その39 剣魔2
「…………いいの、あの地味なのを追わなくて」
「エクスはあれくらいでくたばるような男じゃないさ」
きちりと如月は刀の鯉口を切った。
ゆっくりと引き抜く。鞘の擦れる音とともに、反った刀の刀身が月光に照らされる。
冷ややかな光を放ちながら、その切っ先がロロに突きつけられた。
「御主がここで退くならば、この刃を収めよう。私は人斬りではないんでな。無駄な殺生は好まぬ」
もう一度如月はロロに言った。「セーラを襲ったのはソラではない」
もっと別の狙撃手がいたのだ。それこそ、剣征会の隊長……『剣将』を撃ち殺せるほどの、凄腕のスナイパーが。
元よりそれはアニー・〝C〟・オークレイという、『喫煙所』の赤毛の女狙撃手であるのだが、当然ながらそんなことこの二人が知る由もない。
如月の刀……妖刀『疾風』の鋭い切っ先は、なおもロロを睨んでいた。ところがだ、彼女はそんな如月の様子を鼻で笑う。
「…………勘違いしてるわね」
「勘違い?」
ゆらりと彼女は佇んだままであった。
一陣の風が、その紫色のツインテールを揺らす。
「…………斬るか斬らないか決めるのは、あなたじゃない。私」
「私は『剣士』じゃないわ。『人斬り』なの。人を斬るのが楽しくて楽しくてたまらない。それに……」
それに……?
如月が聞き返した。まさにその瞬間だった。ロロは両手をそれぞれ両腰の双剣の柄を掴む。腕を交差させた、独特の構えだった。
「もうすぐ銀色のスナイパーの悲鳴を聞けるのが、嬉しくて嬉しくて仕方がないのだから……。ぃひひ……♪。想像するだけでイっちゃいそうよ」
「そうか。R15だからほどほどにしとけよ……っ!!」
乾いた音が響く。
ロロは姿勢低く駆け出した。そのまま抜き付けの一撃を如月の動体に向けて放つ。
素早く刀を折り返すと、彼女はその峰側で相手の交差した接点を受け止めた。アメシストの半透明の刀身と、刀の反った峰。双方が激突し一瞬火花が散る。
「くっ……問答は無用……ということか……っ!!」
「……ぃひひっ♪ どのみちあんたらは死ぬのよ……! さぁ、シましょうか……」
如月は大きく刀を擦りあげ、相手の剣を上方に反らした。
ちょうどロロの胴体ががら空きになる。すかさず返す刀を走らせようとしたのだが……ちょうど上から戻した右手の剣の鍔元の部分で防がれてしまった。
どうやらほとんど体重をかけていなかったらしく─────言うなれば先ほどの一撃は呼び水だ。
右剣を受け止めた状態。
無防備な逆側から攻撃が来る。二刀を相手取る場合、挟撃されるのをもっとも警戒しなければならない。
如月は寝かせるように刀を動かすと、その刀身の根元でロロの左剣を受け止めた。切っ先付近と根元。距離の遠い両方から圧力をかけられ、非力な彼女はぐらりと後退する。
「……遅っ」
押し返そうとした瞬間、ところがだ。
その場にロロはいなかった。
「な……!!」
頭上。
鍔迫り合いの接点を地面とした跳躍から、彼女は前方回転しながら如月の真上にいたのである。
獣の爪のように縦に並んだ二つのアメシスト。それらが後頭部を掻き切らんと襲い来た。
反射的に如月はかがんだ。
間一髪だ。切っ先が皮膚をかすめるのを感じる。ぞくりと背筋に冷たいものが走る。あと0.1秒でも遅れていたら、後頭部から顔面を真っ二つにされていただろう。
後ろでひとつ結びにしていた髪留めが切り裂かれ、その濡羽色の艶やかな髪がパラリと広がった。
ロロはそのまま真後ろに着地する。如月はすぐさま振り返った。
「(……あの一瞬で……)」
力を込め、跳び、回転と同時に攻撃する。
非常にアクロバティックな動作を全く慣れた手つきで行ってきたロロ・ペヨーテ。もとい『剣魔』。
普段どういう戦い方を行なっているか容易く推測することができた。なるほど通り一遍な剣士の動きじゃないぞ。
「……いない!?」
だが、
しまった。舌打ちする。一瞬でも後ろを取られたのが災いした。振り返ったそこに、ロロの姿はない。
如月の琥珀色の瞳は忙しなく周囲を見通した。だがひどく暗く、また光源が青白い月の光のみであるため、極めて見通しが悪いのだ。
ロロが黒のワンピースに濃い紫の剣装という、この上なく闇に溶け込む服装であったことも災いする。如月は構えを変えた。
体に峰を密着させる─────飛燕流『地』の構え。燕がその俊翼をたたんだ、守りの型だ。
轟。
ちょうど自分の真右。
強力な殺気を感じる。肌に食いつくような、研ぎ澄まされた殺意。
反射的に如月はそちらの方を向いた。ところが……
「…………ぃひひっ♪」
違う。
左だ。
「……ふん」
壁を蹴り突っ込んできたロロの斬撃を、如月は反転と同時に刃の部分で受け止めた。
「……あらぁ? よくわかったわね」
「『動の剣気』……だったか。殺気だけを逆側に飛ばして惑わそうとしたって、そうはいかん」
ロロは煌々と目に殺意の光を宿していた。
セーラの仇を斬る。それ以外にも、純粋にこの戦いを楽しんでいるように思える。如月は一度だけそういう目の持ち主と戦ったことがあった。
祖国で、自分の主を斬った気のふれた侍だ。ちょうど彼も同じように狂気の光を宿し、同じように無茶苦茶に得物を振り回してきた。人を斬るのが楽しくてたまらない、とにかく人を斬りたい、云々。
目の前のこの少女は、
その基地外と────同じ目をしている。
「……ぃひひっ♪ ほら! ほら! ほらぁ! もっと気持ち良くして!」
両手の剣を別々に、めちゃめちゃに振り回すロロ。
だがその太刀筋はこれ以上ないほど鋭いのだから手に負えない。如月はある時は捌き、ある時は受け止め、ある時は回避し、なんとかその全てを防いでいたのだが、反撃に転じられない。
否、
一瞬の隙をついて如月は踏み込んだ。二刀は左右それぞれ別な動きができるため強力だが、だからこそ隙も大きいのだ。
大きなそれは晒さないにしても、動く以上必ずお留守になる部分がある。得物一振りではなく二振りに気を使わなければならないため当然と言えば当然だ。
脱力。
飛燕流の斬撃は力を込めない。『筋力』で振るのではない。『技』で振る。
極限まで筋肉を弛緩させ、ついで収縮させる。その瞬間的な緩急と重力を利用した体の『転倒』を利用した一閃は、初速から最高速となる超高次元のキレを持っていた。
前のめりになりながら放つ一刀。
古武術の斬撃は、ロロの脇腹を捉えた。乾いた音とともに、ほんのわずかに血が噴き出す。
「…………あらぁ?」
「(……浅いか……!!)」
すれ違う。
再び如月とロロは相対する形となった。ロロの脇腹かわずかに滴る血液。致命傷を与えるには至らなかったようで。
この程度の傷なんともない。そのような表情と共に、双剣の刃をペロリと舐める。
「なぜだ」
如月もまた刀を構えた。
「どうしてそんなにセーラに固執する。そうまでして彼女に執着する理由はなんだ」
「『愛』よ」
ロロは即答した。
いやいや『愛って』……同性じゃないか。マジかよ。そういうのって本当にあるんだな。
如月は戦いの最中であるにもかかわらず、少し感心していた。いやはや愛に形はないんだな。
「ああ後……」
「後?」
「『性欲』かしら」
……なるほど。
セーラも大変だな─────如月はこのとき本心からそう思った。




