その36 保安官 ワイアット・アープ3
「く、くそ……逃げられたか」
雪が晴れた。
大穴が開いている。ところがそこにゴブリンの姿はない。
「探せ! その辺にいるはずだ!」
いつの間にか自警団の連中は『春のない国』から出てしまっていた。
ちょうどエレメンタリアと中腹くらいであろうか。めいめい散らばって探し始める。
そして、
そのような輪から目立たないように離れる男が一人。
周囲に立聞きされないよう傍らの立木の隅まで移動すると、端末を耳に当てた。
「……おいラミー。俺だ。どういうことだ。〝剣将〟に魔物の味方がいるなんて聞いてないぞ」
ちょうど吹いてきた風に中折れ帽子が飛ばされないよう抑える。
《あ、アープくん? いやあ、そうなんだよしてやられてね。『魔物にしてやられたという』だよこれは》
魔導端末から聞こえる声はいつものように飄々としていた。
彼……大陸警察『喫煙所』、ワイアット・〝Q〟・アープはため息をつく。「あのなあ、俺は銀色のスナイパーを……」
《まあまあ、物はついでだ。せっかくだし魔物もやっちゃってくれよ。それに、近くにセーラ・レアレンシスがいるんだろう。なら銀色のスナイパーも駆けつけるはずだ》
なんと言ったって、『銀色のスナイパー』とセーラは親友なのだから。
どちらかがピンチになれば必ずどちらかが助けに入るだろう。ラミーは言う。
《〝剣将〟の居場所端末に送るね》
「えっ。わかるのか」
《彼女が飲んだ紅茶が体内にあるうちはね。思考が読めるから。じゃあそういうことで》
臨時報酬弾むよん。
その言葉とともに通話は切れる。代わりに、座標を位置したデータが魔導端末に送られてきた。
「……」
いやどこだここ。
エレメンタリアの隅の方……であるが、非常に曖昧にプロットされていた。おそらく思考を読んで特定したため、細かな場所まではわからないだろう。
これは1日掛かりになりそうだ。今日は場合によっては徹夜かもしれないぞ。……ホルスターに収められた愛銃をひと撫ですると、右往左往する他の連中を尻目に歩き出した。
***
どのくらい走っただろうか。
一時間か、十時間か、あるいは数分だったかもしれない。
時間感覚すら曖昧になったところで、彼は初めて自分がエレメンタリアの辺境にやってきたことがわかった。人通りのほとんどない路地裏のような場所だ。
「おい……もう大丈夫だ……おろしてくれ…………」
「!? ダンナ! ああよかった」
背負っていたセーラをゆっくりと下ろす。
彼女は肩で息をしながら壁に寄りかかった。見てみると、傷口に当てたスカーフが真っ赤に染まっている。
「……スナイパーがいやがった。それだけじゃねぇ。まさかソラが『喫煙所』に追われてるとは……」
「は? 喫煙所? えっ、賞金首にされる上にですか?」
ああ。
セーラは頷いた。どうも妙だ。なぜそこまでして大陸警察はソラを殺したいのか。
考えてみても全くわからん。それはゴブリン100体分のゴブリンも同じことで。
「とにかく、今のうちに休んどけゴブリン。……じゃなかった、ゴブリン100体分のゴブリン」
「……はい?」
「言っただろ。私もお前も追われる身だ。そろそろ来るはずだぜ……」
喫煙所の人間が。
殺し損ねたとなれば、必ずやって来るはずだ。すると、噂をすればなんとやら。
人の気配を感じ、ゴブリン100体分のゴブリンは振り返る。




