その37 保安官 ワイアット・アープ4
さてその頃、剣征会本部。
「……んもー…………うるさい」
ロロはセーラと別れてからそのままぐっすり眠っていた。
なんか慌ただしいな。さっきから部屋の外でバタバタ走り回る足音が聞こえる。ったくなんなんだこんな真夜中に。
文句でも言ってやろう────髪を結びながら扉を開けると、ところがである。夜警の言葉に彼女は自分の耳を疑った。
「………………セーラさんが……狙撃された……?」
パラリと足元に髪留めが落ちる。
その瞬間、
銃
撃
狙
撃 セ
ー ラ さ ん が ?
殺 さ 撃 ち
れ 殺 さ れ た
る 撃
た 瀕 死 死
れ ぬ
た
ざぁーっと全身の血がたぎり始めるのが感じられた。
***
コツ、コツ、という足音が響く。
やがてゴブリン100体分のゴブリンの目の前に現れたのは、
「……流石はラミーの精霊だ。場所がもうちょっと正確なら言うことはないんだがな」
一人の男性であった。
ベストに黒いジャケット、黒いズボン。黒尽くめであるため夜の闇に溶け込んでいる。
その中で唯一、鷹の目のように光る双眸が印象的である。
「…………来やがったな、『喫煙所』」
言いながらセーラは立ち上がる。背中のオリハルコンに手をかけた。
喫煙所……? そうか、こいつが追っ手か。セーラの言葉を聞きながらゴブリンは思う。わざわざ逃げた自分を追ってくるあたり、
どうやら確実に仕留めようとしているらしい。
「セーラ・レアレンシス……と、ええとそっちは……」
「ゴブリン100体分のゴブリンだ」
「それ名前か……? まあ良い。お初お目にかかる。ワイアット・〝Q〟・アープ」
『喫煙所』だ。
男は……ワイアット・アープは言った。
***
マジか。
いやここまでくればしばらく時間稼げると思ったんだけどな。
位置を捕捉されている。
どうやらあの幕僚……ラミーか。自分より何枚も上手であるらしい。
「……あんたが……ワイアット・アープか」
「ほう、俺のことを知っているのか。それなら話が早い」
アープはゴブリン100体分のゴブリンを見ながら言う。
こいつがラミーの言っていた『魔物』であろう。まさかセーラの仲間にこう言う異形の存在がいるとは思わなかった。
一方のゴブリン100体分のゴブリン。
何としてもセーラだけは守らなければならない。……そう考えて構えたのだが、
刹那、力が抜ける。ちょうどアープを見てみると、いつの間にか右手にもたれたリボルバー拳銃。その銃口からゆっくりと煙が上がっていた。
「な……」
倒れる。
ところが違和感。打たれたというのに痛みはない。代わりに四肢の自由がまるで効かない。
「ぐ……てめぇ」同様のことがセーラにも起きていた。お互いまるで動けない。
「麻酔弾だ。安心しろ、俺の狙いは『銀色のスナイパー』。お前らは殺さん」
アープの拳銃は奇妙だった。
銃身が何やらありえないほど長いのだ。ソラが扱う双銃『ボルトランド』の8インチでもそこそこ長大であるにもかかわらず、
アープのそれは倍以上もの長さを誇っている。ちょうど18インチくらいであろうか。
───────『バントラインスペシャル』
その長銃身拳銃の銘を知っているのは、この場ではアープ本人のみ。
彼はリボルバーに込めていた麻酔弾を吐き出させると、代わりに鋼鉄の弾丸を込め始めた。
真珠で覆われたグリップが月光を照らし白く輝く。
「……おい! 喫煙所。お前らほどの連中がどうしてソラを……」
セーラの言葉にアープは無言だった。
ただ彼女に近寄ると、剣装のポケットに突っ込まれた魔導端末を引ったくる。そのまま操作すると、やがて耳に当てた。
「て、てめぇー……」
「余計なことを言うなよ、……もしもし」
***
「……は?」
同時刻。
精霊国家『エレメンタリア』……の某所。
ソラはたった今端末から発せられら声を聞いて眉をひそめていた。
先ほどから電話してもしても出なかったセーラ。
かと思えば向こうからかかってき、出てみれば一言。
『指定された場所に来ないとセーラと魔物を殺す』
それは男の声だった。当然ながら聞き憶えはない。
またこうも繰り返されていた。『中途で『狙撃』しようとしても殺す。場所は……』
「ちょっとお待ちなさい! あなた一体……もしもし!? もしもし! ありゃ、切れちゃいました」
遅れて端末には、ちょうど打ち込まれた座標が通信されてきた。
なるほどここへ来いということか。しかしセーラが襲われた、とは一体どういう……
「「ええ!?」」
当然ながらエクスと如月も驚いた。
いや当たり前である。『評議会』であった一連の騒動を、まだこの二人は知らないのだ。
「どういうことなんですか! というか一体誰が……」
「……『剣将』を襲う……?」
如月が気になったのはそこだった。セーラが不意打ちされるような不本意な腕前ではないのは、同じ剣士として当然わかっている。
にも関わらず……ともかくそこへ急ごう。そう思考した時である。
「いえ……」
ソラは何事かを考えていた様子だった。
だが一段落すると、早速向かおうとしているエクスと如月を止める。
「あなたたちは向こうの路地裏に行ってください。セーラさんのところへは私一人で向かいます」
「えっ? なんでです? 三人で行った方が……」
「敵は一人じゃないということですよ。おそらく私の勘が正しければ……ですが」
お二人はそっちの方をお願いします。
きっぱりとした口調でソラは言った。




