その40 剣魔3
「あの、性欲ってのは……」
「えっちな気持ちのことよ」
「いやいや! そうじゃなくて……」
如月はがりがりと頭を掻いた。どうもこいつを相手にしているとペースを取られる。
『真打ち』は変なのが多いとセーラが言っていたが、なるほど頷ける。
きちりと双剣が軋む。いかんいかん。如月は慌てて我に返った。
ちょうど月の光がさあっと地面を照らした時であった。
如月 止水とロロ・ペヨーテ。二人の剣士以外その場には誰もいない。不気味な静寂に包まれている。
ちょうどこの先で、ソラも戦っているわけだ。そして連れ去られたどこかでエクスもまた。
とにかく、この剣の魔物はここで食い止めなければならない。そしてそれは用心棒である自分の仕事だ。如月は思考する。
一方のロロも、さっさと銀色のスナイパーを殺したいと思っているところであったのだが、
手痛い足止めを食らっている。アイリスと打ち合ったと聞いてはいたものの、この剣士……この侍、ここまでの実力とは。
月の光に黒のワンピースがゆるりと照らされていた。それはまるで絵の具を濃縮したベールを流しているかのようで。
両手に持ったアメシストの剣。その光と織り混ざって、ぼんやりと浮き上がって見える。
「…………あなたの剣捌き、奇妙ね」
ロロは言った。如月は再び構え直す。
改めて如月のつま先から頭の先まで、下から上にずらりと見る。
「…………妙に速いわ。速いし、とても避けにくい」
「『古武術』だ」
見えてはいるものの、避けられない。
これは古流に通ずる特徴だった。人間の身体的に避けにくい一撃を研究し尽くした、飛燕流の斬撃。
フゥン……ロロは曖昧に頷いた。なるほど武術とはそういうものか。いや知らんけど。
「……まあいいわ」
なら、『アレ』を使うか。
銀色のスナイパー戦まで取っとこうと思ったが、まあ良い。最近『シテ』ないし、まあ肩慣らしだ。
ロロは双剣の鍔を舐めあげた。
赤い舌がその鍔に彫り込まれた紋様をなぞる。唾液が伝い、やがてそれは端の部分からどろりと滴った。
「!」
「…………ぃひひっ♪」
ちょうど唾液が地面に落ちる、その瞬間。
「…………本気出しちゃおうかしら。速度は私も自信があるの……」
ロロの体が、ゆらりと掻き消えた。
如月の動体視力をもってしても捉えることができない。
「……くっ!」
そう、『神速』だ。
文字通り神速の歩法。真打ち以上の剣士が使えるという、消えるほど早く動く術。
後ろか。
如月は再び『地の構え』。身体に刀の峰を密着させながら振り返った。
ロロの紫色のツインテールがふわりと揺れている。剣装の裾がはためき、回転に乗じた二剣が襲いかかった。
一つを切っ先で受け流し、もう一つを受け太刀する。間髪入れずに刹那、横薙ぎの一刀を放った。
先ほどと同じ、脱力からの飛燕流の『技』。前の一撃を躱せなかったならば、こちらも当たるはず。
「……言ったでしょう。『本気』と」
だが、
ロロはすでにその場にいない。やはり、以上に動作が速いのだ。それも地に足をつけた二次元的な動きではなく、
そこに垂直跳びを加えた極めて多角的な動作。
そう、ロロはすでに地を蹴って、かつ着地していた。
如月の刀の上。彼女は目を見張る。驚きのあまり、剣を止めてしまった。
それはゴブリン100体分のゴブリンと戦った際にも見せた技だった。寝かせた刀身のその上に着地する、冗談のような動作。
精妙な挙動と、高いバランス感覚の持ち主であるロロだからこそ可能な技である。
「(……まずい……っ!!)」
刀の上に乗られたということは、防御に刀を使用できないということだ。
ロロを振り跳ばそうにも、もう間に合わない。刀身を滑るように、彼女は如月に殺到していた。
「……惜しかったわね」
「くっ……!!」
アメシストの双刃がギラリと光る。
「────────────『覚醒』、ダーインスレイヴ」
直後、
如月の視界は真っ赤に染まった。




