避。ぱらりと濡羽色の髪が揺れる。ちょうどもう一発が頬のすぐ横を通過し、その立ち込める殺意にぞくりと身を震わせる。

 さらに追いくる二発。これも何とか回避すると、つんのめるように如月はさらに駆け出した。


 思いっきり腕を伸ばす。ところがその直後だ。

 あと数センチで手が柄にかかるというまさにその寸前で、彼女は右側から強烈な殺気を感じる。「ぃひひ♪」


「っ!?」


「……誰が取っていいと言ったかしらぁ?」


 突っ込んでくるロロに、慌てて対応する。

 ちょうど双剣を握る両の手首を掴むと、そのままもみ合いになりながら壁に叩きつけられた。


「死ぬのよ!」


「勘違いで殺されてたまるか!」


 アメシストの刀身が首元に迫る。ロロが強引に剣を押し込もうとし、如月は必死にそれを押しとどめていた。

 後数センチ。もう少し動かされると頸動脈を掻き切ることができるだろう。

 こうなればこちらのものだ。向こうは刀を取り落とし、丸腰。憎き銀色のスナイパーの一角を殺せるぞ。


 そら、もう数ミリ。ギリギリギリギリと……ゆっくりと刀身が首筋へ伝う。触れれば殺せるぞ─────

 だが、あまりにも勝利を確信していたからだろうか。


 ロロは如月の左足が、自身の内股にぴったりとくっつけられていることに全く気づけなかった。

 如月の琥珀色の目がギラリと光る。


「誰が刀を取ると言った」


***


 ふわり。

 少なくともロロには唐突に覚えた。まるで地面が消えたかのように、急に支えを外されたかのように、

 突然自分の体が浮き上がる。次の瞬間にはもう、天地が逆転していた。


「古武術使いってのはな、()()()()()()()戦えるもんなんだ。御主ら精霊使いと違ってな」


 『柔術』。

 内股にくっつけた自分の左足で相手のかかとを掬い、重心を崩してそのまま投げ上げる。

 本来は護身の術である武術において、当然『められた状態』────すなわち互いに密着した状況を打破する技は存在している。

 例えば羽交い締めにされた状態であったり、例えば覆い被さられた状態であったりなど。小柄で非力な人物が筋力を使わずに相手を投げる術。


「……飛燕流『山崩し』」

「零距離で相手を地面に叩きつける技だ。それも受け身を取れないよう頭からな」


 グシャ、という異様な音が響いていた。

 ロロは頭から血を流しその場に倒れていた。如月は残心を取り、後退し刀を手に取る。


「……ぎりぎりぎりぎりぎりぃっ!!」


 奇声のようなうめき声をあげながら、ロロは立ち上がろうとする。

 だがおぼつかない。頭から地面に叩きつけられたのだ。脳震盪を起こし、意識が混濁していた。


 勝負あったな。

 如月は思考する。ロロは立ち上がろうとして倒れ、また立ち上がろうとし、そして今度こそ倒れた。

 無理もない。如月は体重を掛けていた。そんな状況下で高速で硬質な地面に、頭を思いっきりぶつけたのだ。

 頭蓋を割った感触がまだ残る左腕。その生々しい残滓を払うように一振りすると、刀を鞘に収めた。


「ソラとエクスは─────────」


 ─────────無事だろうか。


 その言葉を紡ごうとした瞬間である。

 ところが、

 続く語は如月の口から飛び出すことはなかった。


 それまでの喧騒が打って変わった、路地裏。

 ロロを倒し静寂が包んでいるはずのその場に響いたのは、肉を斬る乾いた音。






















                   〝    




                        痛







                        み



                               

                             〟





















 激痛だった。

 気合で堪える、耐える────多少の痛みなら精神力で強引に押さえこめる彼女であったが、


 この痛みを耐えることは、不可能。


「ぐっ……!! うぐっ……が……」


 壮絶なそれは、もはや声を上げることさえできなかった。

 如月は膝をつく。どうやら脇腹を後ろからえぐられたらしい。ガクガクと足を震わせながらそちらを見ると、そこには先ほど打ち倒したはずのロロ・ペヨーテが()()()()()()立っていた。

 どろりと濁った濃紫の双眸が、その場に片膝をつく如月を見つめている。


 なぜだ。

 確かに頭蓋を割ったはず。投げ飛ばした感触があったし、そもそもあの状態から起き上がることなどいくら精霊使いでも……。


「…………『双つ身』」

「………………剣気術を使えないあんたじゃあ、知らないのも無理ないわね」


 ロロに促されて、そちらを見る。

 壁際だ。そこには先ほど投げ飛ばしたはずのロロの姿が……無い。


 『剣気の分身』。

 通称『双つ身』と言われているそれは、いわゆる残像に『動の剣気』を付加したものである。

 あの一瞬、すなわち『山崩し』を放つために足を差し入れたその瞬間、ロロは高速の歩法『神速』で真後ろに下がっていたのだ。

 文字通り、()()()()()()()の速さで。


「……得物に剣気を付加すれば、切れ味を上げることができる。それと同じように、残像に付加すれば触れられるようになるのよ」


 残した残像に剣気を付加することで、あとは如月がそれを本物のロロと誤認して投げとばすのみ。

 もっともダーインスレイヴで切りつけられた如月は、その言葉はほとんど聞こえていなかった。

 痛い。痛い。ただ身体中が痛む。激痛はほとんど意識を刈り取ろうとしていた。


 通常脇腹を突き刺された痛み。


 その、6689倍。


 悶絶しのたうちまわることもできない。

 むしろ意識を失うことができればどれほど良かっただろうか。だが、それを許さない。ロロはわざと急所を外して攻撃していた。

 無論、苦しめて殺すためだ。


「…………うぁ……ぁあ……」


「…………古武術使いだったかしらぁ? たかが東方の流浪が、『真打ち』に抗おうなんてねぇ」


 土台無理な話よ。

 言いながらロロは笑う。それは嘲笑だった。

 先ほどまで明らかに自分より優位に立っていた剣士、脇腹を書き切り、あわよくば投げ飛ばして頭をカチ割ろうとしてきたこの剣士を、


 ─────取った


 ぞくぞくとした快楽。

 下半身から突き上げるようなそれに、ロロは舞い倒れそうになった。

 荒い呼吸で壁に手をつく。太ももを透明な液体が流れ、滴り落ちたそれが地面を濡らした。


 倒したぞ、銀色のスナイパー。お前の用心棒を。


 今度は()()()


「ふふふ……」

「くくくく…………あはははは……」

「ははははは…………アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ 」


「殺してやる!! ねえ! 殺してやるわよ銀色のスナイパー!! 親友のフリしてセーラさんを狙撃した!! その醜い化けの皮剥いでやるから!!」


 私が、必ず……!!

 言いながらロロは歩き出そうとする。ところがだ、剣装の裾を引っ張られる感覚。

 振り向くと、ダラダラと血を流す如月、その右手が自分の裾に伸びている。


「……待……てよ」


「………………何……」


 如月は、

 如月 止水はこの時、もう意識を半分ほど手放していた。


 人間は急に意識を手放す際、最も日頃慣れ親しんだ行動を取ることがあるという。

 無意識に至る寸前、それは例えばうわ言であったり、あるいは発作であったり。


「ふざ……けるな……!! ソラがセーラを撃つと思うか……!! セーラが……そんな人間を『友人』なんて言うと思うか……」

「御主は……」


 ロロは如月の手を振り払おうとした。

 ところが彼女の手は離れない。


「御主は……セーラのことを分かっちゃいない……!! ソラのことも……!! そんな人間に……! ソラを…………セーラを……会わせられるか……!!!!!!」


 如月の無意識。

 毎日毎日欠かさず行ってきたその行動。

 雨の日も、風の日も、生きてきた16年、物心ついてから1日も欠かさず行ってきた『それ』は、

 例え自分で体を動かすことのできない『無意識化』においても、柔然に行動が体を動かすことができた。



 すなわち、





 ────────────『居合い』。

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